第13話 咲夜と雅

「ご、ごめんなさい、急に大声を出して……」

「いいよ、俺たちのためなんだろ?」

「は、はい、楽くんのためで……」

「あれ? 俺は?」

 お前は入ってくるな、悪友め。

「あ、柴崎くんも、もちろんですけど……」

「ついで! 同情されたみたいで悲しいから無理しなくていいよ……」

「あ、ごめんなさい」

 咲夜の垣間見える非情さは、恭太のハートにはぐさりとくるらしい。

 見てて面白いので飽きないからいいな。

「ん? 咲夜、お前……髪切ったのか」

 咲夜は肩までかかる茶髪だったはずだ……。

 それが今では、肩までかからず耳ほどの長さになっていた。

「あ、はい……少し、気分転換で……」

「ふうん、いいじゃん、そっちも似合ってる」

 言って、購買のパンの封を開け、かじろうとしたら、

「はぁッッ!? 女の子が髪を切ってそれをアピールしてるのに、それだけかッッ!?!?」

 かろうじて視認できたが、回し蹴りで繰り出された踵が俺の眉間へ迫り――

 咄嗟に恭太を掴み、盾にする――が、こいつも簡単には差し出されてはくれないらしい。

 一瞬で、目線で意見が交差する。

『いつもいつも喰らうと思うかよ、今度はてめえが喰らえ!』

『いや、てめえが喰らえ!!』

「両方だよ」

『え?』

 俺たちがそんな目線の交差をしている間に、回し蹴りが俺と恭太をまとめて射貫く。

 俺たち二人は壁に叩きつけられ、ぱらぱら、と落ちてきた埃を頭に被る……。

「て、手加減なしかよ!?」

「あいつ、マジの蹴りじゃん……俺たちを殺す気で!」

「ああん?」

 と、俺たちの前で仁王立ちをする少女……、少女なの? 阿修羅じゃなくて? ともかく、このクラスの委員長である、寿ことぶきみやびだった。見ての通り、俺たちをぼこぼこにすることで正義感を満たし充実しているおっかないやつである。

 文学少女みたいな黒い長髪なのに、そのイメージを壊す凶暴さである。そして高い運動神経だ。出会ってから今まで、何度、ぼこられたか記憶にない。

 受けたそばから記憶が消えているせいだろうけどなあ……。

「なんで急に! 今回の俺たちはなにもしてなくない!?」

 やめろ恭太、その言い方だと前回は俺たちがなにかしたと言っているようなものだ。

「今回は?」

 ほらっ、委員長が食いついた!

「まあ、今はいいわ。今回、私が言っているのはね、なんで女の子が髪を切ったのに、しかもそれをわざわざアピールしてるのに、『いいじゃん』の感想だけなのかってことなのよ」

 えぇ、感想まで文句を言われるの……?

 大きなお世話じゃないか?

「だってさ、ほら、恭太、出番だ」

「お前だろうが」

 こういう口説き文句は恭太が得意だろう……という風に「え?」と言うと、委員長が俺を睨む……。標的は、俺かよ……。俺は委員長——雅に手を引かれ、廊下に連れ出された。

「なんだよ」

「なんでちゃんと褒めてあげないの? 花だってね、勇気を出したのよ?」

 花とは、咲夜のことか……、褒める、ねえ。いいじゃんに凝縮しているけど……。

 良いものを良いと言った以上に、言うことはもうないだろ。

「その髪型の方が似合ってる、が良いのか? でも前の髪型を否定しているみたいで……」

「細かいことはいいのよ。昔よりも今の自分を見て欲しいんだから――ほら、いけ」

 どん、と背中を押され、俺は教室へ戻された。

 振り向くと雅が手でしっしっ、としているので、俺は咲夜の元へ直行する。

 座り、ぽつんと待っている咲夜は、本当に小動物みたいだった。

 近づく俺をじっと見つめてくる……、言いづらいけど、言うしかないか。

 でも、また髪型を褒める? 正解をくれたまま委員長が俺を押し出すわけがない……つまり今のをヒントにして自分なりの答えを出せ、ということだろう。……なにを、なにがある?

 女の子が言われて嬉しいこと……、もっと褒める……褒めるってことは、スタイルが良いね、とかが一番に思いつくけど――、体のことを褒められて嫌って子はいないだろう。

 なぜか体重や見た目を気にするのだ、そこを突けば簡単にご機嫌にできる……まあ、確実な当たり判定であるとは言い難いけど……諸刃の剣とも言える。

 でも、咲夜を相手にするなら……素直に言った方がいいだろう、変に言い方を変えてもたぶん装飾させたのがばれるだろうし。素直に、俺の言葉で。正直な感想を言おう。

 咲夜のスタイルは良い、それは間違いないのだから。

「咲夜」

「は、はいっ」

 期待の眼差しで見られ、少しだけ言うのを躊躇った。

 しかし、男には、言わなきゃならないことがある!


「お前、スタイル良いし――なんだか、エロい体してるよな!」

「髪型って言ってるでしょうっっ!?!?」

「がふ!?」


 俺の後頭部へ強い衝撃! 恐らく雅の蹴りが衝突したのだろう――。

 俺はそのまま壁に激突し、さっきと同じように埃を被る。

「バカなの!? 髪型って言ったのになんでスタイルの話になるのよ!!」

 一瞬、落ちた意識を取り戻して見上げると、雅が俺を見下ろしている。

 委員長の後ろでは、咲夜が「あわわわっ」と怯えている……やり過ぎた?

「――で、どういうつもり?」

「じょ、冗談! 軽い冗談だから!」

「冗談なの……?」

 咲夜が残念そうな声で……やめろ目尻に涙を溜めるな!

「えっ、今ので良かったの!? 際どい発言じゃなかった!?」

 良かった、の部分に咲夜が頷いた。

 際どい発言だったことは、咲夜も気づいていたらしい。

 それでも嬉しかった方が勝った、と――これは引き返せねえな。

「あー、……冗談なのは、このタイミングで言ったことに向けて、だ。お前のスタイルは良いし、エロい体してるなって思ってるし。本心だぞ」

 聞いた咲夜が、ぱぁっと満面の笑みを見せた。

 よし、咲夜はこれで大丈夫……、問題は、目の前の委員長である。

「…………」

 あの、今ってお昼休みなんだけど、周りの連中はこれだけ俺たちが騒いでいるのに野次馬もなしですか。これが日常だと認識してやがる。誰も助けてくれないしなあ。

 俺は正座をさせられ、目線で恭太へメッセージを送る。

 俺たちだからこそ、できる芸当だ。

(なんとかしてくれ。なんとか、雅の注意を引いてくれよ!)

(無茶を言うなよバカ。今の寿に、声をかけられる状況じゃねえだろ)

 ちらり、様子を窺うと、ごごごご、と聞こえてきそうなくらいの黒い雰囲気を放つ雅がそこにいて――

「ねえ、柴崎くん」

「え?」

 目線がばれた? 恭太が委員長にロックオンされた。

「地獄までの片道切符、あるけどいる?」

「いらないっす」

「そうよね、じゃあ邪魔はしないでね?」

 立ち上がりかけた恭太が椅子へ座り直した。

 ……協力者を封じられた。先を見越して対策が打たれている!?

「み、雅……さん? そんな顔をしないで……ほら、美人が台無しだよ?」

「…………」

 無視、である。これまでの雅の怒りとは一線を画すほど、違うものだ。

 めちゃくちゃ強く睨まれてるんだよなあ……え、俺がなにをしたって言うの? そりゃあ軽い冗談は言ったけど、言い過ぎな部分もあったけど、それだけじゃん。

 なのに、この仕打ち?

 ちらり、雅を見る。目が合った。

 びくっ、と体が反応すると、「はぁ」と雅が大きな溜息をつき、

「反省、しているみたいだし、もういいわよ。咲夜を褒めたのは本心みたいだしね」

 お前は咲夜を甘やかし過ぎだ、と思うけど、言わないでおいた。

 雅がここまで世話を焼くのも、理由があるのだから。

「咲夜も、自分でアピールしなくちゃダメよ。こいつ、アホなんだから」

 酷い言われようだった。まあ、否定できないけどさ……。

「じゃあ、そういうことでもう――」

「一発、殴らせてくれたら終わりね」

「許してもらえてねえじゃん!」

 これだけ責められて、その上で殴られるの!?

 粛清を盾にしたお前の快楽に付き合ってられるか!

 正座から立ち上がって逃げようとするが、がしっと掴まれ、逃げられない。

「お前は冷さんかよ!?」

「繋がりはあるかもね」

 その性格は確かに冷さん寄りだけどさあ……っっ。

 護身術と言いながら、相手を優先的に破壊するその技術は、やっぱり冷さんのそれと同じなのか!?

「逃げないでね、動かれると加減が狂うから」

「だからって黙って喰らうわけにはいかないだろ!?」

 じたばたともがいていると、不意に、俺の腕が雅の中心へ当たり――

「んっ」

 と、艶っぽい声が漏れて、雅が口を押さえた。

 おかげで俺は逃げられたが、しかし教室の入口には――牧野。


「ねえ楽? 女の子の胸を触っておいて、そのまま逃げるの?」


「牧野……違うのよ」

「雅、あなたにも話があるからね。そこ、動かないでね」

「あの……はい。じゃあ楽を捕まえるのは――」

「あ、それは手伝って」

「了解」

 ――了解じゃねえよ。

 がし、と後ろから雅に捕まれ、前から牧野が近づいてきていて――

 あ、分かる。牧野は今、怒っている。

「で? 楽。さっきのこと、説明してくれる?」

 なあ、恭太。

 牧野が幼馴染なのも、いいことばかりじゃないんだよ……。

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