第4話 登校 学校生活
5月も半ばの水曜日である。
新入生を歓迎する桜も大半が散り、残ったのは寂しい枝葉だけになっている。
それでも新しい生活を迎える人々を応援するように日差しは暖かく、流れる時間はゆっくりとしたものに感じるのだ。
そんな早朝の優越感を感じながら、一箇所だけ朝の優雅な時間に似つかない、老若男女が群がっている場所に辿り着く。そこは昨日まで戦場だった住宅街である。現在、警察や摩訶不思議高校の教師らによって通行止めになり、色々と調べている最中だ。
野次馬のように群がる我が校の生徒らを見ながらホムラは
「本人がここにいるってのにな」
と、何とも言えない優越感に浸っていた。
頭上をぷかぷかと浮かぶぬいぐるみドラゴンの姿は一般人には見えないようで、現在のホムラは盛大に独り言を呟いているのだが気にも留めない。日常の風景であり、いつものBGMと化していた。通行止めされたからと言っても賑やかさは無くならない。
のだぁ。だよぉ。と変な語尾をひっつけて喋るドラゴンと適当に会話をしながら摩訶不思議高校へと到着する。
大きく、仁王像かのような威圧感を感じる巨像が左右に位置し、厳重に警備されている校門。そして少し見上げるだけでも視認できる大きく聳え立つ色とりどりの校舎。
敷地面積東京ドーム六つ分の果てしなき土地を誇る摩訶不思議高校である。
広大な敷地は、入試の為に初めて訪れた際、敷地の中で迷子になったし、何なら校舎の中でも迷子になりそうだった。校内移動にバスを使っているって言うもんだからその大きさは計り知れない。
魔法少女に関する育成をする機関として、最大限のバックアップを受けられる場所であるが故に、税金を湯水のように使っているのだ。だがその話をぬいぐるみドラゴンに聞いたところ。
「初耳だよぉ。そんな機関は聞いたこともないよぉ」
と言っていた。
膝から崩れ落ちそうになる感覚だったのだ。魔法少女と摩訶不思議高校は関係なかった。そして魔法補助者なる人材もぬいぐるみドラゴンは知らないそう。
思うところはあるが、それを含めても生活するにはこれ以上ない環境なのだ。学業もスポーツも社会知識も。様々な分野に伝手を持っている為、物凄い。伊達に倍率うん千倍を誇っていない。
まぁ、色々と取り繕ったが、結局の所魔法少女に一番熱意ある人間と言っても過言ではないユウラギホムラが特に気にしてないのは『自分が魔法少女だから』って点が大きい。そうじゃなかったら憤怒して、ネット掲示板に書き込んでいるだろう。そこまでユウラギホムラは魔法少女に対する熱意を持っているのだ。
朝特有の柔らかな風を受けながら校内を歩く。
優等生として、魔法補助者の鏡として生活するユウラギホムラの登校は早朝である。
校内では時間問わず自動操縦によってバスが動いているのだが、それに乗るのではなく数十分の距離の校舎まで敢えて歩いているのだ。それは頭を働かせるって面も大きいが、
「お、ユウラギじゃないか。朝早くから凄いな」
「おはようございます、ホウジョウ先生」
眠たそうな表情を隠そうとせず、大きな欠伸をしながら出会ったのはホウジョウユナ。社会科の先生である。
ふんわりとした雰囲気を持ち、どこか浮世離れしたルックスを持つクールビューティーなホウジョウ先生は男子女子問わず結構な人気を持つ先生である。
早朝、わざわざ校内を歩いて校舎まで向かう理由は先生達との交流が目的なのだが・・・
「(ハズレだな)」
『(ハズレなのかぁ)』
声に出さずとも脳内で会話出来る謎の技術を感じながら、考える。
摩訶不思議高校には五十名弱の先生がいるのだ。
それは戦闘技術だったり、戦術専門だったり様々である。
圧倒的な有り余る財力を使って呼び込んだ教師はそれぞれがそれぞれのプロフェッショナルである。それ故に優等生を演じているホムラは媚をエゲツない程売っているのだが。
「(ホウジョウ先生は生徒人気はあるけど、学業とか、勉強面に関しては役に立たないんだ。サボり屋だから)」
『(あぁー、見れば分かるねぇ)』
見えない事を良い事に、至近距離で観察するぬいぐるみドラゴン。見えてるホムラからしてみれば冷や汗もんである。
サボり屋であるが生徒人気はある先生。
他の先生と比べると些か劣るが、それでも先生である。ホムラは笑みを絶やさない。
「いえいえ。これでも摩訶不思議高校の一生徒ですから当たり前の事ですよ。ホウジョウ先生だって朝早くにいらっしゃっているじゃないですか」
「いらっしゃってるって・・・仕事がなぁ。抱えてるもんがなかったら惰眠を謳歌したいよ。何なら君たちと同じ時間に登校したいね」
「そんなに・・・」
「だってほら、チヤホヤしてくれるじゃん?」
性格は相当に良い方である。
惜しげもなく、自慢するでもなく、さも日常会話のように放り込んでくる自意識過剰っぷり。それは自他共に認めてるモノなのでホムラからは何も言えないが。
ははは、と乾いた笑いを溢しながらシイナ先生は真面目な表情に変わる。
「そう言えば。昨日ユウラギの帰り道でメチャワルイヤーツが出ただろ。大丈夫だったか?」
今日、登校時に見たアレである。
マジカルフレアの攻撃である程度の修復は出来たが、それでも魔法少女とメチャワルイヤーツとの戦いである。普通では無い被害が出ている。
怪我人自体はホムラの誘導と、フレアとアクアの共闘で居なかったと思う。それは恐らく現地で数人見かけた記者の方も調べているようで、シイナ先生の耳にも入っているだろう。
一応先生なんだなぁ、としみじみ思いながら
「ええ大丈夫でした。丁度下校中にアナザーワールドが出現した時はどうかと思いましたが・・・魔法少女が来てくれたので」
「ほう、魔法少女?」
おっと。
若干ホムラは焦る。
今日、いつもならニュースを見ながら身支度を整えるのだが昨日の戦闘のせいか、疲れが取れず出発ギリギリの時間で目覚めてしまったのだ。今回の事件の概要はあまり理解していない。何となくで会話していたのだが。
シイナ先生の食い入るような視線を受けるに、どうやら詳しい話はニュースになっていないようだ。
「確か今朝のニュースでは魔法少女云々の話は出ていなかった気がするんだが」
「えっと・・・それは」
何を疑われているのか。早朝から何で尋問みたいに見詰められているのか。
思わず自分が魔法少女なんです! と溢してしまいそうになるがギリギリのところで食い止まる。ぬいぐるみドラゴンから「この際だから性別は無視するんだよぉ。変身時の性転換は気合いで我慢してくれよぉ」と魔法少女になる事に関しては言われなかったが、それでも個人がバレる事に関しては無いようにしてくれ、と頼まれたのだ。
『(別に有名になろうがどうしようが関係ないけど、魔法少女としての活動が満足に出来ないなら剥奪って話だよぉ)』
「(分かってるって・・・)」
さてどう取り繕うか。すでに頭は冷静ではない。そして若干ボロが出かけているのだ。このまま逃げるってのも・・・? それは悪手である。僕は怪しいですよ、と言っているようなものだ。
「ん、どうした? 魔法少女に対して意欲的なユウラギが珍しいな。何時もならこの手の話題は私が話さずとも語ってくれるのだが」
黙れ。激しく罵りたい気持ちを必死に抑え、煽るような表情を見せるホウジョウ先生を見つめ返す。優等生としての皮を被っていなかったら摩訶不思議高校で学んだ豊富な語句を活かして大いに罵倒していただろう。ホムラは大人なのだ。
距離は変わらず。声色も変わらず。だが、感じる重圧は重く伸し掛かる。
1秒が何十分にも感じられる状況で、捻り出すように声を漏らす。その時、
「あ、シイナ先生おはようございます」
救世主が現れた。
ホウジョウ先生も若干驚きながら声のする方向へ視線を向ける。
「ホダラ・・・か? 珍しいな、この時間に登校とは。いつもなら遅刻ギリギリなのに」
「・・・たまたま朝早く起きたらニュースで摩訶不思議高校近くの魔法少女関連の事を言ってたんで。見ておこうかと」
「ユウラギ君と言い熱心だねぇ」
まるで海かのような透き通る青色の長髪。綺麗に生え揃った長い睫毛。少し吊り目だが、そこがチャームポイントになっている高身長スレンダー美少女、ホダラアオイの姿はそこにあった。
何でイメチェン・・・? と疑問を抱いているとアオイはこちらを見て、至極めんどくさそうに口を開いた。
「あのホウジョウ先生が早朝からホムラと何の話ですか? あのホウジョウ先生が」
「『あの』は余計だなぁ。いや、別に。昨日の事について聞いてるだけだよ。いち教師としてね」
「あー、」
その言葉で納得したのかアオイはよりキツくなった視線をこちらに向け、顔を近付かせる。ほのかに柑橘系の良い香りがした。
「(ねぇ、朝から何仕出かしてんの? 気持ちよく寝てたところに、このクソ鯨から『マジカルフレアが緊急事態やで!!』って叩き起こされたんだけど。本当に。朝から何を仕出かしてんのよ)」
「(いやぁ。昨日の事について聞かれてさ。魔法少女に助けられましたって答えたら、ニュースに載ってない情報だったみたいで。めちゃめちゃ詰められてる)」
「(はぁ・・・)」
深いため息を吐きながら笑みを作る。
「昨日、たまたまホムラと一緒になって帰ったところにアナザーワールドが出現してしまって。魔法少女に助けて貰ったんですけど、その時の恐怖が抜け切ってないみたいで」
「言わなきゃ、って思っていたんですけど・・・」
アオイの言葉を受け、ホウジョウ先生はふと腕時計を見る。
「・・・まぁ、いっか」
そう言って背中を見せた。
「怖がるのも良いけど、その事はしっかりと報告しといてな〜。世界の為に社会の為に〜」
手を適当に振りながら目的の場所だろう、近くの校舎に向かうシイナ先生。
相当に離れ、姿が見えなくなったところで胸を撫で下ろす。会話に夢中になっていて気が付かなかったが、ホムラのぬいぐるみドラゴン同様にアオイの頭上にはぬいぐるみのクジラが浮遊していた。謎に亀甲縛りだが。そんな奇怪な姿を見ながらアオイの言葉に繋いで説明できたのは御の字だろう。流石である。
張り詰めた緊張感を感じていたのはアオイもだったようで、同様に彼女も息を漏らす。今度は隠そうともせず睨んできた。
「何で!! 朝から変な話をしてるのよ!? 意味が分かんない。魔法少女なりたてと言っても、もう魔法少女なんだから振る舞いを考えてよね」
「それはごめんなさい」
「はぁ・・・ホムラのせいでクソみたいな時間に登校しちゃったし・・・」
そう言って髪をくるくるとイジるアオイ。
確かに普段の登校時間よりも遥かに早い。本当に急いで来てくれたんだろう、と思うのだが・・・。
「(髪をセットしてるのはスルーした方が良いよな?)」
「(イラつかせたいなら話題に出しても良いと思うよぉ)」
ヘアオイルとかつけてる? と違う話題で茶を濁しながら一緒に登校する。
毎朝一人で登校していたので隣に誰か居るってのが新鮮な気持ちになりながらホムラは周りの風景を楽しみながら歩く。朝から変な先生に絡まれたが、朝ってのは良いもんだ。太陽の日差しも優しい。
道すがらすれ違う教師に挨拶をし、徐々に校舎に近付いていく。
道草を食わされた影響か、普段よりも多くの生徒が居る昇降口で、アオイは意を決したように口を開く。
「ね、ねぇ」
「うん?」
ずっと同じ場所をクルクルとイジって癖がつかないんだろうか、と変な心配をしながら待つ。
「その・・・ほら、私を見て何か思った事とかないの!?」
「髪上げた方が可愛いね。似合ってるよ」
「ッッッッッッッッ!!! 気付いてるなら最初っから言え!!」
顔を真っ赤に染め、金的を繰り出そうとしてきたアオイの蹴りを受け止める。もう同じ手は効かないんだぜ? と澄まし顔をしていると、気に入らなかったのかズンズンと離れ、自分の下駄箱の蓋を豪快に開ける。室内靴に履き替え、遠慮のかけらもない勢いで蓋を閉め、教室へと向かう。
ガバッ! バンッ! と朝に似合わない効果音で下駄箱を開け閉めしたので周りの生徒から注目の的である。
「女の子って分かんないねぇ」
「僕的にはホムラの方が分からないけどねぇ」
結局のところ分からずじまいで一人と一体はアオイの背中を追う。アオイのイメチェンも気になったが、それ以上にぬいぐるみクジラの姿が気になるのが原因である。インパクトが違うのだ。
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