_エピローグ

第29話 残された者たち

『ねえ、僕だよ、気づいてよ、楽』

「――――」

 俺の声は出なかった。

 あっちの声は届いているのに、俺だけなにも言えなかった。

『ねえ、そこにいるんでしょ? 僕はここにいるよ』

 あっちは俺のことが見えていないのかもしれない……、俺は目の前にいる少年のことは見えるし、声も聞こえるが、自分の声が届かなかった。

『ねえってば!』

 そして、いつも通りに俺と少年はすれ違う。声が届かないということは、引き止めることができないということだ。少年の方も俺のことが見えないのだから、止まることもないだろう。

 ずっとだ。

 ここ最近ずっと、こんな風に届かない――。

 そして、どうしようもないから諦めて……俺は、目覚めるのだ。


 ―――

 ――

 ―


「また、あの夢か……」

 頭ががんがんする、ということはそうなのだろう。

 夢の内容はまったく覚えていないが、なにか、大事な夢だった気がするが……。

 まあ、いちいち調べることでもないだろう、面倒だし、今は動きたくない。

 春休みも終わり、明日から学校である。

 休みの日が、ものすごく遅く感じる……そうか、牧野がいないからか。

 部屋には、インスタント麺の山ができていた。脱ぎっぱなしの服が落ちていたり、ゴミ箱に入らなかったゴミが散乱していたりしている。

 いつもなら牧野が整えてくれるはずだが、そうか、もういないんだったな……。

 気づけば俺は、牧野を探してしまったり、頼りにしてしまう癖がある。

 もう、どこにもいない、というのに――いない人に頼ってどうするんだよ……。

「今日も寝るか……」

 牧野がいなくなってから、俺はずっとこんな生活だ。寝て起きて、寝て起きて――外になんて、コンビニにいくくらいでしか出ない。あ、と思い出し、俺はキッチンへ向かう。——そう言えば、今日は買い物にいかなくちゃいけないんだったな……食べ物が底をついた。

 別に、食べなくても生きていけるが、明日いくのは面倒だな……。

 俺は上着を羽織り、外に出ることにする。

 学生寮には誰もいなかった。誰も、は言い過ぎだが、引きこもり以外の野郎は外に遊びにいっているのだろう――それならそれで、誰かに会う心配もないし……好都合だ。

「おい、楽」

 と、忘れていた、冷さんはいるんだったな。

「……なんですか」

「買い物、いくならアイス買ってきてくれ、チョコミントな」

「……あれって、歯磨き粉じゃん」

「戦争がしたいなら乗ってやるけど?」

 いやいやいいです、と断っておく。

 そんな体力ねえよ。

 分かりました、と答えると、冷さんは「ん」と頷き、部屋へ戻っていく。

 玄関を出る寸前で、冷さんがまた話しかけてきた。

「そう言えばあんた、遊園地から戻ってきてから元気ないけど、どうかしたか?」

「いや、特に」

「そうか、じゃあいいや」

 軽く手を振り、俺は寮を出る。——牧野が死んだことを知るのは俺だけだ。

 牧野の姿が見えないことに、なんとなく勘付いているやつはいるが、『ゲーム』の影響か、忘れているのか、書き換えられているのか……、そこまで気にしている生徒はいない。

 まあ、明日、学校にいけばどうなっているのか分かることなのだが――。

 どう記憶がねじ曲がっているのか、分からないが――とにかくだ。

 稲荷牧野は、もうこの世にはいない――。


 俺はコンビニにいく途中にある公園に寄る。そして、ある木の前までいき、屈む。

「久しぶり、うどん」

 そこはうどんの墓だ。

 そしてその隣には、俺が作った牧野の墓がある。

 牧野もうどんも、ひとりぼっちじゃ寂しいと思ったのだ。

「それに、牧野も――」

 近くにあった花を摘み、牧野に添える。

 今度、ちゃんとしたものを持ってくるよ、と約束して……。

 だから、今はこれで勘弁してくれ……そう声をかけた。

「明日から学校だ。長かったような、短かったような――そんな休みが終わって、新年度が始まるよ――そっちはどうだ? 天国って、どんな良い場所なんだ?」

 返事はない。だけど、なんとなく答えてくれた気がした。

 だから牧野と話している気分になる――あの頃と同じように。

「それでさ、牧野が命懸けで守ったこの世界、少し過ごして、分かったよ――やっぱり、つまらないんだ。こんなことを言ったら怒られるかもしれないけどさ、牧野がいないと、なにも面白くない……。これが、俺の本音なんだよ」

 俺は墓を見つめ、やがて立ち上がる。

「じゃあ、いくな」と、別れを告げて。

 面白くない――つまらない。だけど、世界は回っていく。

 なにもしないでただ眠っていても、世界は変わらず動いていくのだ。

 牧野が救った世界。だけど俺は、楽しむことなんてできなかった。

 すると、目の前には、もうコンビニだ――あっという間に辿り着いていたらしい。

 ……考え事に熱中し過ぎだな。

 すると、入ろうとしたら、横から声をかけられた――雅と咲夜である。

「どうしたの? 元気がなさそうだけど」

「元気がないのですか!? どどど、どうしたらいいですか!?」

 ありがたいけど面倒なコンビに出会ってしまった……、しかし、テキトーに接するわけにもいかないので、なんとか、いつも通りの自分を取り戻し、切り抜けるしかないか。

「大丈夫だって、疲れてるだけだから」

「ふうん。……そう言えば最近、牧野を見てないけど……、帰省中?」

 ッッ。

 ……冷静に、顔には出すな。

 自然と、いつも通りの感じで――答えろ、俺。

「まあな。実家にいくとは言っていたけど……どうなんだろ」

 と曖昧に言っておく。別に嘘だとばれてもいい……、変に詮索されるくらいなら、なぜ嘘を吐いたのか、相手に想像させてしまう方が楽だ。

「ふうん。まあ、どうせ明日には会えるしね。また一緒に過ごせるのならいいか……」

 と、雅は俺の様子に違和感を抱いた様子はない……切り抜けたか、と思えば、咲夜の方は少し、なんとなく、感じていることがあるのだろう――。

「……どうした」

「いえ、なんでもないです!」

 咲夜は鋭いが、直接、意見を言うタイプではない。

 隠し事をしているとばれても、害は少ないだろう……そう思っていた。

 だから、咲夜が大きな声を出した時は、素直に驚いた。

 彼女が俺に詰め寄り、胸倉を掴み、引き寄せる――俺が少し、膝を折る体勢になる。

 咲夜は引く気がないようだ……額が触れ合うほど、近くにいるのに……っ!?

「楽くん、隠し事、していますよね? ほら、怒らないので言ってください」

 それに、押しが強かった。

 さらに、ぐぐっと引いてくる――もうそれ以上は近づけないって!

 咲夜は問い詰めてくる……その目は、俺を逃がさないと言いたげだった。


「牧野ちゃんは、どこにいるんですか?」

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