第12話 友情

 なんで……、なんで俺はこいつのことをこんなにも気にかけているのだろう。牧野が大切にしているから? それはあるかもしれない。一緒に住んでいるから? それなら、俺は放っておいているはずだ。基本、放任主義なのだから。

 理由が分からなかった。でもなぜか、俺は一度、失ったことがあると考えている。だからこそ、今度はしっかりと掴んでいたいと、思っているのかもしれない……。

 でも、一度失った、って……?

 一体どこで? 思い出せない……。

「……眠い」

 これ以上の思考は続かなかった。

 俺は冷えた体を擦りながら、布団の中へ戻る。


 ―― ――


 目が覚めた。

 早朝、三時……深夜三時と言う人もいるが、まあ早朝でいいか。

 起きてもいい時間帯ではある……が、眠気はもうないが、無理にでも寝よう。

 ここで眠れれば、ちょうど、六時くらいには起きれるはずだし……。

 もう一度、まぶたを下ろす。けど、あることが気になり、眠れなかった。

 ――まだ、待っているのだろうか。まだ、あいつはそこにいるのだろうか。

 ……ったく。

 俺は起き上がっていた。自分で考え、動いたわけじゃない。体が勝手に、というやつだった。

 玄関の前へいき、俺は見る――そこでずっと待っている、うどんの姿を。

「そこまで牧野が好きなのかよ、お前は……」

 うどんは反応しない。それにはもう慣れた……、主人は俺じゃなく牧野なのだ。

 牧野を、主人として認めたからこそ、こうして待っているわけか。

「偉いよ、お前」

 座り、ぽんとうどんの頭に手を乗せる。

 その時、触ってみて分かった。うどんの体は、冷え切っていた。

 それもそうだろう、ずっとこんな場所にいれば、冷えるのが当たり前だ。

 それでもこいつは待っていた……牧野のことを。

「…………」

 俺は無言で立ち、布団へ向かう。

 掛け布団を取り、玄関へ。そしてうどんにかけてやった。

「……こん?」

「ったく、『なに?』みたいな反応すんなよ。寒そうにしてるからだろ……嫌なら体温調節くらい自分でやってみろ」

 うどんの反応は、それ以降なかった。あとは、さっきと同じように玄関の扉を見つめている。

「あーあ、お前のせいで掛け布団が一枚なくなったぞ。寒いぞ、こんなんじゃあ、眠れやしないっての。だからさ――、俺もここで、待つことにした。一緒に、じゃねえ。たまたまお前の隣に俺がいるだけだし、俺の隣にお前がいるだけだ。吠えて噛んでくるなよ、うどん」

 俺は初めて、本当の意味でこいつに話しかけたのかもしれない。今まで、こいつが俺に反応をしなかったのは、俺の興味がこいつになかったから――。うどんは、それを見抜いていたのだろう。だから、うどんは今、返事をしてくれた。俺の目を見て真っ直ぐに――。

「――こんっ!」

 嬉しそうに、楽しそうに。

 やっと、牧野の気持ちが分かったかもしれない。

 こいつ、超可愛いな。


 寒い中、俺たちはじっと待っていた。

 牧野の帰りを――でも、ひとりぼっちじゃないことに安心したのか、うどんは眠っていた。そして俺も、気づけば眠っていて……。

 目が覚めた時、牧野は既に部屋にいて、朝食を作ってくれていた。

 良い匂いが漂ってきて、意識が段々とはっきりしてくる……。

 それから、「二人ともごはんだよー」という牧野の声で俺たちは起きて――。

 うどんと俺、一緒に牧野の元へ向かった。


 ―― ――


 一週間が経った。

 うどんは変わらず俺の部屋にいる。うどんに会うため、牧野は毎日、部屋へきていた。

 まあ、これまでと変わらないと言えば変わらないが……、欠かさず、というのは初めてか。

 連続日数は更新し続けている。

 朝食と夕食は牧野の手作りだ。実は、寮には食堂もあり、頼めば給食があるのだが、時間帯が決まっているし、それ以外の時間だと基本は冷蔵されているものが出される。レンジでチンして出されるなら、コンビニの方が美味い……、とは、思っていても言えないが、レンジでチンして美味しくなることを研究して作られた商品だ、そりゃ軍配が上がるというものだ。

 できたてが一番美味しくなるように作られたものを冷蔵して、時間が経ってレンジでチンして――それで出てきた料理は、やはり数段、劣る味になるだろう……まあ、俺たちは味よりも量なので、それでも全然構わないんだけどな。

 だけどやはり、牧野の料理には敵わない。

 三食の全てをさすがに牧野に任せるのは甘え過ぎなので、昼食は購買だ。

 パンを買い、教室へ戻ると、俺の席に男子が一人、座っていた。

「よお、今日は牧野、いないのか?」

「毎日一緒ってわけじゃないけど……、でも変だな、今日はいないのか……?」

 いつもなら昼になれば寄ってくるはずだけど、今日は姿が見えなかった。

 用事があるのだろう……、あいつだって暇じゃない。

 で、だ。目の前のこいつは柴崎しばさき恭太きょうた。高校で知り合った悪友である――俺が冷さんに「やんちゃしてるね」と言われるのはこいつと一緒に色々とやっているせいなのだが……内容はもちろん、褒められたものじゃない。

 恭太も寮に住んでいる。ということは地元は違うようだ。隣の席の俺にいち早く話しかけてきたのは、同郷がいないからこそか? 俺の場合、幼馴染がいるから、一人でいるという不安はそうなかったが……恭太は違うのだろう。

 まあ、俺は牧野がいることを黙っていたわけだが。

 後になってばらしたが、親しくなってからそんな隠し事がばれたところで大した問題にはならなかった――大した、であって、まあちょっとしたいざこざはあったけど。

 もう大丈夫だ。俺たちの友情は、そう簡単に壊れはしないのだから。

「牧野が幼馴染かあ……死ねッッ、と思うけどな」

「マジじゃん。崩壊寸前じゃんか、友情……」

「だってお前ッッ」

 と、恭太が前のめりになる。

 あのなあ、外部が思うほど、良いことばかりじゃないんだぞ……?

「でも、毎日起こしてもらってるんだろ? 飯も作ってくれてるんだろ!?」

「……まあ」

「デメリットを帳消しにするメリットじゃねえか!!」

 腐ったパンをカバンに入れてやる、という地味な嫌がらせを止める。

 それから俺と恭太は冗談を交えた言い合いをした――それが周りから見ると、マジの喧嘩に見えたようで……、クラスの中でもおとなしめな女の子が声をかけてきた。

「あの、けんかは、しないでください……」

「あー、ごめん、喧嘩じゃないんだよ。じゃれ合いなんだ」

「そうか……マジ殴りは本気って意味じゃないのかよ……ッ」

「楽は黙れ、ややこしくなるから!」

「殴っておいて!?」

 喧嘩じゃないと言っておきながら喧嘩みたいになってしまった。

 俺たちは同時に立ち上がり、親指でくいっと廊下を示す。

「よし、表に出ろ、やってやる」

「そうだな、その方が話は早いもんな、楽」

「ふ、二人とも!?」

 後ろでおろおろと、まるで小動物のようにきょろきょろとしている女の子。

 喧嘩を止めてくれた少女だ――クラスメイトの、花札はなふだ咲夜さくや、彼女とも、このゲームを通して色々とあった。けど、あまり成長はしていないようだ。

 はあ……。

 ここで俺たちが折れても、こいつのためにならない。

 俺たちは廊下を出ようとする。この子が止めてくれるのを待ちながら、ゆっくりと――

「――っ、楽くん! いい加減にしてくださいッ!!」

 クラス内の空気が止まった。叫んだ彼女は、「あ……」と挙動不審になっている。

 よし、よく言ったっ!

 振り向くと、彼女は泣きそうだった。これ以上は、ドッキリにしても可哀そうか。

「あー、分かった分かった、冗談だから、な? ほら、飯でも食ってさ」

「は……はい……」

 俺たちは席へつく。

 後ろでは恭太が一人、「俺だけ置いていかれてる?」と呟いていた。

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