第27話 デート・パーク その2

「ジェットコースターに無理やり乗せたのは牧野だろ? だったら、今度は俺の番だ」

 牧野がぐっと堪えているのが分かった。それもそうだろう……いま俺は、牧野が苦手としているアトラクションに入ろうとしているのだから――。

「うう……、わ、分かったわよ、いくわよ!」

 泣きそうな牧野を見ていると、申し訳ない気分になってくるが、ここは心を鬼にする。

 ……だってそういう顔が見たかったのだから。

 あとはまあ、ちょっと下心あったりするし……いかないという選択肢はない。

 それに、牧野がこうも覚悟を決めたのだ、ここで「やっぱりやめた」は、その方が酷いのではないか……。

「よし、じゃあいくか、牧野」

「ええ……きなさい!」

 俺たちがいくんだけど……、まあいいか。細かいことだ。

 こうして、俺たちは日本で一番怖いと言われている、お化け屋敷へ足を踏み入れる。


 ―― ――


「ら、楽っ、だから早いってば!」

「あ、悪い……ちゃんと掴んでるから離れないよ、大丈夫だよ」

 俺たちは自然と手を繋いでいた。というのも、中に入った瞬間、余裕だと思っていた俺まで怖くなったからだ。ジェットコースターもそうだが、完全になめていた……。

 ナイフを持った男や巨大な蜘蛛に襲われた俺ならもう怖いものはないと思っていたが、そういう類の怖さではない……、やはり、プロが考えた、人間を怖がらせるアトラクションである。

 こっちが身構えても、それをいなすように製作者はタネを仕込んでいるわけで……。

 まだ、お化けらしいお化けは出てきていない。にもかかわらず、雰囲気だけで俺たちは恐怖を感じてしまっている……人の想像に頼っているが、だからこそ俺たちが考えれば考えるほど、沼にはまっていっているとも言える……、外側から衝撃を与えなくても、内側からじわじわと上がってくる恐怖は、なによりも怖く感じるのだから――。

「あの曲がり角、絶対なにかある……」

 正直、進みたくはないが、道順がそうなのだからいくしかない。

 いきなり――どんっ、と音がするのは勘弁してほしいが……。

 ゆっくりと、曲がり角まで向かい、覗くように先を見る……、思ったが、これって一番怖い見方なのでは?

 幸い、先は道だけだった。長く続く道だけで――。

「……ふう、なにもな、」

 と、牧野を見ると――床についてしまうほど長い髪を持つ、着物を着た小さな女の子が、牧野の後ろにいて……そして。

『置いて、いくの……?』

 反響するようにそう囁いた。

「――い」

 俺が声を出すよりも早く、牧野の絶叫が響き渡る。

「ひぃ、いぃやああああああああああああああああああああああああ!?!?」


 ―― ――


 途中退場の出口から外に出る俺たち……ほとんど牧野が俺の首根っこを掴んで引きずって出てきたようなものだったが……、

「ご、ごめんね、楽……っ」

「だ、大丈夫だ、気にすんな……」

 げほ、と首が絞まって死にかけたが、まあ慣れたものだった。

 殴られるよりはまだマシである。


 途中退場してしまったお化け屋敷……最後までいけなかったことに悔しい気持ちもあるが、牧野がギブアップしてくれて助かったという気持ちもあった。

 俺からは言えないからな……、雰囲気とタイミング、ビジュアルでめちゃくちゃ怖かった……。不意を突かれると声って出ないんだな――牧野は絶叫が出たようだけど。

 やっぱり、牧野にとっては苦行だったか。

「はぁ、怖かった……っ」

 お化け屋敷を出たとは言え、まだ怖いのか、牧野が自然と俺にくっついてくる。

 なに? と見てくるが、なんでも、と答えておく……可愛いなこいつ。

 あらためて、そう思った。

「ほら」

「え、うん……」

 手を握る。腕を組んで、さらに指を絡めて――これなら温かくて安心できるだろ?

 苦しいことも、忘れられるだろ?

 今だけは忘れよう……『二周目』のことなんて、綺麗さっぱりと。


 ―― ――


 時刻は夕方……、夕日を浴びながら、俺たちは園内を歩く。

 さすがに人も減ってきている……一応、夜までやっているが、夜までいる必要もない。

 イベントがあるわけでもないしな。

 なので、次のアトラクションを最後にしよう、と話し合う。

 最後なのだ、どのアトラクションにするか、悩みどころだった。

 だいたいのアトラクションにはもう乗っている。気に入ったものは二回、三回と乗っているし、充分と言えばそうなのだ。

 すると、牧野が「あ」と気づく。同時に俺も気づいた。遊園地と言えば、あれだ。すぐに出てきそうなほどの最大のランドマークではあるが、やはりジェットコースターなどと比べてしまうと機能的な華はない。だから視界に入っていても、乗ろうとは思わなかったのだろう。

 俺たちは見上げる。電車の窓からも見えていたし、まず目に入ったアトラクションだった。

 圧倒的な存在感、これぞ遊園地と言える、看板だ――。

 大きな観覧車。

 なにを言わなくとも、俺と牧野の意見は揃っている――「観覧車に乗ろう!」なんて、言う必要もなかった。いつの間にか俺たちは観覧車の前まで辿り着いていて、

「タイミングも良かったのかもな……並んでないし、すぐに乗れるだろ」

 夕日も見える。景色としても良いかもしれないな……牧野も「うんっ」と言ってくれたので、俺たちは観覧車に乗った。

 ゴンドラの中。

 俺と牧野は向き合って座る。……目の前に牧野がいる。いつものことなのに、なんだかこの空間にいることが、恥ずかしくなってきた。

 なので自然、景色を見る。だんだんと上がっていき、遊園地全体を見渡せる。

 おお、と声を出してしまうほど、期待していた以上の景色だった。

 綺麗だな……そう言おうと牧野を見ると、

「……? 牧野……?」

 牧野はぼーっとしていた。今日一日、疲れたのか? と思ったけど、そういう顔でもなかった。なにか、思い詰めているような――そんな表情である。

「どうしたんだよ、牧野」

「ん……? え、なんでもないよ?」

「なんでもないって、そんなわけないだろ……話してくれよ、言わなくちゃ分からな――」

 そこで俺は気づく。今の牧野は、前の俺と、同じじゃないか?

 あの堕落していた、牧野を遠ざけていた俺と、同じじゃないのか?

 俺は、なにも言えなかった。

「なんでもないのよ。だから大丈夫、気にしないで。今日は、すっごく楽しかったからっ! それは本当に、本当だからね!」

 見せてくれる笑顔……だけどその笑顔が、無理やり作ったものだということに気づいてしまう。……そうか、こんな気分だったのか。ずっと、牧野にこんな思いをさせていて……。

 今までの自分を殴りたくなってくる。でも、もう遅い、過ぎたことを言っても仕方ない。

 俺が言う資格なんてないと思う……けど、言わないわけにはいかなかった。

 このまま、見て見ぬ振りなんて、できるわけがない!!

「牧野、話してくれ、お願いだ。今まで、牧野に相談しなかった俺が言うのはおかしいかもしれない、ふざけるなって思うかもしれない……でも、俺は今の、思い詰めたような牧野を、見たくないんだ。だから、悩んでいるなら、言ってほしい――」

 頼む、とお願いすると、牧野は少し、俯き、そして目を瞑る――やがて、決心したように開いた。

「楽も、知っているでしょ?」

「……なにが、だ」

 嫌な予感がした。あの時と同じような、嫌な予感——。

 絶望や悪意が、足に絡みついて引っ張ってくる、あの感じである。

 言わないでほしい。その『答え』は、もう分かっている。だからこそ――牧野、頼む、言わないでくれ。でも、その願いは届かない。牧野の口が開き、音が届く――。


「私が生きていると、世界は滅ぶ――だから、?」

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