12話 僕の願い

「現」

 答えにつまっていた僕の前に、四季が現れた。

 そして、僕の手を取った。

「お姉ちゃんとゾンビ狩りいこ?」

「え?」

「四季? あのね、今、大切な話をしていて……」

「私の話の方が大事だから」と四季は母親をつっぱねた。

 僕は手を引かれるまま、四季の後をついて行く。

 外は曇り空だった。雨が降った直後のようだ。

 四季の手。表面は冷たくなっているのに、芯が熱をもっていた。

 夜に外を出歩くなんてほとんどしたことがない。コンクリートから立ちのぼる湿度と息苦しさ、バイクが走り抜けていく重低音、すべてが恐ろしいのに、同時に強く気持ちが高鳴った。

「あのゾンビ、見て」

 四季は、横断歩道を渡った先を指さした。

「ゾンビ?」

 僕は身構える。

 ゾンビ?

 僕はぽかんとする。

 四季が指したのは、塾帰りらしき小学生男子二人だった。

「現だったら、あのゾンビをどうやって殺す?」

 女子高生が、小学生を指さして「どうやって殺す?」というのはどう見たって異常だった。

 僕にだって、それはよくないことなんだと思うくらいの感覚はあった。

 四季は味方をしてくれるけど、本当にこの人を信じていいのかとやっぱり不安になった。

「火かき棒だな、やっぱり。ゾンビを殺す道具といえば火かき棒。触ったこともないけど。棒で足を滅多打ちにする。まず、動きを止める」と四季はうれしそうに言った。

 その『ひかきぼう』がどんなものか僕にはわからない。ドラクエの『ひのきのぼう』と同じで、一体それがなにを意味するかわからなかった。

「倒しただけじゃダメだからね。体内に核があるから。完全に燃やし尽くさないと、何度だって這い上がってくる」

 炎に包まれるゾンビを想像してみた。

 木の葉の中で燃える焼き芋と大差なかった。

 人の形をしているものが燃えているのに、生きているわけじゃないと思ったとたん、どうでもよくなるのだ。

 四季の言う『ゾンビ狩り』はこういう空想のことを指すようだった。

 なぐさめ。

 逃げでしかない。

 何も救われない。

 僕はむなしくなった。

「もう、いいって」

「現?」

 僕は四季の気持ちを突き放す。

「!」

 手を振りほどき、走り出した。

 夜道を走ると、いつもの道と違って見える。

 足元が頼りない。喉が痛い。息が苦しい。苦しくなるまで走ったのはいつか、もう思い出せない。

「……」

 学校。自然とたどり着いていた。着いてしまっていた。

 あてもなく走るうちに、無意識に知っている道を選んでしまったんだろう。

 風が木の葉を揺らす音がする。

 うるさい。小さな音のはずなんだ。

 見上げると、それは七夕の笹から聞こえる音だった。

 まだ、残っていたんだ。

 無数のカラフルな短冊。

 てっぺんについている星が妙に白々しい。

 願い事の一つが揺れる。


 ――カオナシが しにますようにw


 ……あぁ。

 なんで僕なんかに構うんだろう。林田? 小川? 誰でもいい。

 たったひとつの願い事を、どうして嫌いな僕なんかに使うんだろう。

 あ、

 あ、

 あー、

 カオナシの声。

 自分の口からもれていることさえ、気づかなかった。

 願いか。

 もう、簡単だ。

 

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