第20話 最終・part2/怪物事変
「やっと見えるようになった……見えれば俺でも対抗できるんだよッ!!」
真っ赤な男に向かって駆ける。
相手も反応し、身構えた。まずは手に持つそのナイフを叩き落とす!
あの頃とは違う。びびって、なにもできなかったあの時と一緒にされては困るのだ。
この一年、色々なことがあった。それなりに俺だって成長しているところを見せてやる。
男がナイフを振り上げた。それが俺に向かい、振り下ろされる。その一撃を俺は受け止める――ナイフ、ではない。姿がはっきりと見えるようになった相手のその手首を、だ。
がしっと掴み、捻り上げる。
男は苦しむ様子こそないが、ナイフが、からんと地面に落ちる。
それをすぐに蹴り、遠くへ滑らせる。
「おらぁ!」
掴んだ手首を引き寄せ、右拳を握り、男の顔面をぶん殴る。
効いているのか、いないのか。それは分からないが、確かゲームでは一撃で終わりだった気もする……、そうだ、そうなのだ。このステージは見えない敵を見つけることが目的なのだから。
しかし、男は消えない――、スマホにも、ステージクリアの連絡がない。
まだ、終わっていないのだ。
男がゆっくりと起き上がってくる。さっきまで見えなかった――しかし真っ赤に染まった体のその本体が、段々と見えてくる。
黒いコートが見え、帽子も、相手の顔も、見えてくる。
その表情は笑みだった。
「なにが、おかしい……っ」
『いや……』
男が言葉を発した。いや、話せない、というわけではなかったとは思うけど――、ステージ0ではまともな言葉を発してはいなかったから……思ってしまうのも無理はない。
男の方も、同じく成長したということなのだろうか。だって前回は『ああ』とか、『がああ』なんて、言葉にならない鳴き声しか発声していなかったし。
すると、男が笑いながら話しかけてくる。
『ここまでで、一周目であればクリアだ。それはお前も、知っていると思ったんだが……ああ、なるほど、多少、記憶をいじっているわけか――まあ、いい』
俺にとって、まあいい、で済ませられるような話ではないが――それでもまあ、今はいい。
『一周目ではなかった、二周目特有のステージがある』
「……なんだよ、第二形態とでも言うのかよ」
『似たようなものだ。オレ、ではないが』
男が俺の背後を指差す。
振り向くと、一軒家と変わらない大きさの、巨大な蜘蛛がそこにいた。
「は――?」
言葉が続かない。衝撃が、大き過ぎたのだ。……でかい。
それで驚くし、それに、不気味過ぎたのだ。
こんなの、向き合いたくない……っ。
巨大な蜘蛛の息遣い。
そして、その産毛に覆われた足が、わさわさと動いている。
それだけで、鳥肌が立った。
今まで、このゲームを経験してきて、ここまでの恐怖はなかった。
こんなの――こんなのと、戦わなくちゃいけないのかよ……ッ!
『それが最終だ。まあ、頑張れ。ヒントをくれてやるとすれば――「はじまり」だ。それが鍵になる』
意味深な言葉を残し、男が消えていく。
透明になったわけじゃない。本当に、この世界から消えたのだ――。
「ちょっ、おい待てっ、待ってくれ!!」
しかし、そこにはもう、男はいない。
この場には、巨大な蜘蛛と、俺しかいない。
かささっ、と蜘蛛が動き出す。
そして、次の瞬間――、俺の元へ、高速で迫ってきた。
「う、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?!?」
こうして、最終ステージが幕を開ける。
―― ――
「はぁ、はぁっ、はぁっ!!」
曲がり角を曲がり、細い道を使いながら走る。
あの巨大な蜘蛛から逃げるには、手はこれしかない――。
しかし、あの蜘蛛はこちらの作戦を笑うように、正確に追ってきている。
逃げ切ったと思っても、いつの間にか俺を追い越し、前にいるのだ。
それもそのはずだろう、上を見れば、蜘蛛の巣が空中に張ってあるのだ。青空の下の天井である……、蜘蛛はそこを移動し、俺を真上から監視していたのだ――逃げられるはずもない。
「くそっ、逃げるのは、無理か……っ!」
なら、戦うしかない。
でも、さっき男が言っていた、『はじまり』とは、なんなのか……。
それが分からなければ、攻撃をするのはやめた方がいいかもしれない……。
そこで俺は違和感に気づく。これだけ暴れて、あんな巨大な蜘蛛がいて、なのに誰も騒いだりしないなんて――。異世界に移動したわけじゃない、はず……、野次馬でこそないが、人はいるのだ。サラリーマン、屋台のおじさん、駅前には大勢の人たちがいる。
なのに、誰もあの蜘蛛が見えていないように、普通だったのだ。
もしかして……本当に? 見えていないのか?
認識しているのは、俺だけなのか……?
考えていると、真上から落ちてきた蜘蛛に気づけず、避けるのが半歩遅れた。
着地音が俺の鼓膜を叩き、風圧で数十メートルも飛ばされる。
「あがぁ!?」
壁に叩きつけられ、肺に溜まった酸素が一気に外へ出た。呼吸が一瞬、できなくなり、息が詰まる……。倒れる俺に気づいた人は、不審に思っていたが、駆け寄ってくることはない。全員、俺のことが気にならない認識阻害でもかけられているのかもしれない。
つまり、助けは望めない。
まあ、俺としても、やりやすいと言えばそうだが……。
民間人を巻き込むことはできない。
蜘蛛が、俺を睨む。
相手の目が、俺を獲物として認識している……。
一周目を思い出せ。いや、ダメだ、ここは一周目にないステージだ。
攻略法が一周目に隠されてあったのだとしても、思い出している暇がない。
ここは、俺が新しく切り拓いていくしかないのだ――。
すると、蜘蛛が口からなにかを吐き出した。それは糸だ。
粘液……、くっついたらもう絶対に離れないような糸が――俺の腕に絡みついている。
「っ、しま――」
遅かった。
蜘蛛が吐き出した糸を思い切り引っ張っている。
俺の体が宙に浮き、蜘蛛の方へ飛んでいく。
そのまま、地面へ叩きつけられ――、ごぎん!? という音が鮮明に聞こえる。
……体が動かない。力が、入らないのだ……、そして、やってくる。
熱い。痛みが、内側から、どんどんと強くなり――っ。
「っ、あがああああああああああああッッ!?!?」
恐らく、左腕が折れている。叩きつけられた時、左腕を真下に置いていたのだ、一番、衝撃を受けたとすれば、そこだ。その証拠に、左腕はぴくりとも動かない。
「ぐっ……」
声を発しながら、俺は歯を食いしばり、痛みに堪える。
しかし、痛みは心臓の鼓動と共に、さらに激しさを増していく。
俺がもがいている間にも、蜘蛛が糸を手繰り寄せ、俺をずるずると引きずっている。
――やばい。この状況は、本当にヤバイ!
足で踏ん張るが、巨大な蜘蛛の力に勝てるわけもなく、力負けする。
左腕の痛みもあり、全身の歯車が狂ったように、力が上手く伝わらない。
どうにもできない状況だった……、このまま、俺は死ぬのか?
ゲーム・オーバーか? だとしたら、一体、どうなるのだ?
俺が死んでしまえば、その時点で世界滅亡でもするのだろうか。
それとも新しい勇者でも探し出され、役目が引き継がれるのだろうか。
そんなことを考える。
今の状況では、死ぬことに抵抗がなかった――けど。
「……牧野」
そうだ、俺には、あいつがいる。
もし、俺がこのまま死んだら……あいつは悲しむのかな――悲しむだろう、きっと。
悲しんでくれるはず。
逆の立場だったら絶対に嫌なのに、そんな想いを恋人にさせるのか?
そんなこと――許せるのか? 自分がッ!!
だから――このまま死んで、たまるかぁ!!
俺が守るべきは世界だけじゃない。牧野だっているのだ。どちらも、簡単に諦めていいものじゃない……自分が死んで、じゃあ別の誰かに引き継がせていいものじゃないっ!!
俺が勇者なのだ! 俺が選ばれたのだから――俺が……、あ。
「勇者——、勇者の剣……」
そうだ、アイテムがあったはず……。
一周目では、ラスボスを相手に使わなかった専用アイテム……
それはラスボスと言いながらもあっさりと倒せてしまったからだった。
よくある倒し方だ。専用のアイテムで弱点を突き、倒す方法。
それが唯一にして絶対の攻略法……。
――勇者の、剣。
俺は、それを持っている。ステージ0で、桜の木の下にあった、あの剣だ。
あまり使う機会がなかった――だからあってもなくても変わらないんじゃないかと思っていたあの剣……、つまり、ここか。
男が言っていた『はじまり』を示した鍵。
それが、がちゃりとはずれた音がした。気がした。
つまりだ。
あの剣が、この蜘蛛の弱点だ!
剣は確か、牧野が持っていたはず……、牧野を巻き込むわけにはいかない――今まで助けてもらったこともあったが、今回だけは、巻き込みたくないのだ。
だから、牧野に見つからずに、剣を入手する。
そのためには、牧野の部屋へいくしかない。
目的が決まった。
あとはそこへ向かって、突き進むだけだ。
となれば、まずはこの糸をどうにかしないとな。
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