第3話 誕生 マジカルフレア その3

 向かってくる異形の犬をフレアはアッパーで迎え撃つ。


 クリティカルヒットしたようで、快音がアナザーワールドに響く。

 直撃したメチャワルイヤーツは息が溢れ、止めどなく流れる血混じりのヨダレは地面を汚し、二転三転し転げる。ただの一発でこんな威力があるのか。仲間ながら戦々恐々としているアクアである。仲間で良かった、と心底思いながら転んだ先のメチャワルイヤーツに向け、飛び掛かり切先を下に、脳天に向け突き下ろす。


 皮一枚。


 再度避けられた攻撃に、アクアは苛立ちを隠せない。


「何でフレアの攻撃は当たって、私の攻撃は回避されるのよ! 不公平だわ!」


「不公平って・・・敵も敵で生き残る事に必死なんだよぉ。実力の差が出てるってのもあるんだけどねぇ」


「実力・・・?」


 頭上でふわふわと飛んでいるぬいぐるみドラゴンに向け、鋭い眼光を飛ばす。

 まるでアクアが、このぽっと出の魔法少女よりも劣っていると言っているようなものだ。たかが一ヶ月であるが、されど一ヶ月である。魔法少女として胸を張って行動して来た自信がある。


 そんなアクアに向けクレーンゲームの景品のような見た目のぬいぐるみが喧嘩を売っているのだ。買わない理由はない。フリマサイトに出品してやろうか? そんな視線を向ける。


 ピキピキと額に血管を浮かばせるほど苛立ちが生まれ、それを発散するかのように転げて回避した犬に向け刀を投擲する。しっかりと胴体に突き刺さった。


「・・・武器手放しちゃって良いのか?」


 良くない。


 何の躊躇いもなく手放した武器に、取り返した方が良いのかな? と迷うフレア。そんな彼を手で制する。


「魔法少女の武器は、決してメチャワルイヤーツが扱えないようになっているの。しかも、はい」


 そう言ってアクアの手元に刀が戻る。


「マジカルウェポンは意識一つで所有者の手元に戻る仕組みなんだよぉ。叡智の結晶だねぇ」


 フレアに向け説明するぬいぐるみドラゴン。


 視線をメチャワルイヤーツ、フレアに向けてスルーしていたのだが、彼女から向けられる視線が徐々に射抜くような、無視出来ない迫力になり始めた頃、ため息を吐いて口を開く。


「別に僕は君の契約物じゃないんだけどねぇ。・・・マジカルアクア、君の功績はよぉ〜く知ってるよ。今一番勢いのある新鋭の魔法少女でしょぉ? うんうん、完璧に知ってるよ」


「なら・・・」


 勝手に話をし始めた一人と一体を見て、メチャワルイヤーツが逃げようと体を起こすが、それは見逃さないフレアである。馬乗りになって顔面を執拗に殴る。血飛沫が、肉片が飛び散り、一瞬にして燃えカスになる。


 側から見たら魔法少女とは思えない所業だが、フレアからして見れば相手は神聖な魔法少女の敵である。遠慮も手加減も無い。


 ここまで攻撃を当てているのに中々死なないな・・・? と疑問を抱きながら二人の会話を待つ。フレアは空気が読める男なのだ。


 アクアの功績は大型ショッピングモールで出現したヘドロのような見た目のメチャワルイヤーツの討伐。人命救助数知れず、災害と化す前のメチャワルイヤーツの始末。両手の指だけでは数え切れないほどの功績がある。


 アクアは頭の中で自分のやった事を思い出しながら言葉を待つ。


「でもそれらは『魔法少女らしくない』んだよぉ」


「魔法少女らしくない? …アレの方がよっぽどじゃ無い?」


 指先を、未だに馬乗りになって殴打しているフレアに向ける。視線が合い、フレアが笑顔で手を振る。アクアの表情が引き攣る。


「チッチッチ。違うよ、君たちの目的は本物の魔法少女になる事だよぉ」


「無視は出来なく無い?」


 完全に聞こえる効果音がグロ一色である。そんな彼女を放っているのはアレこそが正しい魔法少女の姿なのか、はたまた諦めているのか。…恐らく後者だろう。表情は読み取りずらいが、顔が引き攣っているように思える。


 本物の魔法少女・・・? 少し離れた場所で、マウントボジションを維持しながら聞こえて来た単語にフレアは疑問に思う。恐らく、疑問のレベルではアクアのそれを優に超えるだろう。


 確かに、アクアもアクアで魔法少女に悩み、自分の魔法少女像を認識し行動しているのだが、フレアはそれ以上である。もはや彼の思考は信仰に近い。


 魔法少女とは神である。神であるが故に弱者も強者もすべからく救済し、救わなければいけない。その為であれば自己犠牲は何のその、不可能を可能にしてしまう心意気である。


 そんな思考を本気にしているフレアからしてみれば、ぬいぐるみドラゴンが語ろうとする『本物の魔法少女』は気になるところである。心だけは言葉に向きながら、手は止まらない。


 思考をロックする。この場に置いて、フレアは敵を殴り続ける機械になるのだ。


「人間も、メチャワルイヤーツも、悪人も善人も、全てを余すところなく救う。それが本物の魔法少女なんだよぉ」


「メチャワルイヤーツも・・・?」


 今まで戦ってきたアイツらも? そんな疑問がアクアの脳内に浮かんでしまう。


 救うとは。一体何をすれば良いのか。謎が謎を読んでいる状態である。


 ぬいぐるみドラゴンは疑問符を一杯に浮かべているアクアを見て、ため息を吐く。


「はぁ、本来なら君の契約物が説明をする筈なんだけど・・・ほら、魔法少女になるためにぬいぐるみが現れたでしょ? それどうしたのさ」


 アクアは思い出す。魔法少女になった時に現れたぬいぐるみ。


 ・・・ああ、あのクジラか。


「それなら縛って箱に閉じ込めてるけど・・・多分ベットの下ね」


「非人道的!? 僕の仲間がそんな目に遭わされているとは・・・って、だから魔法少女としての常識が欠落してるのかぁ」


 アクアの視線はフレアの方から離れない。何か言いたげな表情を見せるが、恐らく最適な回答はしてくれないだろう。容姿が可愛らしい、物語から出て来たような主人公ビジュなのにやっている事は悪魔の所業である。どっちがメチャワルイヤーツなのか一瞬悩みそうだ。現在進行形で笑顔が崩れてないのがより恐怖を煽る。


 ぬいぐるみドラゴンはチャチャっと説明する。



 メチャワルイヤーツとは生き物の欲望が実体を持った存在である。


 行動原理は欲望の赴くままに。元となった欲望を実行する。殺人だとか窃盗だとか何とか。全てを想いのままに行動し、実現させる。


 そんな欲望の生き物を倒し、浄化させる事が魔法少女の役割であるのだ。


 そして手段は問わないが、最終的にマジカルパワーか、マジカルウェポンで仕留めなければ浄化出来ない。


「けどそれは建前なんだよぉ。本質は・・・そう、マジカルフレアそのものさ」


「え、俺?」


 ああ、だから仕留め切れないんだ、とフレアは理解する。此方に向ける悲痛な視線、早く楽にしてくれと語りかけて来るような表情。半分肉塊と化しながらくたばる気配が無いメチャワルイヤーツを見る。


 名指しされたフレアは続きを急かし、アクアは妙に納得する。


「魔法少女になりたてであるのにその勇気ある行動! 救世主として正しい真っ直ぐで歪な思考! 救う以外の考えはないその脳みそ! あぁ、なんでこんな逸材を僕は見逃してたんだろぉ・・・君は魔法少女になる為に生まれた女の子なんだよぉ!!」


 納得したアクアは再度首を傾げる。こんな奴が魔法少女になっていったら世の中は破綻するだろ? と。世紀末魔法少女まっしぐらである。


 女の子ぉ? と引っ掛かる部分はあるが、それでも褒められて気分が悪くなるものではないフレアである。


 フレアの頬は、その熱気とは別の意味で赤く染まる。生まれ、努力してきた十五年の人生を肯定された初めての事である。フレアの握る拳は強くなる。再度叩きつける。血飛沫と、鈍い呻き声が昼下がりの通学路に響き渡る。


 そんな光景をようやっと直視した二人は顔から色が抜ける。


「そろそろフレアに懸賞金が掛かりそうな勢いなんだけど」


「そ、それでも浄化だよぉ! ちょっとマジカルウェポンが本領を発揮してないだけで!!」


 ふわふわとぬいぐるみドラゴンが飛翔し、フレアに近付く。


「君のマジカルウェポンは本領を発揮してないんだよぉ。今の状態は身から溢れるマジカルパワーを無理やり纏って殴りつけてるだけに過ぎないんだよぉ」


 それでも、その身から溢れるマジカルパワーはそこら辺の弱いメチャワルイヤーツであれば容易に浄化出来てしまう威力なのだが。


「じゃあどうすれば良いんだよ。・・・流石に殴りぱなしってのも敵も、俺も嬉しいもんじゃないし」


 殴って嬉しい性格はしていないのだ。フレアの本質はちょっと異常な男子高校生である。殴って解決するより、会話で解決出来るならそっちを選ぶ。そして馬乗りになって殴っている魔法少女の絵は、フレアとしても見せて良いものではないと自覚している。魔法少女は敵に馬乗りになって攻撃しないのだ。


 ぬいぐるみドラゴンは説明する。


「全身に流れる流れを、今度は自分のマジカルウェポンに集める意識を持つんだよぉ。フレアの場合は両手に嵌めているグローブだね。意識した攻撃は今までの比じゃない威力だよぉ」


 あ、出来た。と嬉しそうな声をあげるアクアを無視しながらフレアは意識を集める。

 全身に流れる力は理解している。それを意識した場所に持ってくるのは・・・


「う、うぇええぇえ!?」


 両手が炎々と燃えているかのように、轟々とした炎が両手に出現する。

 だが、その炎は決して熱くはなく、どちらかと言うと仄かに温かい。


 それは変身した瞬間と同じような、包み込むような暖かさを持つ炎だ。


 これがマジカルウェポンなのか。これが浄化の炎なのか! と気持ちが昂るフレアは嬉々として、燃える拳を叩きつける。


「うりゃああああああ!!!」


 しっかりとメチャワルイヤーツに当たり、周辺を燃やし尽くす業火が生まれる。馬乗りになった犬の姿は一瞬のうちに燃え滓と化し、ポリゴンに変わる。フレアの腰に装着しているマジカルフォンに吸収される。


 辺り一面に溢れたフレアの力の奔流は全てを覆い尽くし・・・壊れた家屋を一瞬にして直す。


 ポカンとした表情を見せるフレア。


「魔法少女の力はメチャワルイヤーツを倒す事に加え、破壊された建造物を修復する力を持っているんだよぉ。だから一般人に被害は向かないし、優れた魔法少女は壊れたモノを修復する力も絶大なんだぁ」


 ぬいぐるみであり、表情が分からなかったが、それでも喜びが隠せていないぬいぐるみドラゴン。


 見渡し、壊れた生垣、崩れた家屋。それらが全て戻った景色を見てフレアは息を吐く。張り詰めた糸が解けたのか、全身に身に纏っている衣装や体を変化させた魔法少女としての体がポリゴンと化し、飛散する。残ったのは男子高校生としてのホムラである。


「ふぅ。初陣としては良かったんじゃないかな。怪我とかしてないよね、本当に」


 そう言って心配そうにアクアを見る。


 見るが、何故か表情が固まっているアクアに疑問を抱く。そんなに心配されたくないのだろうか? と考え、飛散したポリゴンの光景がふと蘇る。


「(あれ、素顔バレてね?)」


 綺麗な顔をしているホムラであるが、素性を知っているものからしてみれば彼は『男』である。男子制服だしね。


 気が抜けて、意識していない形で変身が解けてしまった訳である。ぬいぐるみドラゴンの「あれ、今時の女の子って男装の趣味があるのかぁ? それとも多様性? でも結構声低いんだね。王子様系なのかなぁ?」と汗をダラダラと垂らしながらブツブツ呟いている。出会った時から服装も声も変わっていないのだが、メチャワルイヤーツ出現から一息がついて、冷静になってみたら・・・て事なのだろうか。

 ホムラとしては是が非でも魔法少女の力を手放したくないので返せと言われても返さないが。


 それよりも問題は目を大きく見開き、口が半開きになっているアクアである。


 驚きが一周回って驚きに戻っている彼女である。


 確かに、クラスメートである優等生が実は魔法少女でした! しかも魔法少女なりたてで、才能溢れる存在で。色々と属性が混ざっている存在が目の前にいるのだ。ホムラは意図してないが、そりゃ呆けてしまうだろう。


 ぺたりと力が抜け、地面に座るアクア。こちらも全身に纏っている衣装が飛散し、ポリゴンと化す。残ったのは前髪を無造作に伸ばした垢抜けていない彼女である。


「アオイさん? 大丈夫?」


 そう言って視線を合わせ、腰を下ろす。

 髪で隠れて見えないなぁ、と前髪を持ち上げる。綺麗な勿忘草色の瞳が見える。


「やっぱ髪切った方が良いよ。顔が見えた方が似合ってるし、可愛いよ」


 思わず口にしてしまった言葉に、取り繕うにして微笑む。


 悪意のカケラも、下心もない言葉である。正真正銘、本心だ。


 ホムラの心境としては、共に戦った魔法少女仲間である。意図せぬ形であるがお互いに素性も知られてしまっているのだ。殆んど親友と言っても過言ではない。


 そんな遠慮も配慮もなかった一言であった。



 一瞬でアオイの表情は真っ赤に染まり、次に感じたのは今まで存在を忘れていた下腹部への激しい痛みである。内臓まで響くこの痛みは懐かしい。


 照れ隠しか、半泣きの表情でホムラの金玉をサッカーボールキックで蹴り上げたアオイは怒り半分で


「じゃあ! また! 明日!!」


 と、その場を後にする。

 残ったのは下腹部を抑え、荒い呼吸をするホムラの姿だった。その背中を優しい声色でぬいぐるみドラゴンが撫でる。


「いや、このまま女の子として生まれ変わって貰った方が・・・?」


 彼の言葉は無視し、


「ぼ、暴力系魔法少女は今時流行らないよ」


 そう言ってラマーズ法で呼吸を整えながら必死に痛みに耐える。

 気がついた頃にはアナザーワールドはなくなり、徐々に人の流れが戻っていた。

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