魔法少女エモーショナルハイスクール

椎木結

第1話 誕生 マジカルフレア

 世界は魔法少女を中心に動いている。


 そんな事を言い出したのは何処の誰だったのか。情報社会である現代でも特定出来ていない程、切っ掛けも示し合わせもない唐突な言葉だったが言い得て妙である。

 何の切っ掛けも無く、唐突に現れ、人類を無差別に襲い始めた『視認』出来ない不可視の敵。メチャワルイヤーツと呼称している存在と、見てるはずなのに見えない謎のヒーロー。魔法少女の存在。

 唐突に現れた敵と味方の存在。


 だが、人とは慣れる生き物である。突如として現れた可愛く、賢く、可憐な衣装を身に纏った不思議パワーで世界を守る魔法少女の存在に慣れ、メチャワルイヤーツの被害が少なくなって来た頃、魔法少女とそれに連なる存在は瞬く間に日常の1ページへと変化していった。

 そして環境の変化に適応する様に1つの組織が設立されたのである。



 そんな魔法少女と共に生きる世界で、魔法少女をサポートする人間を養成する特殊機関『摩訶不思議高校』に通う高校一年生、ユウラギホムラ。探せば数いる魔法少女に憧れる人間の1人である。


 もはや魔法少女は女の子だけ、との固定概念は失われ、サポートする役割で様々な人種、年齢、性別が活躍している。未だに魔法少女に少女しかいないのは魔法少女所以であろう。仮面ライダーが仮面を被り、スーパー戦隊がスーパーなのと同じである。


 今日も今日とて、魔法補助科と呼ばれる魔法少女研究会を引っ張っている最重要期間についてのお勉強を終える。あからさまに一般人が教わって良い範疇を超えている内容である。


 タブレットを支給されているが、勉学に使う教材は閲覧に時間制限が掛かっているテキストファイルが用いられる。配られるSDカードに記入されている容量と画面下部に表示されているページ数から察するに果てしなく、膨大な量がある。恐らくデータをペーパーに印刷したなら人が殺せる程の厚みはあるだろう。何なら胸ポケットに仕込ませておけば銃弾すら防いでしまいそうだ。


 閲覧方法に規制が掛かっている上に物理的にも部外者に情報漏洩できない様になっている。聞いた話にはSDカードにGPSが入ってるらしい。流石、入学の際に辞書くらいの分厚さの誓約書を書かされただけの事はある。


 それだけ魔法少女に関する情報は重要であり、漏洩の危険をこれでもかと排除してでも後発の育成に尽力しなければ行けないものなのだろう。


 通常の授業プラス魔法少女学である。体がいくつあっても足らないだろう。両面宿儺や阿修羅、何なら八岐大蛇位脳みそを増やさないとやっていけない。


 流石に魔法少女学については理解出来る。その為に入学したんだし。だけど、それも含めて一般科目も進学校並みにやりましょう、は余りにも若者の脳みそを高く評価し過ぎている。


 若ければ覚え良いよね? は常識的な量と範囲があってこそのものなのだ。用法容量守らないとリアルに脳みそが爆発してしまいそうな勢いだ。


 そもそも言っては何だが福沢諭吉だとか伊能忠敬だとか伊達政宗とかもはや現代人にとってしてみれば本当の本当に過去の人間である。

 お金の人だとか歩いて地図を作っただとか独眼竜だとか知らん。ホムラにしてみればそれらは生まれた時からある日常であるし、今なのだ。昔を学ぶ理由が分からない、とかそんな幼稚な理由ではないが、そんな過去の人間を学んで一体何になるんだって話だ。


 現実に、進行形で魔法少女って言うスーパーヒーローがいるんだ。故人を学ぶより、今を学ぼうぜって話だ。

 例えば、最近一ヶ月ほど前から活動し始めた新米魔法少女『マジカルアクア』である。

 様々な研究家、情報通、魔法少女オタクが一致団結し、限りある情報を纏めて、断定された新しい魔法少女の存在だ。

 深海のような深い青色の長髪は後ろで一つに結び、長い睫毛は彼女の表情を明るく照らす。海月のような衣装は彼女の良さを引き出すものであり、ひらひらとフリフリのハイブリットさは現代技術でも追いつけないだろう。洋服業界が血の涙を浮かべるだろう。

 圧倒的な容姿と、それを支える衣装。


 だが問題はそれだけではない。実力も相当高いのだ。

 知らないだけで魔法少女になるための秘密の訓練場があるのか、台頭して一ヶ月なのに圧倒的なマジカルウエポンーーー刀ーーーを器用に振り回し、メチャワルイヤーツけちょんけちょんにしている。現代の塚原卜伝と言っても過言じゃないだろう。見た事ないので分からないが。


 強さと可愛さを兼ね揃えた存在は認知しているだけでも十一人もいるのだ。もはやアイドルグループとして売り出した方が良いだろう、と思ってしまうほど大所帯である。

 身近なスーパーヒーローである魔法少女だ。



『と』思われる。



 ここまでツラツラと情報を垂れ流したが、実際のところこれらは全て『予想』『妄想』の域を出ない。

 理由は単純明快。

『居ると断定できない』

 のだ。


 言ってしまえば今まで上げた情報は全て様々なSNS、たまたま写った写真の一部、監視カメラに映った映像。色々な媒体に映り込んでいるのだが断定出来ていない。

 居るかもしれないし居ないかもしれない。魔法少女っぽく見えるかもだし見えないかも。一般人にはほぼチュパカブラとか雪男とかと同系統で認識されている。



 理由は単純。

 魔法少女に対する情報が全て不確かなのが原因である。


 一部の人曰く、変な世界に迷い込んだら見えた! とかそんな事を言っているものも居るには居るがほぼ妄言である。


 UFOに真剣になったり、宇宙からの侵略に備えて国が独自に組織を編成したり。そんな感じである。


 言って仕舞えばユウラギもそんな妄言を口にする変な奴らと同じなのだが心持ちが根っこから違う。彼は本気で魔法少女を目指し、魔法少女に近付きたいのだ。その目的さえあれば彼は山や海、宇宙すらも超えて会いに行くだろう。そんな熱量が彼にはある。


「(女になりたいとか、可愛い服を着たいって理由じゃない)」


 ちゃちな理由ではない。まぁ、この学校にも探せばそんな人間は少なからず居るとは思うが。世界は広いのだ。人の性癖にとやかく言う考えは無い。皆違って皆良いんだ。


 表面上は真面目に次にやる一般科目の準備をする優等生を醸して。


 脳内は一生懸命取り繕う。

 女になりたいわけでも可愛い服を着たいわけでもないのだ。『魔法少女』になって可愛い服を着たいのだ。可愛い服を着た魔法少女であるなら彼女らの警戒心も解けるはず。姿を見せ、仲良く出来るかもしれない。


 そもそも可愛くて強いとかほぼ二郎系ラーメンみたいなもんである。何でもマシマシなら最強だって話だ。


 そんな夢があり、願望があり、欲望があるが故にユウラギホムラは倍率脅威の三千倍の超難関校『摩訶不思議高校』に入学したのだ。見えないだけで世の中には魔法少女好きが沢山いるんだね。

 合格発表の後の倍率を見て冷や汗をかいたのは今となっては良い思い出だ。


 魔法少女を学び、魔法少女の近くに立てる職業に就くために。欲を言うなら魔法少女になれる資格を得る為に。


 情報社会である現代日本であるのに一切の姿を出さない魔法少女。どのようにすれば魔法少女になれるのかも分からない。藁に縋る気持ちであるが、現実に魔法少女が存在しているのだ。じゃ無いと時々起こる不審死には説明が付かない。どうすれば良いかは分からないが、ゴールは見えているのだ。


 ユウラギホムラは優等生の外っ面を保ったまま心の中でほくそ笑む。夢までは遠いが夢は逃げないのだ。追いたいだけ追える分まだ救いがある。









・・・・魔法少女 エモーショナルハイスクール・・・・







 超難関校であり、魔法少女のサポート役を育成すると言っても本質は高校である。将来は一般企業に就職したり、実家を継いだりと魔法少女のサポートーーー魔法補助科に入る者もそう少なくはない。摩訶不思議高校は六年制なのも加味して、卒業する頃にはそこら辺の有名大学よりも学業や社会生活に精通してたりするので就職にはある程度有利に進むのだ。それも選択肢の一つである。


 だが、そうであっても高校生活である。

 学業があり、日常があり、放課後がある。


 そんな日常の一コマ。夕焼けが顔を出している教室の中。

 ユウラギホムラは別に日直って訳でもないが、当日欠席した日直に変わり、明日の準備を行なっていた。真面目って訳ではない。優等生でも無いが、魔法少女とは困っている人がいたら救うのだ。それに見境はない。


「いやぁ、すまんなユウラギ。今から会議があるから残りの作業任せていいか?」


「大丈夫ですよ、先生。会議頑張ってくださいね」


 そう言って笑顔で先生を見送る。


「お、おう」


 先生が吃りながら教室を後にする。頬が火照って見えるのは夕焼けのせいか、それとも。


 ユウラギホムラは美容にも気を遣う完璧魔法少女志願者である。その容姿は母親譲りの美人であり、父親譲りの大きく全てを見透かしていそうな瞳を有している。そこら辺の女性よりも可愛い自信が彼にはあった。

 先生を誘惑しても評価以上の利点はないので先生の引け目を適当に流して見送ったのだが。


 「さて、終わらせるか」


 日直の作業は板書の消去と黒板消しの清掃。チョークの補充とかそこら辺の雑用周りである。唯一の力仕事は生徒の机を定位置に戻す位であるが、そもそもが六年制の高校である。やんちゃな生徒はいるが、それでもある程度優秀であるのだ。粗相をする不利益は理解しているものが多い。

 多いってだけであるが。


「はぁ・・・またか」


 机の上には消しカスの山。恐らく授業中に書いてたであろう落書き。床には彼女の持ち物であるノートが散乱している。

 一年A組の中での粗相。ホダラアオイである。


 スレンダーであり、身長もそこそこにあるのだが青い髪を無造作に伸ばし、目元を隠したまま生活している彼女は高校生と言うより浮浪者と言い表した方が正解に近い。摩訶不思議高校に入学できている辺り、頭のレベルも特技も常人とは一線を画すレベルなのだが・・・


「自分のことは自分でやらないと元も子もないだろ」


 子供ではないのだ。

 そしてユウラギホムラは大人である。


 文句は程々に、彼女の机の落書きを消し、掃除し、ノート達を所定の位置に戻す。

 文句は垂れても良いが、人に聞かれたらダメなのだ。魔法少女は文句を言わないのだ。当たり前である。常識だ。


「マジカルアクアと同じ『青』なのにな」


 そんな事を呟きながら戸締りを確認し、教室を後にする。忘れ物は無く、窓に映るユウラギホムラは完璧である。ネクタイのズレも、制服のヨレも一切無い。

 教室の鍵を職員室に返却し、寮へと戻る。


 摩訶不思議高校は全寮制であるのだ。

 これも社会人としての育成の一環なのである。何事も早過ぎる事はないのだ。


 摩訶不思議高校に隣接され、渡り廊下で行き来出来る形で建てられている上級生向けの付随寮と、下級生と成績下位の生徒が住む場外寮。


 付随寮はどんなものか分からないが、場外寮でさえ歩いて十分弱の位置にある高層マンションである。立地はクソ程良い。

 食事も洗濯もある程度の量であれば自動でやってくれる高級マンションである。ディスポーザーなるものがあるらしいが使った事は無い。処理に困る生ゴミはほぼほぼ出ない為だ。

 まぁ、それでも付随する寮の方が待遇は良いらしのだが。どんなものなんだって話だ。


 努力すれば努力した分だけ返ってくる。資本主義の塊みたいなもんである。競争はより良い魔法少女を作り、サポートする為に必要なのでユウラギとしても不満は無く、むしろ手放しで褒めたいのだが


「付随寮にアオイが住んでるってのが気に入らないけどな」


 だらしない高校生活を送っている彼女が何故? とは摩訶不思議高校の七不思議の一つである。ユウラギ個人的なものであるが。

 人は見かけによらないのかなぁ、と何度目かの疑問符を抱きながら帰路を歩く。


 ふと違和感を感じた。


 夕日はいつの間にか輝きを失い、仄かに暖かい春の風も姿を消す。残ったのは薄暗い街灯の光で照らされた世界。ユウラギは記憶を辿る。様々な意見に押し潰された妄言の一つ、アナザーワールドと呼ばれる魔法少女とメチャワルイヤーツが視認出来る世界の情報がヒットした。


 緩みそうな頬を引き締め、声を張る。いつだって心は魔法少女を抱いているのだから。やるべき事は決まっている。


「この道をまっすぐ行けば摩訶不思議高校です!! まだ敵は見えていないので、冷静に落ち着いて避難をしてください!」


 親子と他校の生徒。そして小学生達である。


 日直の業務で遅れてしまった為、摩訶不思議高校の生徒はおらず、避難指示はユウラギ1人のみだ。


 逆に、日直で遅れたからこそ救える命があるのだと。当欠した彼を想いながら避難誘導を行う。


 性質がどんなものなのか、この世界から抜けるにはどうすれば良いのか、安全地帯はあるのか。そんな疑念が残るが、この場に留まるよりかは何倍もマシである。メチャワルイヤーツに備え、様々な施設が組み込まれているのが摩訶不思議高校である。有事に備え、迎撃や防衛の施設があったのを思い出した。

 一つでも希望を見出した方が良い。



 魔法少女とは遠い様で近い存在である。


 その関係か、定期的にメチャワルイヤーツ想定での避難訓練は他校でも行われるし、テレビで避難の際の特番なども組まれたりしている。若干のどよめきはあったが避難自体はスムーズに進む。

 一人、二人、と徐々にユウラギの視線の奥、摩訶不思議高校のある道へ進んでいく。彼ら彼女らの姿が見えなくなった頃、何か重い物が落下する音が聞こえた。驚き、振り返るとそこには制服をボロボロにし、地面に伏している記憶に新しい彼女の姿があった。


「アオイ・・・? アオイ、どうしたんだよその怪我!?」


 近付き、応急処置を行う。

 患部を縛ったり、どうたらこうたらしていると聞き覚えのない金切り音と全身に悪寒が襲ってくる。一言で言い表すなら恐怖だ。


 路地からゆっくりと出てきたのは、まるでお化け屋敷からそのまま出てきましたと言わんばかりの白装束にボサボサの黒長髪。足取りはフラフラで手首の血色は悪く、青白い。そして人間では無いと一目で分かる大きく歪な二対の蝶の羽根。


 異形の存在と視線が交差する。ユウラギの決意に揺らぎは無かった。


 いつだって焦がれていた魔法少女。ずっと調べていた魔法少女。いつかは成りたいと夢見た魔法少女。その宿敵である。

 もっとこう、日曜朝に流れる様な可愛いらしい敵だと想像していたが、あからさまな人類の敵である。人は容姿で判断してはいけない、はユウラギ魔法少女四ヵ条の一つにあるが、流石にメチャワルイヤーツには当て嵌らないだろう。


 逆にここまで殺意剥き出し過ぎてと笑ってしまうまである。


「ゆ、ユウラギ・・・逃げて」


 恐らくアオイも姿を見たのか途絶え途絶えな声でそう呟く。


 当たり前である。時代が時代、ユウラギがユウラギじゃ無かったら喜んで逃げていたであろう。そこまで相手は恐怖そのもので、気持ちが、気色が悪かった。


 距離にして十メートルはあるだろうか。例えば不審者や凶器を持っていた相手であれば十分な距離だが、今ではキャッチボールに程良い距離すら心許無く感じる。相当に距離があるはずなのに目の前にいるかのような悪寒を感じるのだ。手を伸ばせば届きそうな錯覚さえ覚えてしまう。


 相手は普通ではない。異常だ。


 だが、それ以上にユウラギホムラは異常だった。


 何の前触れもなく、一瞬で加速して近付いてくるメチャワルイヤーツに対し、ユウラギは反射的に手に持った通学用カバンを振りかぶって投げる。置き勉しないタイプの優等生であるユウラギの通学カバンの重量は優に五キロは軽く超えている。


 ボディメイクと課し、内心文句を垂れ流しながらもルールを守っていた事に今だけは感謝する。


 コントロールは抜群。重過ぎて思わず調べてしまった豆柴程の重さの通学カバンは相手の顔面にクリティカルヒットし、少しだけ歩みを止めさせる。


 その隙を見逃さず、ユウラギはアオイを抱き抱え、反転し駆ける。


「は、え、ちょ、ユウラギどうして・・・」


「ッ!! 魔法少女だったら、困っている人を見捨てないだろ!? つまりはそう言う事だ!」


 そう言って安心させるように笑顔を見せる。


 お姫様抱っこで担ぎ、反転して逃げている状況だ。その表情は笑顔であるが、何時もの作った笑顔では無く、必死な取り繕った心配させない様気を遣った笑顔である。


 普段のユウラギが見せない表情にアオイの続く言葉は出なかった。


 何故彼女がボロボロなのか。早くに教室を去ったのにここにいるのか。


 恐らく答えは摩訶不思議高校の生徒として、魔法少女を志す同志として、人助けに周っていたのだろう。

 普段はだらしなく、身だしなみに気を使ってない無頓着でも有事の際は人助けに尽力出来る魔法少女の卵だったのだ。


 明確に表す言葉は出てこないが、そんな彼女を見て嬉しく思う。そして魔法少女は仲間を見捨てないのだ!


 アオイはユウラギの笑顔を見て、呆気にとらえる。そして少し笑う。


「ありがと。ユウラギって優しいんだね。魔法少女より魔法少女らしいよ」


 そう言ってアオイはユウラギの手を振り払って自分の足で立つ。


「お、おい怪我してんだから無理すんなって・・・?」


 ユウラギはアオイの手に刀のキーホルダーがついているスマホが握られている事に気付く。アニメとかのグッツなのかな? もしかして魔法少女関連? と、心の中でドキドキ思うのと同時にアオイの言葉と表情が引っ掛かる。もしかして・・・いや、まさか・・・なわけ・・・。


 まるでマジカルアクアと同じ剣のアクセサリーを掲げ、アオイは振り返る。


「ユウラギが勇気を見せたのに、私が何も見せないって魔法少女失格だもんね。・・・逃げて!」


 笑顔を見せ、敵の方を向く。

 手には剣のアクセサリーが施されたスマホ。構え、口をひらく。


「マジカルフォン『変身』」


 挑発するかの如くニヤニヤと笑っていたメチャワルイヤーツは弾かれたように向かってきたのを変身の声と共に溢れ出した水によって押し返す。


 アオイの腕は体は足は、まるで海月をモチーフにした衣装が徐々に纏い、水泡を破るようにして、刀を構えたマジカルアクアが現れる。


「マジカルアクア、お前を斬る」


 口上を一つ、アクアは刀を振り被って敵に走り出した。それと同時、ユウラギは彼女を追うように走り出し…アクアの怒号で引き返した。そんな怒んなくて良いじゃん…。








・・・・魔法少女 エモーショナルハイスクール・・・・







「はぁ、はぁ、はぁ・・・マジかよ、マジかよ! アイツがマジカルアクアなのかよ!!」


 肩で息をするように、呼吸が間に合っていない中、冷めやらぬ興奮がユウラギを襲う。


 恋焦がれていた魔法少女がまさか、同じクラスにいるなんて。そしてあのアオイが魔法少女だなんて。どんな展開だ! 興奮冷めないぞ!


 凄いだけじゃ収まらない凄さがある。ヤバいだけじゃヤバさが言い表せないものがある。


 思わずニヤけてしまう自分の顔を手で押さえながらユウラギは冷静になろうと呼吸に意識を向ける。


 一つ、気になる点があるのだ。


 何故、マジカルアクアが変身を解いた状態でボロボロの姿であの場所にいたのか、だ。


 マジカルアクアと言えば今勢いに乗っている魔法少女筆頭である。一ヶ月前に現れた新参なのに、様々な敵を倒している事から相当な実力を持っていると話されていたのだ。そんな実力者がボロボロの姿であの場所に・・・? 他に敵が? いやそれは考えられない筈だ。

 各地で発生した不審死の死因はどれも一つ、又は類似した凶器によるものだった。つまり、アナザーワールドでは一体のメチャワルイヤーツしか存在しないと予想が出来る。


 だが、


「もしかして二体居たら・・・?」


 敵はもう一体いて、その敵から逃げてる途中に別の敵と遭遇したのでは。

 もしかして、まさか、かもしれない。そんな想定を繰り返し、一つの仮説で断定する。


「戻らないと」


 力になれるなれないじゃない。

 魔法少女を志願する一人の人間として、困っている人を見捨てる訳には行かないんだ。


 迷惑かも知れない、がそれ以上に目の前で戦っている魔法少女が居るのに何もしない自分が許せない。大丈夫、格闘技は習ってるし体も鍛えている。攻撃を一発受けた位じゃ死なない自信がある。


 そしてそんな有事に備え遺書は常に持ち歩いている。寝る前に見返すと少し恥ずかし気持ちになるシロモノだったが全ては今日の為であると納得させればそんな羞恥心も吹っ飛ぶってもんだ。


 折り畳んで休んでいた体を立ち上がらせ、彼女の元に戻ろうと歩き出すと、何処かしらか声が聞こえて来た。


「おぉおい。スルーしないでくれよぉ。おいらが一体何をしたって言うんだよぉ」


 後ろを見る。隣を見る。・・・頭上を見る。そこには赤い西洋風のドラゴンが居た。手のひらサイズのぬいぐるみで。ふわふわと飛翔し、不満げな表情でこちらを見ていた。


「なぁんでずっと声掛けてんのに無視すんだよぉ。ひどいじゃないかぁ。流石にドラゴンだって悲しくなるんだぜぇ」


「ご、ごめん?」


「うぉ!? なんだよぉ、聞こえてるなら聞こえてるって言ってくれよぉ! ずっと今まで独り言を呟くドラゴンだったじゃないかぁ!!」


「ずっとって言われても・・・今君の声が聞こえたんだけど」


 そんな萌え声を反転させたような声で言われても聞こえてなかったものは聞こえていないのだ。にしても今日は物凄い日である。メチャワルイヤーツは初めて見るし、魔法少女は生で見られるし、クラスメートだし、ぬいぐるみドラゴンと会話してるし。


 手を伸ばし、思わず触ってしまったが手触りも良い。ふわふわでさわさわしてる。天日干しを欠かしてないに違いない。

 手触りを堪能していると、ぬいぐるみドラゴンがしたり顔で呟いた。


「そうか。今聞こえたのかぁ。って事は今、この瞬間に君は魔法少女としての素質が生まれたんだよぉ。おめでとう、魔法少女に憧れる少女としてではなく、魔法少女として戦えるよぉ」


「今!? この瞬間!?」


 思わず叫んでしまう。周りに人がいないので幸いだった。

 何故今? と思ってしまうがそんな些細な事はどうでも良い。降って湧いたチャンスである。このチャンスを不意にする程ユウラギはバカではない。チャンスの前ではぬいぐるみドラゴンの気になる言葉も無視する。


「そう、色々と説明とか契約とかあるんだけどぉ・・・」


「なる!」


 迷いも戸惑いも無い。降って湧いたチャンスは二度と現れないかも知れない。決断力はホムラの利点の一つだった。

 ノータイムで返事をしたホムラに気の抜けた声を上げるぬいぐるみドラゴン。


「へ?」


「だからなる! なるぜ魔法少女に!!」


「・・・うへぇ。やる気あるのは十分だけどぉ、ありすぎるってのも困りもんだねぇ。まぁ良いけどねぇ」


 そう言ってぬいぐるみドラゴンはちぎりパンのような手で指パッチンをし、一枚の紙とペンを出現させる。


「取り敢えず契約書。そこに諸々書いてあるから読み終わったら一番下にサインしてねぇ」


「はい」


 署名した紙とペンを差し出す。それを苦笑いで見るぬいぐるみドラゴン。結果的に署名をもらえたらそれで良いのか、深く言わずに懐からマジカルアクアが持っていたようなスマホを渡される。アクアと違うのは全体的な色が赤なのと、付けられているアクセサリーが指抜きグローブって所だ。


 アクアと同じ感じであれば、魔法少女としての武器が指抜きグローブと言う事になるがこの際何でも良い。指抜きグローブカッコいいもんね。


「相変わらず早いねぇ。まぁでもこれで君も魔法少女だよ。はい、マジカルフォン」


「これが・・・へ、変身ってどうすれば」


「早速だねぇ。僕としてはアクアの活躍は応援したいところだけどねぇ。良いよぉ。自分の頭の中で魔法少女を思い浮かべて、」


「おう」


 強く、輝いて、誰もが憧れる魔法少女。

 強く頭の中で想像する。


「浮かべた状態で『変身』と言えばそれで大丈夫だよぉ」


 女になりたいわけでも、可愛い服を着たいわけでもない。ただ魔法少女になって可愛い服を着て戦いたいだけなのだ。そしてゆくゆくは魔法少女とお近付きになりたい。写真は撮らせて貰えるだろうか? 貰えなくても魔法少女に対しては無類の記憶力を誇るホムラ。脳内メモリの空き容量は無数にある。


 そんなユウラギホムラの願望と欲望を反映してマジカルフォンは輝きを増す。


「・・・『変身』!」


 一瞬で辺りを眩い炎が埋め尽くす。

 全身を覆った炎に驚きながらぬいぐるみドラゴンは大慌てて避難する。


「ちょ、ボクぬいぐるみだから! ぬいぐるみだから燃えちゃ・・・う? あれ、熱くない?」


 熱くない、むしろ暖かい炎に包まれながらユウラギは魔法少女になる。


 鈍い赤色だった髪は、灼熱の真っ赤へと染まる。ミディアムの長さの髪は熱によって外ハネへと変貌遂げた。大きく見透かす瞳も赤く染まる。全身を覆うは赤いベールで、必要最低限の箇所だけ布と鎧の混合で身に纏った姿はクールビズ女騎士と言い表して良いだろう。

 しななやか体は男の骨格を全て無くし、か弱く、だが強かさを持つものに変貌させた。


 赤いヒールを地面にカッと振り下ろし、身に纏った炎を消す。


 赤と白の指抜きグローブ。ヒトデの髪留め。動きやすいような要所だけの鎧。動けば、風が吹けば見えてしまいそうな衣装は魔法少女パワーで保護される。


「魔法少女マジカルフレア誕生だよぉ」


 ぬいぐるみドラゴンの言葉を背後にユウラギーーーフレアは走り出す。建物から建物へと。向かう先はアクアの元である。

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