第2話 誕生 マジカルフレア その2

 ホダラアオイは魔法少女が嫌いである。


 困った時にしかやって来ない、全部が後手に回って痒いところに手が届かない存在。助けて欲しい時に助けてくれず、全てが取り返せない時にようやくやってくる。そんな、救世主とは名ばかり存在である魔法少女が嫌いであった。

 確かに理解しているつもりである。何事も未然には防げない。後手に回ってしまうのはヒーローの役回りなのだと。


 だが、それでも理解はしても納得は出来ないのだ。


 嫌いだったのだが、運命はそんな人に巡ってくるのだ。

 しゃがれた声のぬいぐるみクジラが「魔法少女にしてやるぞ」と声をかけてきたのはつい一ヶ月前である。最初の数日は無視に無視を重ねていたが、日常生活に支障が出るレベルで勧誘してくるからしょうがなく魔法少女になったのである。


 あんなに嫌いだった魔法少女。家族を見殺しにした魔法少女。せめて自分が成れるならそんな魔法少女にはならないと心に決め、活動していたのに。


「ただのクラスメートに発破を掛けられるとは・・・魔法少女が黙ってないよね」


 あの熱い視線。あの真っ直ぐな表情。無理を無理と思っていない行動。


 嫌いだった魔法少女。それだから好きになれるように自分が考えた理想の魔法少女像がただの男子高校生と重なったのだ。

 いつもクラスでいい子ちゃんぶっていた理想だけの偽善者だと思っていたユウラギホムラが、である。酷い言われようである。


 ホラダアオイは魔法少女も嫌いだが、それと同じくらいにユウラギホムラが嫌いだったのだ。模範生を醸し出し、いい子ちゃんの皮を被り、率先して行動する彼が。偽善者が。弱者を救った気になって楽しいかよ、と。


 だが、現在の認識は別である。彼こそが一番魔法少女に近い。


 無理な事を無理だと言わず、不可能を可能にしようと、自分の理想を押し付けるような強さを持つ。

 そんな完璧とも言える『ヒーロー』としての魔法少女に。


 諦め、倒れ、もう動けないと思っていたアオイを駆り立てたのはホムラその人である。


「カッコいい姿は見るものじゃなくて魅せるものだしね」


 青く綺麗な長髪を風に靡かせ、腰に収まっている刀を引き抜く。勿忘草色が刀身に一文字入った綺麗な刀をお化け屋敷から抜け出してきたようなメチャワルイヤーツに向ける。開戦の合図はマジカルアクアの叫び声だ。


「はぁああ!!」


 自分を奮い立たせるように剣を上段に構え、距離にして数メートル。魔法少女としての身体能力を遺憾なく発揮し、一歩で距離を詰める。


 鈍い金属音。


 白装束の中から飛び出した血色の悪い腕とアクアの剣が交差する。

 人の腕のような見た目なのに対し、アクアが手に感じる感触はまるでコンクリートである。到底生き物が感じさせて良い質感ではない。


 視線が交差する。もはや地上波で流せないような発禁モノのグチャグチャな視線を受け、アクアは嫌な予感を感じる。気のせいか、彼女が笑ったのを見たのだ。

 地面を蹴り、一瞬で距離を取る。紙一重で左右から覆うように、メチャワルイヤーツの背に生えている蝶の羽が襲ってきた。抵抗すらを感じない威力で地面を削り取る。アクアの頬に汗が伝う。


 魔法少女として、身体能力が格段に向上して敵の攻撃、一つ二つでは死なない耐久力を持ってはいるが、それが攻撃を受けて良い理由にはならない。痛いものは痛いし、怪我はしたくないのだ。アクアは魔法少女以前に女子高校生なのだ。


 息を一つ吐き、心を落ち着かせる。


 目の前のメチャワルイヤーツの表情は登場から一変し、イヤらしい笑みへと変貌を遂げている。自身が圧倒的優位に立っていると確信したのだ。勝てる相手だと判断し、今度の攻撃はどうしようか、目の前の敵をどう痛ぶろうか楽しんでいるのだ。

 言葉は発していないが、アクアは表情で理解する。性格の悪い表情をしていた。


 アクアとして、声を大にしては言えないが、一撃の重さ、手数であれば既に人間を辞めているメチャワルイヤーツの方が一枚上手である。それは揺るがない事実である。一撃でも喰らえばこの緊迫した状況は崩壊し、死へと直行するだろう。


 だが、それ故に好機である。侮り、気を許している今だからこそ一撃を狙えるのだ。


 ゆっくりと刀を鞘に戻し、刀を納める。


 別にアクアは魔法少女だからと言って、剣術が使える訳ではない。女子高校生なのだ。特技はカラオケで90点以上を取る事である。刀なんて関係ない。

 しかし、一つだけ確信している事がある。武器は隠して振るった方が強い、て事だ。


 不思議そうに見つめるメチャワルイヤーツ。完全に気を抜いている彼女にアクアは息を吐くと同時に、柄に手を当てたまま一歩進む。魔法少女の一歩はもはや一歩の範疇で収まらない。


 そして、魔法少女の居合はそれだけで有象無象を一刀両断できる威力を持つ。


 踏み込み、抉れたアスファルト。まるで姿を消したかのような加速で近付くアクア。そんな彼女に対しメチャワルイヤーツはようやく危機感を思い出し、体を引く。だが時は既に遅い。

 抜かれた勿忘草色の刀が半円を描き、血色の悪いメチャワルイヤーツを下から上に切り裂く。だが、一歩踏み込みが浅かった。まだ皮膚一枚である。


「まだまだッ!!」


 振り上げた刀を左手で強引に軌道を変える。遠慮のカケラすらなく振り下ろした。今度は肉を切り裂く感触がある。

 アクアの腹部に枯れ枝のような腕が向けられ、払い除ける衝撃を受けるが止まらない。歯を食い縛り我慢する。噛み締めた口からタラリと血が溢れるが無視する。死にはしない。


 『アガアアアアアアッッッ!!!!!????』


 吠えるような叫び声を耳元で聞きながら振り下ろした刀を引き戻す。まだ浅い。腹を殴られた影響で太刀筋が逸れたのだ。左肩から腕を切断しただけに止まっている。濁った赤褐色の血飛沫が視界に映る中、アオイは引き戻した刀をもう一度振るう。今度は首を狙い、頭部を切り離す考えだ。


 永遠とも言える集中した引き伸ばされた時間の中で、悲痛なメチャワルイヤーツの視線を一身に受けながら豪快に踏み込み切先を捩じ込むーーーーーー


「あがっ・・・!?」


 ーーーー寸前、アオイの記憶に新しい存在が姿を表した。


 小さな体に不釣り合いな大きな顎が目を見張る、触手を数多に生えた大型犬の容姿をしているメチャワルイヤーツが横槍を入れてきたのだ。


 意識外の攻撃、予期していない攻撃。

 丁寧に隙を晒した腹部に、触手の攻撃が突き刺さる。


 貫通はしない。だが、威力は相当である。もろに腹部にもらった攻撃は容易にアクアの攻撃をキャンセルし、吹き飛ばす。


 外壁に叩き付けられ、コンクリートの粉塵が辺りに舞う。アクアは内心で舌打ちをした。


 少し前、授業が終わった後すぐに接敵した相手である。

 実力は遥かに上。一人では勝てない相手だったがそれでも魔法少女として、逃げる事は選択せず、必死に立ち向かった相手である。戦闘の最中、急に興味が失ったかのか目の前から居なくなった相手である。

 今一番会いたくない相手が何故ここに・・・?


 アクアの疑問は他所に、頭から血が滴り、粉塵とで霞む視界の中で出会う筈のない二体のメチャワルイヤーツが会合する。幸か不幸か。アクアに対して向けられていた触手は幽霊なメチャワルイヤーツへと向いていた。

 ざまぁみろ、と心の中で呟くがこれは一切知識ない状況である。


 一度のアナザーワールドの中で、二体のメチャワルイヤーツが出現し、共食いを行なっている。


 学校では数学や国語を教えてくれるがメチャワルイヤーツの生態は教えて貰えない。

 無い知識で、だが直感だが、確実に状況は悪い方向へ流れていってるのは理解出来た。


 片腕を欠損し、縦に血を吹き出している幽霊を触手で雁字搦めにして丸呑みしている大型犬の絵。意味が分からなすぎて逆に笑えてくるってもんだ。


「はは・・・」


 乾いているが。






・・・・魔法少女 エモーショナルハイスクール・・・・





 下腹部と胸部に感じる強烈な痛みを我慢して建物から建物へと移るマジカルフレア。


 キラキラと輝くスターダストは、後光かのように美しく、御伽話の世界から抜け出してきたような幻想的な光景だが、実態はその逆である。炎の力を持つフレアが全力を出すとその体から高熱度の火花が出るのだ。

 その結果として踏み込んだ建物はフレアの足跡分溶けて凹んでいるし、フレアから出た火花は触れた建物を少しだけ溶かして鎮火している。


 魔法少女とは人ならざる力を持った人智の外の存在なのだ。


 理解してか、恐らく理解していないが、体に感じる痛みを忘れて全知全能とも思える力に酔いしれているフレアは半ば狂乱しながら駆けているが。


「た、しかっ! アクアが居たのってここら辺だよな!! ほっ!」


 記憶を頼りに見覚えのある通学路を探す。無我夢中で走った為、若干記憶があやふやなのだ。慈善活動でゴミ回収で地域を回る事はあるが、裏路地を巡って巡るようなクセの強い巡回はしないのだ。

 ヒラヒラの衣装に、パワフルな力をひしひしと感じながら言葉を溢す。流石魔法少女である。上空から見れば一目瞭然である。


 そんな魔法少女を全力で活用しているフレアに対し、ぬいぐるみドラゴンは呆れた声を漏らす。


「そうだけどさぁ。もっとこう『わ、私が魔法少女!? な、なにこの力ぁ〜!!??』みたいなのは無いのぉ? 順応し過ぎで逆に怖いよぉ」


 確かにそうである。


「順応って、摩訶不思議高校に通っている生徒は少なからず魔法少女の夢は見ているから驚きはあっても困惑はないよ。と言うか、この全身から溢れる火種ってどうにか引っ込めたり出来ないのか? アクアを助けに戻る前に消化活動しないといけなくなる気がするんだけど」


 時間の問題である。


「あぁ、マジカルパワーだねぇ。才能ある魔法少女はその身から溢れるマジカルが溢れるんだよぉ。引っ込めたりなんてそんな、持ってない魔法少女からしてみれば喉から手が出るほど欲しいものなんだよぉ?」


「俺は今いらないんだよ。カッコ良いけど、カッコ良さで人は救えないからな」


「そっか・・・。残念だけどフレアの言う通りにするよぉ。えっと、自分の体に集中すると全身を巡るパワーを感じるでしょ?」


 その場で目を瞑ってみる。

 ・・・確かに全身を巡る、感じた事ない流れを感じる。


「その流れを鎮めるイメージを持つんだよぉ。逆に発動させたい時は力の流れを意識すると戻るよぉ。まぁ、簡単には出来ないと思うけどねぇ」


 ぬいぐるみドラゴンとしては、魔法少女以外の生き死には特に重要視していないのだ。


 契約した魔法少女が輝き、功績を重ね、アナザーワールドの中で有名になる事を目的としているのだ。なので現状、目立つって目的ではフレアから溢れる火の粉は消して欲しくない所存である。

 魔法少女になりたてで、溢れるマジカルの持ち主。才能はあるが、それでも出来る事出来ない事があるのだ。


 直接「消すな」と言うより、試してみて諦めてもらう方が結果的に良いと判断したぬいぐるみドラゴンであったが・・・


「・・・あ、こんな感じね」


「出来るのぉ!?」


 意外に、ものの数秒でコツを掴んだフレアに糸で縫い付けられた目が飛び出そうになる。ぬいぐるみじゃなかったら危ないところだった。そんな驚きである。


「(・・・意外と良い拾い物だったかもねぇ)」


 そんな事を思いながら、数段目立たなくなったフレアは目的の人物を発見する。


 外壁に頭から突っ込んで動かないアクアと、お化け屋敷から抜け出してきたメチャワルイヤーツと触手大型犬。しかも食ってる。一体何事かって状態であるが、


「恩は恩で返さないとなぁ!! 魔法少女マジカルフレア降臨だ!!」


 そう言ってフレアは上空から自由落下し、捕食タイムの大型犬に目掛けて着地する。全身から溢れるマジカルを放ちながら。

 肉が焼ける匂いが辺りに充満し、触手大型犬が頭上のフレアを振り払う。


 頭部は焼け焦げ、口内が丸見えになった犬型のメチャワルイヤーツ。捕食していた幽霊型のメチャワルイヤーツは先に焼き焦げたのかポリゴンと化してフレアの腰に装着しているマジカルフォンに吸収された。


 ガルガルと警戒しているメチャワルイヤーツとフレアは対峙し、指をコキコキと鳴らす。

 格闘技は習っていないが、全身を巡るパワーが力の使い方を教えてくれる。犬っころなんてワンパンで倒せそうな全能感で満ち溢れていた。


 構え、少し待つが襲ってくる気配はない。考え、フレアは埋まっているアクアに声を掛ける。


「・・・死んでないよな?」


 そんなフレアの問いに、アクアは若干不機嫌そうな声色で


「こんなので死ぬ訳ないじゃない。・・・誰か分からないけど助かるわ」


「おう! フレアだぜ! あお、じゃねえやアクア!!」


「・・・?」


 怪訝そうな表情を見せながら、アクアはフレアの手を借りて立ち上がる。

 大慌てで訂正したフレアである。そもそもの常識として魔法少女は素性を隠すのだ。日常生活でバレバレだと色々と不都合が被るらしい。唯一素性が明らかになっているのは警察と共に行動している一人だけである。


 しかも同級生ってのも知られたら困るのだ。知られたら困るし、知ってもらいたくない。ヒーローは素顔を見せないもんだしね。


 ぽんぽんと衣装についた砂埃を落としながら、地面に落ちた刀を拾うアクア。切先をメチャワルイヤーツに向ける。


「トドメは刺されちゃったけど、アナタは討伐するわ」


「だぜ!」


 夢に見た魔法少女との共闘である。高揚感が一目で分かるほどに頬を赤く染めるフレア。ドキドキとワクワクが溢れ、マジカルが噴出してしまう。ちゃんと迷惑そうなアクアの表情を受けながら大慌てで鎮静する。難儀なものである。


 犬型のメチャワルイヤーツの鼓舞するような遠吠えで共闘戦は幕を開けた。




 後方腕組み彼氏ズラをするぬいぐるみドラゴンは戦闘音を聞きながら


「才能は凄いし、原石を拾って嬉しいんだけど言葉遣いはもっと女の子らしくあって欲しいなぁ」


 これじゃあ男の子みたいじゃん。と困り顔で呟く。その声色は、困っている表情とは逆に笑顔そのものであったが。


 ・・・事実に気付くのはそう遠くない。

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