第22話 天国と地獄
割れたと同時、俺は牧野の部屋へ入る。
何度もきているので、大体どこに何があるのか、というのは分かる……だけど、剣だけはどこにもない――、見つけられなかった。
小さくはないのだから、そう簡単に隠せるものではないはずだが……。
「っ、どこにあるんだよっっ!?」
引き出しを片っ端から開けていく。中はタオルや服やパンツや――
「あ……」
牧野が毎日、着ているであろう布製品が床にばら撒かれた。
これは……今の状況を見られたらマズイ……っ。
牧野も、これはマジギレするんじゃないだろうか。
蜘蛛以外にも恐怖を覚えながらも、目的を忘れるなと言い聞かせる。
俺にはいま、二つの脅威が迫っているのだ。
牧野や女子寮の女子たちに変態という烙印を押され、心身共にぼこぼこにされるというものと、巨大な蜘蛛の餌食にされるのと――、さてどちらがマシかという話だ。
「……悪いな、牧野」
俺は下着類がある引き出しを引っ張り、中を見る。
布をどけていって、掘り進めていると……指が硬い何かに当たった。
なんだ、この隠し方……まるで、俺から避けているみたいに……。
「あ――」
下着に埋まって、それはあった。
掴みやすい持ち手の部分を握り、引っこ抜く。
やはりそれは、勇者の剣——、遂に、見つけた。
「ほんと、なんでこんなところに……」
気になったが、そこを探っている時間はない。
すぐにでもここから逃げ、蜘蛛のところへいかないと――。
しかし、そう簡単に脱出できるわけがなかった。
神様がいるなら、なんて残酷なんだと言いたくなる……ッ。
女子たちが近づいてきている……扉の外から、窓の外から――
もうすぐ、この部屋へ辿り着く。
「どこか、隠れる場所……っ!」
俺は咄嗟に――
―― ――
がやがやと騒がしい声が聞こえる。
女子寮にいるほとんどの生徒が牧野の部屋に集まってきたのだろう……、割られた窓も見られているし、散らばった下着類も見られている……当然、見て見ぬ振りなんてしてくれるはずもない。俺は視界が真っ暗であり、彼女たちの声だけが聞こえている状況だった。
……まずい。パニックになって帰ってくれることも期待したが、興味心で部屋を探されたら一発でばれる……っ。頼むから、ここには犯人なんていないんだから、別のところを捜索してくれよ……っ! だが、そんな俺の思いは伝わらない、当たり前だが。
彼女たちも身の危険を感じているのだ、引けないのだろう。気持ちは分かるし、俺だってまずはこの部屋を隅々まで探すだろうし……、だからこそ、まずいのだ。
「ねえ、人の気配、しない……?」
ぎく!?
「でも、隠れられる場所なんて……」
「たとえば床に散らばってるタオルとか下着の下に伏せている、とか……これだけ大量に衣服があれば、隠れることもできるでしょ?」
ぎくぎくぎくぅ!?
「みんな手伝って! 多いけど、みんなでやればすぐに終わるから!」
やべえっっ!? ここにいたら、下着をめくられたらマジで終わる!
いつもなら面倒くさがるやつも一緒に作業をしているし……こういう時だけ結束するな!
やがて、衣服が取り除かれていく。このままだと、俺に到達するのも時間の問題……ッ。
散らばっている衣服が多いとは言え、女子の人数も多い。一人一人の働く量が少なくても、進むペースは早いのだ。もう、諦めるしかないのか……?
変態の烙印を押され、ぼこぼこにされるくらいなら――、本当は嫌だが、この際、どうでもいい……、それよりも心配なのは、蜘蛛がどこまで近づいているか、だ。もしもここまできてしまっているのであれば、この子たちにも危険が及ぶ。それは避けなけなければならないことだ。
俺は、今すぐにでも出ていくべき――。
目的の剣は手に入ったのだ、あとは出ていけばいい……だが――。
無理だな。敵と認定した時の女子の結束力、その攻撃力はかなり高い。正直に言って、目の前で向き合いたくないほど……、謝ったところで絶対に許してくれないし……許すべきではないということは百も承知なのだが……。
部屋を駆け抜けて女子寮を出ても、この子たちが追いかけてきたら意味がない。
蜘蛛という危険に誘導するわけにもいかないのだから……。
どうする、どうする!?
鼓動が早くなっていく。段々と、俺にかかっている衣服に、彼女たちの手が近づいてきている。あと少しでめくられる……その恐怖が俺を縛った。
動けない――このまま、見つからないでくれ――!
誰でもいい、誰でもいいから……この状況をっ、打ち破ってくれ!
その時、新しい足音が聞こえた。
俺はその足音に、聞き覚えがあった。そして、それが誰かであるかに気づく。
きてくれて嬉しかった、でも、一番巻き込みたくない、人物だ……。
「ちょっとみんな!? 私の部屋でなにしてるの!?」
牧野の声が部屋に響き、女子たちが作業をやめて牧野に注目する。
女子の中でもみんなをまとめることを得意としているリーダー的な子が、牧野に説明した。
牧野はそれを「ふむふむ」と聞いて、そして言った。
「じゃあ、ここから先は私に任せて、みんなはもう帰ってよ」
牧野はみんなのことを想って言ったのだ、これ以上、巻き込みたくないから――牧野は絶対に、そんなことをまず言うやつなんだから。
だけどそれでは納得しないのが女子たちだった。仲間意識が強いのだ……みんな、優しい。
今の俺にとってはしつこい敵でしかないが、牧野からすれば頼りになる仲間だ。
『牧野が危ない目に遭っているなら、助けるよっ!』
全員が声を揃えて。
ここまで言わせるのは、牧野の人格があるからこそだろう。
すごい、と思う。さすがは俺の彼女だ……。
「ありがと。気持ちは嬉しい……でもね、その――言いにくいんだけど、見られたくないものもあるし……一応、プライベートなところだから……。それにみんなの部屋もなにかされてるかもしれないから、一旦、確認した方がいいと思う……」
牧野の言葉に共感した者も多かったようで、さすがにそれを聞いてずけずけと踏み込む生徒はいなかったようだ。
「そ、うよね……じゃあ、困ったことがあれば言って。みんな、牧野のファンなんだから」
「うん、ありがとね」
すると、さっきまであった人の気配が一気に消えた。
この部屋が、ふっと軽くなった気がして……それほど大勢いた、ということだ。
女子生徒が全員、自分の部屋へ戻っていく。廊下ではまだざわざわと話し声が聞こえている……「犯人を捜せ!」とか、「見つけたらぶっ殺してやるっ!」とか――不安になるような言葉が何度も何度も。
絶対に、ばれるわけにはいかねえ……ッ。
だが一応、これで一難去ったわけで、俺は安堵の息を吐く。
しかし、もちろん、終わったわけじゃない。
蜘蛛の前に、もう一人、説明するべき相手がいる――出てきてしまったのだから。
「さて、説明してもらいましょうか、楽ぅ?」
俺を隠していた下着の山の一部を剥ぎ取られ、暗かった俺の視界が晴れる。
その先には、笑顔だけど確実に怒っている牧野の顔があり――、ゾッとした。
……一難去ってまた一難。
ほっとする間もなく、俺は次の課題へ着手する。
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