第19話 最終・レッドマン
近くに牧野はいなかった。
校内を探してみる前に、まず思いつく場所へ向かってみる。
中庭。大きな木に隠れるように置いてあるベンチに向かうと――いた。
俺は声をかけずに隣に座る。
「……あ、楽」
「美味かったって。今回は咲夜に譲ったんだよ……最後だしな。牧野の手料理の方が美味いに決まってるだろ」
「分かってるの。少し、動揺しちゃっただけ」
牧野は言って、俯いた。分かっていてもショックなものはショックなのか……。
俺は落ち込む牧野の手をぎゅっと握る。彼女はびっくりし、手を離そうと力を入れたけど、すぐにその力は握り返す方へ回った。
「温かい」
「まあ、寒い日だしな」
「そうだけど、違うわよ」
むすっとした声色に、俺は牧野を見る。
そこには、落ち込んでいたのが嘘のように、笑顔の牧野がいて……。
う、不意にその笑顔を見てしまって、急に照れ臭くなったな……俺は顔を逸らす。
隣から、ふふふ、という笑い声が聞こえてきて――バカにされてるなあ、これ。
悪い意味じゃないんだろうけどな。
「ずっと、一緒にいられたらいいね」
「ずっと一緒にいるんだよ。そのためにはさ――」
その後の内容を口にすることを、躊躇った。去年のゴールデンウィークから、ずっと頑張ってきたこと……、でも、今のこの幸せな時間を壊してまで、言うことではなかった。
でも、そこから先のセリフは、牧野から発せられた。
「『二周目』はまだ終わってない。でも、もう少しなんでしょ? だったら、あとちょっと、二人で頑張ろう。この時間を、あんなくだらないゲームで終わらせたくないんだから」
「……ああ、そうだな」
そこで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。まだ予冷ではあるが、そろそろ動き出しておかないと教室に間に合わなくなる。俺と牧野は立ち上がり、手を繋いだまま教室へ――。
「そうだ、今日はどっかにいこうか。デートしようよ、デートっ」
「いいけど、俺も買わなきゃいけないものがあるんだよな……」
「なら一緒にいけばいいじゃない。だらだら二人で歩くのも楽しいもんだよ」
「そうだな」と答えて、俺たちは進む。
その時、日常と非日常の境目を、俺たちは自覚なく、越えたのかもしれない。
―― ――
新年一発目の学校なのだが、通常通りに授業があった。普通、軽くホームルームをするだけじゃないのか? と思うが、これがうちの学校の方針ならやるしかない。まあ去年、事件もあって授業数が少ないから、その補填のためなのだろうけど……、去年は急な休みに喜んだものだけど、こうして後々、しわ寄せがくるなら、どっちもどっちか。
授業を終え、帰りのホームルーム……、この後は牧野とデートである。
俺は牧野の席へ近づき、
「いこうぜ」
「うんっ!」と元気に立ち上がった牧野のスマホが、ぶぶぶ、と震える。
着信だったようで、牧野がスマホを耳に当てた。
どんな内容かは知らないが、牧野が「はぁ!?」とか「ダメだから!」と言っているので、良い雰囲気ではないのだろう。通話が終わり、しかし牧野の機嫌は良くない。俺のせいではないとは思うけど、なんだかこっちの背筋がぴんと伸びる。
牧野が「はぁ」と溜息を吐き、俺の元へ近づいてきて、
「ごめんね楽、ちょっと情さんに呼ばれて、いかなくちゃいけないところができちゃって……、ほんとにごめんっ!」
「まあ、仕方ないだろ、いいけどさ……」
とは言ったものの、全然良くないけどな。
結構、楽しみにしていたのに……、まあ、言っても仕方ないか。
情さんの用事であれば、無視するわけにもいかない。
「いいよ、また今度いこうぜ」
「ごめんね、早く終わったら電話するから――じゃあ今日は、部屋でごはん、作ってあげる」
「それ、いつもと変わらないじゃん……」
走っていく牧野の背中を、手を振って見送る。
どんな用事なのか? 気になるが、聞くのをなんだか、躊躇ってしまった。
いちいちどこいくの、なにするの、と聞くのは、男としては情けないって気がしたからだ……いやまあ完全な偏見なんだけどね。
気にしないでおくか。
俺はカバンを持ち、教室を出る。いつものメンバーには声をかけられなかった。
今日は牧野とデートであることを伝えているからだ……、空気が読める仲間で助かった。
でも、今日は別に話しかけてきてもいいんだぞ? と言うのは、身勝手か。
帰路につく。久しぶりの一人。ぼーっとしていると、予定していた用事を忘れそうになり、危うくそのまま寮へ帰りそうになった。
「おっと、冷さんから買い物を頼まれていたんだったな――」
駅へ向かって進路を変える。いつもよりも少し早い速度で歩いていると、タイミング悪く、信号に止められた。まあ、急いでいるわけでもないので、立ち止まっていると――、
隣に人が立った。いつもの日常風景であり、特段、気にすることではないが――いつもの俺であれば考えるまでもなくそうしたはずだ……でも、
隣に立つ男の異常な雰囲気に、俺は思わず横へ飛び退いていた。
「っ!?」
隣に立つ男――黒く長いコートに、黒い帽子。
そして顔は、目と鼻と口を外界に出し、それ以外を白い包帯で巻いていた。
そんな男が俺を見る。にやり、と笑った。俺は心臓が握り潰されるかと思った。
ゆっくり、ゆっくりと、俺は後退していく……、こんな男と、真正面から向き合いたくなんてない。——ばっ、と俺は駆け出した。間抜けかもしれないが、男に背を向ける体勢で、だ。
……それに、なんだか見覚えがあった。
『二周目』の始まり。一番最初のステージだ。
今のような感じで、急に男が現れたはずだ。あの時は包帯ではなく、マスクだったはずだが……、それに追われたはずなのだ。
確か、勇者の剣。それを手に入れて、切り抜けたはず――。
なら、今回も……
「――あれ?」
でも、追いかけてくるはずの男は、どこにもいなかった。
今回は、追われないのか? いや、でも……。
悩んでいると、俺の右腕が急に熱くなった。
慌てて、右腕を押さえる――すると、そこに生温かい、なにかがあった……。
「血、か……?」
赤い、液体。
俺の右腕から、だらだらと流れ続けている。
斬られた……? でも、まだ浅い。
もっと深ければ、こんな程度じゃ済まないはず。
一体、どうして? どこから? いつ斬られた?
しかし、どこにもないのだ。俺の周りには誰もおらず、ナイフかなにかを投げてきたというのなら分かるが、この場所の見通しは良い……、なのにいないのだ。
こうなると、見えない誰かに攻撃されているとしか思えない――。
「……まさか」
見えない――姿が、見えない!?
俺は痛む右腕を庇いながら駆け出した。すると、俺がいた場所を斬ったのか、目標をはずし、近くにあった電柱を攻撃している。——ガッ、という音が聞こえ、柱に傷がつく。
やっぱり、俺から相手は見えない……、相手は透明人間なのだ! それが分かれば、いや、分かったところで、だからなんだ?
分かったところで結局、透明人間の見つけ方など分かるはずがないッ!
作戦を考えるためにも、ひとまずは逃げるために走る。
立ち止まったらやられるのだ、止まるわけにはいかなかった。
しかし、離れ過ぎると相手の居場所が完全に分からなくなる。
近くにいれば足音や気配で分かったりするものだが……くそっ、厄介な相手だ。
思い出せ、俺は一度、こいつと戦っているはずだ……。
ゲームの中で、俺はどう、こいつと戦ったのだ? その記憶を引っ張り出せ!
見えない敵。それは確か、最終ステージだったような……気がするけど。
あるはずなんだ、見えない敵を見つけるための目印が。
それを見つけ出さないと、こいつは倒せない。
道を直進し、曲がり角を曲がる。
その時、俺は背後をちらりと見て、気づく。
「あ、鏡……」
なんて、なんて単純なんだろうか。俺から見えない――でも、敵はしっかりと鏡に映っている……、曲がり角に設置されている、安全確認をするための『ミラー』の中に。
映っていた男はナイフを持ち、俺を追っている。まったく一緒だった。二周目が始まった時のあの『ステージ0』と、まったく同じ状況である。
ただ、今回は見えないだけ。敵の位置が、掴めないというだけだ。
さすが、最終ステージ。最初とは難易度が違うな。
一周目のこのステージはうろ覚えだ。なぜ最終ステージを忘れている? そんな抜けた自分の頭が嫌になる。
男の足音が近づいてきた。鏡で見えるからと言って、それだけで勝てる相手ではない。それくらい、自分の力のことはよく知っている。
だから常に見えている状態に近づける必要があるのだ。
「となると、確かあっちの方で……」
俺は、ある作戦を思いつく。これを成功させるには、あの時のことを思い出すしかない。
というか、これは賭けだ。
今のこの状況が、あの時と似ていると言うのであれば、同じであるはずだ……。
曲がり角を曲がり、看板を塗り直しているペンキ屋さんを見つける。心の中で、すいません、と謝り、置いてあった赤いペンキが溜まっているバケツを素早く持って、走り抜ける。
どうやら気づかれなかったようだ――
背後を見れば、気配だけだが、男が近づいてきていることが分かった。
よし、ちゃんと追ってきているな……。
液体が溜まったバケツは重いため、俺もふらふらと足下がぶれるが、それでも今は、全速力で走るしかない。ゴールデンウィークの時とは違う。俺はこの町のことをよく知った、どこをどういけば、どこに繋がるのか。どこになにがあるのか――知らないことなどないくらいに。
俺は細い道へ入り、ジャンプ――ではいけないので、手を使い、塀を登る。
そして塀の上をゆっくりと歩き、塀から隣の塀へ、安全確認をしながら、ジャンプ。
「おっと」
落ちそうになったが、なんとか踏ん張る……、危ない!? 今の、落ちていたら台無しだったな……。そのまま、家と家の間の塀を進み、開けた道へ、ジャンプ――着地した。
さて、ここからだ。
本当に今の状況が、『あの時』と同じだと言うのであれば。
ゴールデンウィークから始まった二周目、そのステージ0と一緒なのであれば。
ここにはあいつがいるはずだ。
そう信じ、俺は――バケツの中身を前方へぶちまけた。
そして――いた。
赤いペンキを被った、人の形をくっきりと浮かび上がらせた、真っ赤な男が。
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