9話 ずっと、当たり前に息をすることだけを願っていた
「でも、ビアンカは実際には哀しくないんだよ」
「……?」
「ビアンカだけじゃない。フローラも、パパスも、サンチョも、ヘンリーも。本当はいつも、嬉しくも哀しくもなんともないんだよ」
四季は『ドラクエⅤ』のキャラクターを次々と挙げ、その感情を踏みにじった。
物語は少年時代から始まり、父の死、奴隷生活を乗りこえて王様になったのに、奥さんや母親との別れが待ち……これでもかというくらい波乱に満ちている。
僕もそれにのめりこんで、主人公やその仲間を応援しながらプレイしたのだ。
だから、四季の言葉にうっすらと嫌悪感を抱いた。
「ゲームのキャラクターはね、何かを求めてさまよっているようで、実際は感情がないし、心もない。ゾンビと変わらないんだ」
ゲームのキャラクターは生きてないし、心なんか存在しない。
知ってることなのに、いざ声に出して言われると胸がずきっとした。
「……それって」
最初に、四季が言っていたこととつながった。
僕と、四季以外はゾンビ……?
みんな、ゲームのキャラクターと同じ?
「そう。私と現以外は、みーんな人間になりすましたゾンビなの。笑っているふりをしてるだけ。怒ってるふりをしてるだけ」
「ふり……」
「そうでしょ。だって、中身を確かめられないじゃない?」
人間の中身は確かめることができない。
「これね、『哲学的ゾンビ』って考え方なんだけど。実は誰もが、人間らしく喜怒哀楽を表現しているだけで、中はからっぽで、心など存在しない……腐ったゾンビに過ぎないかもしれない。そういうこと」
「……」
彼女の言うことがそうだったらいい。息苦しさから解放されるはずだ。
でも、そんなはずないと『ふつう』に思ってしまった。
なにより、初対面であり、これから姉として僕と暮らす彼女が、なぜ『哲学的ゾンビ』なんてことを言い始めたのか、わからなかった。
「現? 帰ってるのか? お母さん、来たからな!」
廊下から、父親の声がした。そして、聞きなれない女の人の声が小さく聞こえた。
彼女の母……つまり、僕の母親の声だ。
「……じゃ、行こっか」
四季は僕の返事を待たず、部屋を出て行った。彼女が部屋からいなくなった後も、煙草のにおいは残り続け、またむせ返った。
僕は頭がごちゃごちゃとして、部屋からなかなか動く気になれなかった。
四季.彼女は僕をいじめたりしなかった。こちらに対して好意みたいなものを見せてくれてはいる。何かから守ってくれようとしているようにも見えた。
でもきっと、話すうちにみんなと同じ態度になるだろう。
彼女がやさしい存在で僕のことを傷つけることはなくても、父親と同じように僕をほとんどいないものとしてあつかうに違いない。
僕の本当のお母さんもそうだった。僕に興味を持たない父親に比べ、優しいお母さんだった。でも、小さい頃に父親と離婚して家を出ていった。つまり、僕のことは見捨て、どこかに行ってしまったのだ。
テキオー灯が、ほしい。
ずっと、当たり前に息をすることだけを願っていた。
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