第17話 冬の日の宝物

「うどんはよく、あの木の下にいたよな……」

 牧野に声をかけたつもりだったが、返事はなかった。

 俺も、返事が欲しかったわけじゃない。だから一人で、その木の下へ向かう。

 公園の端にある大きな木。うどんはなぜか、この公園に来た時、決まってここに立ち寄るのだ。ここが、この木が、好きだったのかもしれないな。

「……よしっ」

 俺はその木の下、根本の部分を掘る。まずは雪をどかす。そして、地面が見えてきたら、指で掘り進める……、爪が剥がれても、血が出ても構わず――もっと、もっと深く。

 こんな浅さじゃあ、うどんは入らない。

 そして三十分後——周囲が暗くなってきていた。

 それでも俺は、一心不乱に地面を掘った。

「いてっっ!?」

 硬い地面に指が当たって、突き指をしたかもしれない……。

 指にかかる負担は、やはり思っているよりも多いようだ。

「こんなもん、痛くもねえな……」

 口では強がってみるが、痛くないわけがない。

 寒いし、体が冷え切って、凍えてしまいそうだ。

 でも、うどんのためだから。

 痛くても、苦しくても、俺がやりたいことだから。

 俺は、この両手を動かす。

 すると、俺の手に、別の手が重ねられた。冷たい……けど、温かい。

 ずっと昔から知っている温かさの手だった――。

「牧野……」

「私もやる……うどんのお墓は、私たちで作る。それが役目、だから――」

 俺は返事をせず、手を動かした。

 一緒に、牧野も手を動かし始める。

 さらに三十分ほど掘り進め、うどんが入れそうなくらいの穴を作ることができた。

 その頃には俺たちの手はぼろぼろだった……。

「できた、ね……」

「ああ」と、言い合って、二人でうどんを抱き上げる。

 そして、優しく、穴の中へ置いた。

 これで、お別れ。

 あとはこのまま、埋めるだけだ……、でも、俺たちは埋めることができなかった。

「うぅ……っ、うどんっ、うどんっ!!」

 牧野が震える声で。

「楽しかった、ずっと、ずっと……、うどんと一緒に過ごすことができて……本当に……。もっと、色んなところへ連れていってあげたかったっ、一緒に遊んであげたかったっ、私と、楽と、うどんで――三人で! ……ごめんね、うどん……っ」

「牧野、違うだろ。ごめんじゃ、ないだろ」

「うん……、うん……っ」

 ごめん、なんて言葉を聞いたら、うどんは牧野が心配でこの場に残ってしまうだろう。

 だから、自分を責める言葉じゃない。もっと違う言葉を、うどんにかけるべきだ。

 二人で、言った。

『ありがとう、うどん』

 俺たちはうどんを埋める。

 片手で、二人で、合わせて二本の腕で。

 もう片方の手は、ぎゅっと手を握り合ったまま――。


 ―― ――


 埋めてから数分、俺たちはその場にいた。

 うどんを見送り、もういったのだろう、と思った時、牧野が呟いた。

「いったのかな……うどんは、幸せだったのかな……」

 そんなこと、俺がどうこう言えるわけがなかった。

 でも、俺はそうあってほしいと思う――。

「幸せだったと思うよ、きっとな」

 牧野は、「そっか」と答え、今更ながら、手を繋いでいることに気づいたらしい。

 ごめんっ、と照れて離そうとするその手を、俺は離さなかった。

「……え、楽……?」

 離したくなかった。ずっと、このままでいたかった。

 ずっと、こうして支えてほしかったのだ――やっぱりさ、これが俺の本音なのだ。

「なあ、牧野」

 ぎゅっと、手を握る力が強くなる――自然と、俺は。

 言っていたのだ、そのセリフを。


「好きだ」


 返事を待たずに、俺は続けた。

 もう、引き返せないし、引き返す気もない。

 時間が戻るとしても、俺はその選択だけは絶対にしない。

「この半年さ、現実とは思えないようなことが起こっても、牧野が隣にいたからこそ、俺は今日までこれたんだと思う……、これからも支えてほしいし、俺も、お前のことを支える。お前を守る。絶対に手離してやるもんか……っ。だから、一緒にいてほしい――……ダメか?」

 返事はなかった。

 だから俺は不安になり、牧野をちらりと見て――

 その時、唇と唇が触れた。

 甘くて、温かくて、牧野の匂いがして――。

 キスをしたのだ。

「まき――」

 俺は急展開についていけず、動けなかった。

 言葉も、はっきりとは発することができなくて……

 でも、目の前には頬を赤くし、でも満面の笑顔を浮かべる牧野の顔があって――。

 その笑顔を見て、俺の遅れた意識もやっと追いついてきた。

「私も、楽が好き……。ずっと、ずっと、好きだから――っ」

 ――雪が降る、冬の日。

 俺たちは公園で抱き合った。

 そしてこの日、俺たちは『恋人』になった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る