第24話 最後のトラップ
「――楽ッ!!」
飛んでくる剣、そして俺がなぜ、こんな大木の上に乗っているのかと言えば――
役目が一瞬で分かった。
「任せろ、牧野……この一発で、ぶっ刺してやるッ!!」
飛んでくる剣を受け止め、俺は大木から跳んだ――着地点は蜘蛛の頭である。
剣の切っ先を真下に向け、落下の勢いをつけて――蜘蛛の眉間に、俺は勇者の剣を、思い切り突き刺した。ぐぐ、と刃が沈み込む感覚……、そして奥にある硬いなにかが、ぱきゃ、と砕けたような音が響き――
次の瞬間、蜘蛛の頭が左右に割れた。
それが始まりだった。割れたのは頭だけでなく、そのまま体、足へ……。次々と割れていき、最後はその体が、霧となって消えていく……。
尻もちをついた俺があらためて前を見ると、そこにはもうなにもない。蜘蛛もいなくなり、そして俺が握っていた勇者の剣も、黄金に輝いた後、粒子となって手元から散っていった――やがて、牧野に絡みついていた糸も消えていく。全てがいつも通りに戻っていた。
倒れていた大木も、いつの間にか倒れる前に戻っていて……、引っこ抜かれたこと自体が、なかったことになっていたようだった。
「終わった、のか……?」
すると、俺の手がぎゅっと握られた。
そして、ぐっと引っ張られる。
「おい、牧野——」
「きっとクリアしてる、最後に部屋のカウントを見て、それで止まっていれば、大丈夫なはずだから――だからっ、いこう、楽!」
牧野に引っ張られ、俺たちは男子寮へ向かう。牧野の嬉しそうな顔を見ていれば、もうクリアしたんだな、と思う……でも、違和感があった。
これで本当にクリアなのか?
もう終わったのか? 世界を救うことが、できたのか?
敵を倒したのだから、クリアをしているはず、だけど……、俺はなぜ、こうもモヤモヤとしている……? そんな違和感を抱えながら、俺は牧野についていった。
部屋につき、確認すると――今までずっとテレビに映っていた世界滅亡のカウントダウンは、確かに消えていた。テレビは真っ黒なまま、なにも映っていない……。ということはやはり、クリアをしていた、ということなのだろうか……。
「楽っ、見てっ、やっぱりクリアだよ! もうあんな思いをしなくていいんだよ、ねっ、楽っ!」
そんな笑顔で言われたら、「なんかおかしくないか?」とは言えなかった。牧野はもう、『二周目』をクリアした気でいるのだろう……それを否定したくなかった。
ただの俺の勘違いかもしれないのだ。本当に『二周目』が終わっている可能性もある。考え過ぎなのかもしれない……そう自分を落ち着かせた。
「そうだな……終わったんだ――もう、無理をしなくて、いいんだよな……」
呟き、俺は牧野を抱きしめた。今、全てを思い出す――あのゴールデンウィークから始まった、地獄のような生活を。苦しかった、痛みもあった、でも、終わったのだ。
これからは、牧野とずっと一緒に、幸せな毎日を送ることができる……。
普通の、学生としての生活を――。
「ねえ、楽……こっち、向いて……」
「ん?」
牧野の言う通りに振り向くと、瞬間、自分の唇が塞がれた。
牧野の唇が、俺の唇に押し付けられていて――すると、心が落ち着いた。
数秒後、牧野が顔を真っ赤にし、背を向ける。
そして背を向けたまま、玄関へ向かっていった。
「じゃ、じゃあ買い物にいってくるねっ。今日はハンバーグ、作ってあげるからっ」
「……おう、楽しみにしてる」
牧野は最後に振り向き、にっ、と笑って出ていった。
俺はまだ残っていた牧野の甘い香りを感じて、少し微笑む。
「ふう……これでやっと終わ――」
『え、終わってないけど?』
……ッッ!?
慌てて、声がする方向を向く。そこには、真っ黒な長いコート、そして黒い帽子を被っていて、顔は目と鼻と口を外に出し、それ以外を白い包帯で巻いている男が立っていた。
やっぱり、終わってなんかいなかった――『二周目』は、まだ続いている……っ!?
「どういうことだよ……、あの蜘蛛が、ラスボスなんだろ!? あいつを倒したんだから、もう終わりだろうがッ!!」
しかし、意外にも男は、『ああ、そうだよ』と言った。……え? じゃあ終わりじゃないか。
話が見えないな……終わったはずなのに、どうしてまだ続いている!?
『ラスボスを倒したんだ、ストーリー的にはもう終わりだね。でも、まだやることがあるだろう? 世界滅亡を止めるには、スイッチを破壊しなくちゃならない。だからまだ、終わっていないんだよ――』
「なら、どうやってスイッチを破壊すればいい……それはどこにあるんだよ!?」
『「はじまり」、だよ。あの時から決まっていたんだ、誰がスイッチなのか、とはね』
ちょっと待て……今こいつは、どれが、ではなかった――誰が、と言ったか?
「……スイッチは、ものではなく、人……?」
その時、俺の中で、嫌な予感がした。違う、と、そう言い聞かせ、目を逸らす。
『そうだ、ヒントは「はじまり」――これはあの時にも言ったから、伝わるだろう?』
はじまり。
つまり、あの剣に関係していることだった――しかも、最初から決まっていた、って……、もうその時には、スイッチが決まっていた、ということなのか――?
……俺は、気づいてしまった。でも、認めたくなくて、現実から目を逸らす。
しかし、目の前の男は、逸らしたかった答えを、突きつけてくる。
逃げられないように――目の前へ。
『勇者の剣に、スイッチが備わっていた。しかしそれは、一番最初に手にした者へ移動する。つまり、一番最初にこの剣に触れた者が、世界滅亡を解除する、スイッチになる――もう分かっているのだろう? 理解しているのだろう? そう、スイッチを持つ人物は――』
や、めろ――やめろッッ!!
聞きたくない、そんなものは、違う、認めない――認めたくない!!
絶対に、違うッッ!!
『逃げても無駄だ、これはもう決定したことだ。普通はお前が、勇者の剣を取り、お前の中にスイッチが移動する予定だった――はずだったのだ。しかし実際に取りに向かったのは、お前ではなく、別の人物だった――』
「言うな……やめろ、やめて、くれ……っっ」
『はっきり言うぞ」
男の声が大きくなった。そして、告げられる――
絶望に染まった現実を、それを俺がおこなうという、最悪の選択を――。
『稲荷牧野を殺せ――、それが世界滅亡を止める、唯一の方法だ』
俺は、理解できなかった。
――できない、フリをした。
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