第3話 あたたかい堤防
あれから年月を掛けて少しずつ根気強くマイナス思考は辞めさせた。そうして今は……昔に想いを馳せ、この美しい夕焼けを見つめていた。
「うわ、腰が痛いわ〜」
「あと少しです」
温かく茜色が差す堤防は相変わらずで。横を見つめると背丈が大人になった彼女の姿があった。
「家まで何メートルなの」
「10〜60メートルです」
「幅、ありすぎでしょ!」
よく見ると笑顔皺がある。こうした茶番も懐かしい……まるで学生の時のよう。
「少しは分かって下さいよ、思いやって濁したのに」
軽口も叩けるようになりユーモアスキルを身につけたことで、昔聞かれた好きな食べ物を話せる。あれ以来、彼女はそれを聞いてくることは無かったが心待ちにしている。
「ふふっごめん。意地悪しちゃったわ」
彼女の笑い皺が優しい。ふと目の前に広がる景色に意識を向ける……ずっと続けばいいのに、この温かい堤防の先には──
──必ず終わりが待っている。
「まあ、もう慣れましたけどね」
「マキナはツンデレだよね〜なんでこんなになっちゃったんだろう」
スーパーの袋を両手に持ち私を覗き込んでくる彼女に、物理的に堤防があと何メートルか、ではなく抽象的な答えが欲しいと考えてしまった。これが終わりに対する恐れだろうか。
「相方が貴方だからでしょう」
「私のせい!?」
「何年一緒だと思うんですか。これからもですからね──先に死んではいけませんよ」
「いや、無茶じゃん」
この軽口がいつまでも続いてほしい。そう考えながら堤防を歩く人影が随分様変わりしていることに気づく。仲良く歩いていた老夫婦は堤防で見ることはなくなって、他の記憶にある人も年を重ねていた。
茜色の景色と共に歩み、あっという間に家に辿り着く。
「本当に、大きくなられましたね」
立ち止まり声をかけた。夕暮れは人間にとって不思議な気持ちにさせるらしい。最初は言葉の意味が溢れていて私には理解出来なかった。それが今、その気持ちを分かった気がする。
彼女は歳を取り最期がある──分かっているのに感慨深い。
「貴方もね。これからも一緒におばあちゃんになってね」
振り返った彼女はそう言って微笑んだ。
私はそれが叶わないことを知っている……おばあちゃん姿のアンドロイドは居ないのは需要が無いからだ。けれどもし造られたら? そう願うことは出来る。願いだけは自由だから。
「──喜んで」
最期までこの姿でも良い。見守ろう、貴方が忘れてしまっても私は貴方のことをずっと覚えていよう。それまでに、人生のような堤防の先に相応しい抽象的な言葉を見つけよう。
「あっお母さんとマキナちゃん帰ってきた! おかえりー」
そう言って玄関から飛び出したのは彼女の子ども。顔立ちは父親に似ているが内面は彼女にとても似ている、私の自慢の家族。
私と彼女は笑い合うと、息ぴったりに答えた。
「「ただいまー」」と。
【完】
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