第14話 メッセージ

 牧野からどれだけ責められるのか……今からドキドキして仕方ない……。

 なんでこんなことで心を疲れさせないといけないのか。

 昼休みもあと数分だ。昼食を食べ終え、俺は例の件で牧野に呼び出され、廊下を歩いている――確か、校舎裏にきてって言っていたけど……え、まさかしばかれるのかな? 

 じゃないと校舎裏までわざわざ呼び出す必要はないし……。

「はぁ……気が乗らな――うげぇ!?」

 すると、いきなり俺の首根っこが引っ張られた。

 じたばたともがき、なんとか拘束から抜け出すことに成功する。

「お、おまっ、なにしてんだよ!?」

「ごめんね楽っ、急いでたからさ!」

 両手を合わせて謝るのは牧野だ。彼女にしては珍しく本気で謝っている……ということは、これはおふざけでは、ない……?

 いつもの軽いイタズラではない。それに、ここはまだ校舎裏じゃないけど……少し手前だ。この距離も待てないほど、切羽詰まっている用事……? 内容の予想がつかないな。

「まあ、いいけどさ……で、さっきのとは、別の用事っぽいけど、なんだよ」

「こっち」

 手を引かれ、やはり校舎裏へ連れていかれた。

 日陰で、寒い……だからこそ誰も寄り付かない場所だ。

 つまり、聞かれて困る話をするにはうってつけである。

「あのね、楽……」

「お前、なんで告白するみたいなトーンなんだよ……」

「そんな冗談に付き合ってる時間はないの!」

 俺を壁に寄せ、ばんっ、と手を壁に突く牧野……壁ドンだ……。

 やっば……、やられると、相手が女でもドキドキするな――

 もう逃げられない、という意味でのドキドキじゃないといいけど。

「実はね……」

「おう」

「う、うどんがねっ、学校にきちゃってるの!」

「うどんが? ……ああ、そう。了解でーす」

「えぇ!? 危機感がまったくないよね!?」

 だって別に、きちゃっててもいいじゃん、って思うけど……。

「まあばれたらどうこうってわけじゃないけど……でもっ、誰も預かってくれないでしょ――それに私たち以外に預けたくないもん!」

「じゃあどうすんだよ、抱きながら授業を受けることはできないだろ?」

 こんっ、と鳴くうどんが足下にいた。

 見慣れた光景だったので、ここが学校だと忘れそうになるな。

「そこの茂みで待っててくれるだろ、うどんは夜中ずっと、お前を待っていたキツネだぞ?」

「そんなの可哀そうでしょ!」

 いや、だってこれまでも俺たちが学校にいる間は部屋でひとりだったじゃないか。

 あ、そうかなるほど……。

「さてはお前、午後の授業をサボる口実が欲しいだけか」

「う……」

 と、図星を突かれた表情をする牧野……、分かるよそれくらい。

 基本的に、俺と同じ思考回路をしてるんだから。

「で、どうする? うどんをここに置いていくか?」

「そんなこと、するわけないでしょ」

「そっか、じゃあ決まりだな」

 牧野が「へ?」と間抜けな声を出す。首を傾げて、どういう意味? と。

 俺に相談したんだから、そういうことを望んでいたのだと思っていたけど、違うのか?

 俺だからこそ、この役目が果たせるんだろう?

「午後の授業、サボろうぜ。どっか遊びにいこう。うどんと三人でさ。どうせサボったって、あとで補習を受けるなり課題をするなりすればいいんだ、そう困りはしないよ」

「……いいの?」

「サボるくらい、よくやってた。今更な話だな。一応、恭太に頼んで早退ってことにしておいてくれとは頼むけど……構わないだろ?」

「うん!」という牧野の元気な声が聞こえ、それに合わせてうどんも鳴いた。

 この二周目で疲れ切った体を休めるには、今はこれで、ちょうど良かったのだ。


 ―― ――


「はいよ」

「ありがとっ!」

 俺は手に持ったクレープを牧野に渡した。

 クレープを頬張る牧野を横目で見る……もちろん、俺の分はない。

 学生なのだ、自由に使えるお金は限られている……まあ甘いものが特別好きってわけじゃないのだ、牧野一人分ならいいが、自分のを買おうとは思わないな。

 でもソーセージが挟まってるクレープもあったんだよな……あれは美味そうだった。

 甘いものだけじゃないのか、と驚いた。

 予定通り、俺たちは午後の授業をサボっている。恭太に頼んで早退、ということにしておいたが、俺と牧野が同じ理由で、同じタイミングで早退をしたのが、怪しまれているだろうな……。

 けれどこうして外に出てしまえば、もうこっちのものだ。どこでなにをしていようが、咎められるのは後であり、今は邪魔が入らない。

 牧野とうどんとの時間を楽しむことができる。

「こん!」と鳴いたうどんにクレープを差し出す牧野——大丈夫なのか? もぐもぐと食っているから、大丈夫だとは思うけど……まあ、食べているのはフルーツだし、問題はないのか。

 そして次に、俺へ突き出してきた。

 かじることを躊躇っていると、食べないの? と首を傾げる牧野……、はいはい、分かった食べるから――軽くかじると、牧野は満足そうに――いや、ちょっと頬が膨れてるな。

 え、ダメだったの?

「いちご……取っておいたのに……」

「言えよ。避けて食べたのにさ……」

 もう食べてしまったのだ、今更どうすることもできない。

 すると、目尻に涙を溜める牧野……すれ違う人たちの視線が痛い……、いっそ責めてくれたら楽なのに、と思うが、雰囲気で充分、ぐさぐさと刺されているので、もう俺のHPは0である。

「ちょ、おいっ、分かった違うの買ってやるから! だから泣くなってば!」

 すると、牧野が舌を出し、

「今、しっかりと言ったもんね? 約束はきちんと守るよね? 楽ー?」

 しまったはめられた!?

 こいつ、鬼だろ……、人の皮を被った鬼である。

 でも、長い付き合いだ、その鬼の一面ごと、俺はもう受け入れているのだ。

「じゃっ、いこっか」

 牧野は笑顔で俺の手を引く。たとえ人の皮を被った鬼だったとしても、この笑顔が見れるのなら、鬼でもいいかなと思った。鬼でも笑えば可愛いものである。

 それから。

 牧野に付き合わされ、色々な屋台を巡った。うどんがいるから店内へは入れないので、外にあるお店ばかりになってしまったが……お祭りみたいで、意外と楽しかったな。

 食べてばかりだった気がするけど……牧野が満足ならいいか。

 代わりに、俺の財布はどんどんと痩せていったが……。

「牧野がどんどん太って――あばっ!?」

「失礼なことを言うな! これでも運動してるんだから、太らないわよ!」

 その拳も運動の一つに数えてる?

 ならいいけど、と思ったが、最後に小さく足された「……はず」があったということは、やはり気にしているのかもしれない。俺がじっと見ていると、牧野が視線を逸らして進んでしまった。俺は彼女を慌てて追いかける。

 横に並んで歩いていると、牧野が「わわ!?」と小さな悲鳴を上げる。

 抱いていたうどんが、急に牧野の腕の中から飛び出したからだ。

「おっと、大丈夫か?」

 バランスを崩した牧野の体を支える。

「う、うん……それよりもうどんが! 待ちなさいっ、うどん!?」

 うどんは、速い動きで人の隙間を通り抜けていき、どんどん進んでいく。このままだと商店街を出てしまうだろう。商店街を出てしまえば、その先は道が複雑で、探すのも苦労する。

 それに、曲がり角も多いし、それに交通量も多い。

 交通事故が多い、危険地帯なのだ。

 俺たちはうどんを追い、その小さな背中を見つける。

 うどんは俺たちを一度見て、しかしすぐに走り出してしまった。

「もうっ、あの子はなにがしたいのよ!?」

 理由が分からない。単純に、俺たちと遊びたいだけなのかもしれないけど……、

 そういうことはもっと広いところでしてもらいたいものだ。

 結局は動物である、特に意味はないのかもしれないし――。

 けど、うどんが意味もなくこんなことをするか? 

 なんだろう、まるで、俺たちをどこかへ導ているような……そんな気もする。


 俺たちは商店街を出て、ちょうど、曲がり角を曲がるうどんを見つけた。

 二人でそこへ向かう。角を曲がり、そこにうどんがいた。

 横断歩道を渡ることなく、その場で待っている。

 事故が起こりやすい場所だ……、人間でも安全確認をしないで渡る場所なのに、うどんはきちんと止まっている……なんて賢いんだ、と贔屓目なしでそう思った。

 追いついた牧野がやっと、うどんを抱き上げる。

「もう、世話ばっかりかけて。あんまり心配させないでよねっ」

 うどんは牧野ではなく、この交差点をじっと見ていた……なんだ? なにがある?

 しかし、うどんの意図を完全に理解できぬまま、俺は忘れてしまっていた――。


 うどんは、伝えていたのだ。

 ここで起こることを、事前に俺たちへ伝えていたのに。

 分かろうとしないまま、俺たちは日々を過ごすことになる。

 このままうどんと、俺と、牧野と――、平和な日々が続くと思っていたのに。


 十二月、二十五日——クリスマス。

 事件が起こった。

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