第5話 登校 学校生活 その2

 当たり前と言えば当たり前だろう。

 つい昨日まで喪女と化していた同級生が、いきなり美少女に変身して登校してきたのだ。


 唐突な登場にクラスメイトは「転入生か?」と驚き半分だったのだが、迷う訳でもなく一直線でホダラアオイの席に座った彼女の姿を見てその驚きは戸惑いに変化していた。


 彼女を中心としてざわめきは広がっていく。口々にどうしたのか、何の変化なのか。キツネに化かされてるんじゃないか、と様々な憶測が飛び交う。

 当人であるアオイは、異質な視線を感じる事に違和感を覚えているようで、そわそわと落ち着きがない様子であった。まぁ、つい先日まで喪女として存在してたのだ。手の平が裏返った「可愛い」だとか「美少女」だとかの好意的な視線は慣れないのも理解出来る。


「今まであの姿で生活してたって方が信じられないけどな」


「アオイは可愛いなぁ」


 やはり、頭上に浮かんでいるぬいぐるみクジラは亀甲縛りで漂っていた。ぬいぐるみドラゴンの言葉に同意したくても出来ない状況にもどかしさを感じながら、ホームルームの時間になる。

 ざわめきは一瞬で収まり、担任の姿が現れる。気怠げな表情を隠そうとしない、見た目だけは良い教師。


「あー、前任の担任に変わって私が受け持つ事になった。ホウジョウです。よろしくねー」


「(・・・うわぁ)」


 思わず表情が崩れてしまう。

 窓際の席であったが、外から見える浄化作用のある景色は無意味になり、無責任に風に揺らぐ木々に苛立ちを覚えていしまう。


 表情が曇ったのはどうやらアオイも同じようで、ホムラがふと視線を向けた時に到底美少女がしていい表情ではない顔でお気持ち表明していた。気持ちは分かるがもっと顔を大事にしような、と思いながら。


 心地良いチョークの音が教室の中に響き、各々自由に喋っていた空間を支配する。口々に「ホウジョウ先生だって! エグない」「まじ最高」「前の担任どうしたんだろーね」と。生徒人気ナンバーワンだからってここまでIQが下がってしまうのか、と戸惑い半分感じながら、黒板に書かれた文字を見る。そこには


「では早速ながら今から一ヶ月後、6月12日から三日間。魔法補助科ーーーまぁ有り体に言えば警察のお世話になる。寝泊まりは魔法補助科だからしっかりと見て学べよ〜。それまでに二人一組の班を作る事! では私は帰ります!」


「いや、帰るなよ!?」


 思わず反応してしまう。

 黒板に書かれた『二泊三日、魔法補助科体験入学』も気になるが、それ以上にやる気のカケラもない彼女に疲弊してしまう。もっとこう、色々あるだろう。サボるにしても箇条書きレベルの文言で終わらせて良い筈はない。教育委員会は一体何をやっているんだ。摩訶不思議高校はある意味治外法権なので、調査委員会とか設置される筈はないのだが。


 立ち上がり、ツッコミを入れたホムラの姿を見て、ホウジョウ先生は深い笑みを浮かべる。無駄に歳だけは重ねているので、年長者故の威圧感ある表情である。思わず気圧されてしまう。


「・・・じゃあ、熱意あふれるホムラに免じてもう少し説明してあげようかな」


 何故ホウジョウ先生から呼び捨て? と、変な視線を向けられる。知らんがな、と無視したい所であるが、そうは行かないのである。ユウラギホムラの立ち位置は優等生であり、模範生である。視線を受け、ゆっくりと腰を下ろす。何で呼び捨てなのかはホムラも理由を聞いてみたいところである。


 深紫色の肩につかないくらいのショートヘアを手櫛でほぐしながら、ゆっくりと黒板に文字を書いていく。


「まず一つ。勉強熱心なホムラは知ってると思うが、摩訶不思議高校設立以来、こんな行事は初めてだ。色々と学びの場として最良である魔法補助科には何度か体験入学の申請は送っていたのだが全て悉く無視されてなぁ。まぁそれは良いが。折角の機会である。お前らは一年であるが、それでも摩訶不思議高校の生徒である。しっかりと後輩に場所を残せるように胸を張って参加しろよ? 怒られるのは私だし」


 恐らく理由は怒られたくないってのが一番だろうが。

 そんな事は表情を見れば一瞬で分かるホウジョウ先生である。


 最初に挙げられたホムラの話。確かに色々と魔法少女関連の事は網羅していると言っても過言ではないホムラである。そんな彼からしても魔法少女の最前線である魔法補助科に行けるのは前例がないのだ。それほどに重要であり、機密文書などが多数保管されている。らしい。真実は知らないが。

 それでも摩訶不思議高校の進学先であり、それでも入社できる確率が低い場所である。行けるだけでも価値がある。そしてそれ以上にホムラのテンションが上がるのが。


「そして二つ。恐らく大多数の生徒が知ってると思うが、魔法補助科には一人、魔法少女が所属している。到底会えるとは思えないが・・・それでも魔法少女だ。今の現代を文字通り救っている救世主。悪い事したら魔法少女にお仕置きを食らっちゃうからな〜」


 そう、所属しているのだ。

 一般人に知られる訳にはいかない魔法少女が一人。公共の機関に所属している。


 これが何を表すか。魔法少女に会えるかもしれないのだ。


 ホウジョウ先生の言葉を受け、クラスメートが吠える。喜びの遠吠えだとか、歓喜の咽び泣きだとか、冷静だがしっかりと喜びを噛み締めていたり。


 それほどに魔法少女とは天上の存在であり、本来は情報でしか存在を確認出来ない存在なのだ。

 大体の人間が魔法少女に命を助けれたり、家族を救って貰ったり。今の時代に魔法少女にお世話になっていない人間はいないのではないか、とそう思わせる程生活に密着している存在なのだ。そんな存在と同じ空間に居られる、もしかしたら出会えるかもしれない。そんな期待が浮かんだが故の熱狂具合である。


 もはや暴動である、と誤認してしまいそうな狂い具合である。

 阿鼻叫喚のクラスメートを見て、呆れた表情を見せるホウジョウ先生。そしてふと視線が合う。朝、失言した時と同じような、蛇のように飲み込まれるような笑みを見せる。


「(あー、前までの俺だったら阿鼻叫喚していたな・・・。この場の誰よりも)」


「(この場の誰よりも・・・なのぉ? イカれてるんだなぁ)」


 イカれてなかったら十五になって魔法少女になりたい、魔法少女をサポートしたいとか本気で思わないだろう。


 取り敢えず、遅いだろうが喜んでいるフリをする。まぁ呆気に取られていたが、フリとは言え本気で嬉しいのだが。


「(魔法補助科の魔法少女ってどんな人なのぉ?)」


 必死に喜んでいる中、空気を読まずにぬいぐるみドラゴンが質問をぶつけてくる。時と場所を選べ! と思ってしまうが、確かに気になるのはしょうがないだろう。魔法少女としての大きな器を持つものとして喜んで教える。


「(大体二年前に正式に所属を発表した『マジカルシャドウ』だな。名前とは違い、ちょこちょこ見せるぎこちない笑顔は幼さを感じさせ、人気がある魔法少女。実力も相当に高く、今までに倒したメチャワルイヤーツの数も数十を超えるとかなんとか)」


「(マジカルシャドウ、かぁ)」


 何かを含んでいるような返事をするぬいぐるみドラゴンの反応に、とても気になるところであるが場所が場所である。後回しにする。


 どうやらホウジョウ先生はホムラの反応に納得したのか、妙に満足気な表情で続きを話す。


「そんな訳だ。一ヶ月もあるとはいえ、一ヶ月しかないのだ。それまである程度の礼儀とか、体験中に使えそうな技術は教えるが、しっかりと学べよ? じゃ、班決定したら私に報告しろよ〜」


 そう言ってホウジョウ先生は退場する。


 一ヶ月後。何ともまぁ急な、とは思うものの、発表から半年後とか生殺しされるよりかはまだマシなのか、とホムラは思う。それでも本当に急である。


 さて、班決めである。クラスの人間が誰を誘うか、誰と共に行くか。軽いジャブを打ちながら視線は全てホダラアオイの方へ向いている。急な美少女の出現である。男女関わらず矛先は彼女を向いていた。誰がファーストタッチするか。誰が一番槍を務めるのか。

 戦も、一番槍が一番危険なのである。危険であるが、それであるが故に一番の怖いもの知らずである。口に出しはしないが、牽制し合う中。動きを見せる男が一人いた。その名はユウラギホムラである。


「ねぇ、班一緒に組まない? 見た感じ組む相手いないでしょ?」


 そんな一言に見守っていたクラスメートは安堵の息を溢す。

 流石の優等生でもそんなぶっきらぼうな、ナンパ初心者的な言葉では誰も引っかからない。恐らく返事は「NO」であると誰もが確信し、次は誰が挑むか牽制し合っていると、


「組む相手いないってのは余計ね・・・でも、良いわ。早速報告に行く?」


 と、誰もが意外な答えを発した。

 良いんだ。それで良いんだ・・・と、驚き半分、意外とチョロいんじゃね? 強引な男が良いのか・・・と、学びを得た戦士が立ち上がる。


「じゃ、じゃあ俺と組まない?」


「いやいや俺と・・・」


「ほらそんな優等生じゃなくってさ」


「絶対俺と一緒の方が将来に役立つぜ?」


 一瞬で集まった四人の男子生徒。

 順番に冴えない男、いつもおうむ返ししかしない奴、会話の最初が否定で入る奴、親のコネで入学しただろと疑われている奴。竹取物語ですらもっと良い男が求婚してきたぜ? と思わず萎えてしまいそうな人選にアオイは一言。


「いやもう相手決まったから・・・」


 撃沈である。


 どのタイミングで報告に向かえば良いのか。今もう向かっちゃって良いのか。そう悩みながら、まぁ行ってみれば分かるでしょとの考えで教室を出る。背後に感じる突き刺さるような視線を全てホムラは無視する。魔法少女と組むのは俺である、と声には出さないが妙な優越感を感じる。


 廊下にて、涼しい空気を感じながら職員室へと向かう。十分もない距離である。


「なんで今日に限って視線が集まってるんだろ。そんなに変なのかな・・・?」


 と、逆に自意識過剰なアオイの言葉に「この子の部屋に鏡って置いてないんだろうか?」と本気で疑問に思う。マジで言ってないよな、と思うがマジなのである。恐ろしい。


「そりゃ可愛さの片鱗も出していなかった奴が、いきなり美少女になって来たら誰もが見るだろ」


「・・・へ、へぇ」


 満更でもなさそうな表情を見せるアオイ。

 好感度を上げる為に彼女と組んだわけではないのだ。誰もいないが故に話題を出す。


「気になっていたんだけど、ぬいぐるみドラゴンさぁ」


「・・・ホムラ、契約物の事フルネームで言ってるんだ。いや、別にそれは自由だから何の問題もないと思うけど」


「じゃあ何で間に入って来たんだよ・・・」


 本当である。と言うかフルネームって何だよ。ぬいぐるみドラゴンがか?


「お前、難儀な名前してるんだなぁ」


「・・・難儀じゃないよぉ。通称はドラだよぉ。聞かれなかったから言わなかっただけだよぉ」


 確かに。

 魔法少女になれた高揚感で別に気にしていなかったな。


 と言うよりアニメとか漫画とかの世界ではないのだ。普通に出会ったら自己紹介くらい進んでするだろう。何なら創作物の方が礼儀正しく自己紹介するぞ、と思いながら脱線した話を元に戻す。


「そうじゃなくて、ドラが魔法補助科の魔法少女について聞いた時あっただろ? 微妙な反応してたのは何でなんだ? 別に警察所属だからって変なことはされないぞ・・・? ん?」


「まさかドラ、貴方・・・」


 知らないところで何かやらかしているのか、と二人で勝手に想像する。

 それに対し、ため息を吐きながらドラが説明する。


「違うぞぉ。てかお世話になるとしたらアオイがジラを亀甲縛りしてる事の方が見られたら確率は高いと思うぞぉ」


「確かに・・・」


「いや、これはこいつが変な事言うからであって!」


 今までぷかぷかと浮かんでいるだけであったクジラのジラが口を開く。


「男の性、ってもんやろなぁ」


「ぬいぐるみが男を語るな」


 恐らく、ホムラの勝手な印象だが正しいのはアオイの方である。多分ジラは放っておいたら女子更衣室とかに平気で入るタイプだ。


 ドラ自身も、同じ契約物がここまで変態であるのに初めて気付いたのか微妙な表情をする。


「ま、まぁそれは置いといて・・・そもそも魔法少女が一般人とあまり関わりを持っていないのは何でか分かるぅ?」


 それはホムラが契約時言われた事である。

 別に有名になるのは勝手だけど、魔法少女としての活動が満足に出来なかったら契約解除だとか。そんな事を言っていたのを思い出す。


「何でって、個人がもしもバレてしまったら日常生活にまで影響が出ちゃうから、満足に戦えなくなる。とかじゃないのか?」


 個人がバレ、記者だとかファンだとかが集まってしまうとメチャワルイヤーツとの戦いで、満足に力が発揮出来なくなるとか。そんな理由であろうと、ホムラは考える。アオイも概ね同じようで大きく頷いている。

 その言葉を受け、ジラは「違うんよなぁ」と声を上げる。


「メチャワルイヤーツってのはな、生き物の負の感情の塊やねん。やからその集合体であるメチャワルイヤーツは本能で動き、本能で人を襲うんや。何で負の感情が生まれるかって言ったらそれは生きてるからよな? で、その日常の営みの中に魔法少女はほんの少し、スパイスとしてしか加わってないんや。姿を隠し、正体を隠し、密かに活動する魔法少女。それが人間と寄り添い合うように生活したらどうなると思う?」


「どうなるって・・・スパイスじゃなくなるとか?」


 アオイが疑問を浮かべながら答える。


「概ね正解や。素性を知られず関わっているからこの程度やねん。それが親密に関わっているともなると、負の感情は魔法少女にも向かう事になるんや」


「つまるところ魔法少女に対しての負の感情が生まれ、それを元にしたメチャワルイヤーツが生まれるって事だねぇ」


「せや。その場合のメチャワルイヤーツはえらい強敵やでぇ」


 ドラは昔のカツオ風味、ジラはエセ関西弁なんだぁ、とホムラは関係ない事を考える。

 それでも話自体は理解した。


「って事は、この職業体験。もしかしたらめちゃめちゃ戦う事になるのか」


「もしかしたらじゃなくて、ほぼ確実やな。確かその魔法少女が行動を共にしてるのって二年前から何やろ? そりゃ百パーいるわ。しかもごっつ強いのがいると思うでぇ」


「まぁ、居るとしても二人の力を合わせたら、恐らく何とかなると思うけどねぇ。そうじゃなかったら僕達が行かせる訳ないでしょ」


 強敵である、と自覚させて気を引き締めさせているのだろう。

 そう考えなければぬいぐるみ達が口を揃えて脅かしている理由にはならない。ふざけた声色ではなく、真面目そのものなのだ。


 言葉を受け、後半から顔を俯かせていたアオイにどう声をかけようか悩む。一応、と言うか女の子である。気を遣わない理由はない。プルプルと震えているアオイを見て・・・震える? 若干の疑問が浮かんだところでアオイが顔を上げる。妙に嬉しそうだ。


「強敵との戦いって事よね。嬉しい、嬉しいわ。しかも合法的に魔法少女と戦えるって事よね? ボッコボコにしてやるわ」


「心配した俺が間違いだった」


 歴で言えば先輩である。確かに心配する方がおかしいのだろう。しかも危ない事を言っている。合法的に魔法少女と戦えるって・・・。魔法少女の名前が聞いて恐れ慄くだろう。怖すぎだ。


 そんな武者震いを見せるアオイに対し、ドラが


「盛り上がってるところ悪いんだけど、先の戦いで苦戦していたアオイのままでは荷が重いと思うよぉ」


 語るドラをジャンプして捕まえる。両手で首根っこを掴み、前後に揺らしながら


「それは一体どう言うことよ!? 二人で力を合わせたら〜って話してたじゃん!!」


 ヒステリックである。まぁ、魔法少女としての矜持があるのだろう。知らないが。

 前後に揺らされながらドラは冷静に話す。


「そ、それは今のままでは、って話だよぉぉ。アオイは、ホムラと同じようにマジカルパワーを意識して使えるようにしないとダメだよぉ。恐らく、今まではマジカルウェポンの力で倒して来たんだろうけどぉ」


 言葉を受け、静かに手を離す。そして思い出すように言葉を紡ぐ。


「・・・マジカルパワーって才能がある人しか使えないって言ってなかった?」


「確かに才能ある人しかマジカルパワーは使えないねぇ。でも、それは常時発動するのはって話だよぉ。一時的に発動するのは鍛えたらどの魔法少女でも使えるんだよぉ」


 彼らの話題にジラは興味を示す。ホムラの方を見る。


「ほぉ。ホムラはマジカルパワーが使えるのか」


「そうみたいだな。どれくらい凄いのかって分からないけど」


「・・・ん、ホムラって男だよな?」


「ああ、その話は終わってるから」


「そ、そうなんや」


 一人と一匹のタッグが分かれ、会話している絵はカオスである。一人は情緒不安定だし、一人は掘り返されて若干不安気である。ドラは良いと言っていたが、他の契約物から見たらダメと言われるかもしれない。ダメと言われて資格が奪われるかは謎だが。


 そんな話をしながら職員室に辿り着く。コンコンとノックし、入室する。


「ああ、ホウジョウ先生? 確か社会科の事務室に居る筈だけど」


 優男の印象を受けるメガネの教師に言われる。


「報告しろって言ったのに場所を伝えてないんだもん。人としてどうかと思うわよね」


「同意を求めないでくれ」


 他の教師の前で言わなくても良いじゃないか。八方美人を崩そうとするアオイに呆れる。

 社会科の事務室。現在、社会科の教師は五人であり、ホウジョウ先生以外の四人は殆んど職員室で業務を行っている。その四人は男性であり、唯一の女性社会科教員を気遣っての配慮であるのだが、真性のサボり屋であるホウジョウ先生に対しては間違った対応である。


 一人部屋を満喫している彼女の元に向かうのは何だかなぁ、と言う気分であった。今朝の事もある。色々言われるだろうなぁ。めんどくさいなぁと。

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