第11話 一途なうどん

「――こんっ!」

「……ん」

 目の前にあったのはうどんの顔だ。毛が顔に触れて、くすぐったい……。

 俺は眠りから覚め、体を起き上がらせる。すると、良い匂いがすることに気づいた。

「……味噌汁……?」

「あ、起きた? ちょっと待ってて、もうすぐできるから」

 キッチンに立っているのはエプロン姿の牧野だった。もう帰ってきてたのか……そっか、俺が寝ている間に、か。それだけ、時間が経っていたわけだ。

「ん……頭、痛ぇ……変な夢を見たせいだな」

「変な夢?」

「ああ――なんだっけ……? あれ? 思い出せない……」

 片手で頭を押さえる俺を見て、牧野は心配そうな顔を浮かべたが、俺が大丈夫だ、と手を振ったら、「そう……」と一旦は納得してくれた。

 気になっている様子だが、俺が分からなければ牧野に分かるはずもなく。

 覚えていないってことは、大して重要なことではないのかもな。

「こんこんっ」

 すると、隣にいたうどんが廊下を走り、牧野の元へ向かった。

 牧野は少し困っていたが、「もーしょうがないなあ」と、嬉しそうに。

 うどんを抱き上げ、片手で料理を作る牧野。

 その姿は……普段の牧野からは想像できないほど、大人っぽかった。……主婦、だな。

 でも、昔からこういう光景はよく見ている……なのに、いつもと違うと感じる……、あぁ、髪型が違うから? それとも抱き上げているうどんがいるから?

 すると、料理ができたらしく、牧野が二人分の夕飯を持ってきてくれた。

 炒め物、ご飯、味噌汁……、見慣れたメニューだが、美味しいのは事実だ。

「はい、いただきます」

 牧野に続き、俺も言う。うどんの分もあるようで、キツネ用のご飯をあげている。

 うどんが、喜んでそれにかぶりついた。


 ――これが、俺たちの日常だった。世界滅亡だとか、非日常があっても、変わらない日常がこれなのだ。うどんが加わるだけで、この日常はもっともっと幸せになっていくだろう。

 そう感じることができる。

 夕飯を終え、一段落。その時、牧野が俺に、遠慮しながら聞いてきた。

「やっぱり、帰らないとダメだよね……?」

「当たり前だろ、男子寮に女子がいるのも問題なのに、泊まるのはもっとダメだ」

 校則にもきちんとある。さすがに、冷さんもこれは見逃せないだろう。

 いや別に、牧野がいるからってなにをするでもないけどさ。

「おとなしく帰れ。明日も学校なんだしさ。長居すると、明日、起きられないぞ」

「それ、楽に言われたくないんだけど……」

 うぐ、まあ俺は毎回、遅刻ギリギリなんだけど……。

 ギリギリなだけで遅刻しているわけじゃない。だからセーフである。

「だってさ、この子と離れるのがつらくて……」

「こん?」

「もう可愛過ぎるのよもうっ――!」

 この親バカめ。でも、こればかりはどうにもできないし。

「じゃあ明日、朝早くからきてうどんと遊んでいればいいだろ。それなら俺も寝坊しないで済むし、一石二鳥だろ?」

「あんたを起こすわけないじゃない」

「いるなら起こせよ! うどんを預かってる身だぞ!?」

「分かったってば。大声を出さないで、うどんが怯える。……じゃあ、朝一でいくからね、よろしく!」

 言って、切り替えたように牧野が帰りの支度を始める。

 離れたくない気持ちを抑えつけ、牧野がうどんを抱きかかえる……そして、頬をすりすりと。

「こんっ」とうどんが鳴いた。うどんも同じ気持ちなのだろう。できることなら牧野と一緒に帰りたい、と思っているのかもしれない……、俺なんかと一緒は嫌だろうしな。

 それでも、事情を理解しているのか、うどんは牧野に、なにも求めなかった。

 じっと見つめ、またきてくれるのを待っているようだ。

「じゃあね、うどんと……楽」

「俺、ついでじゃん」

 そして、牧野が玄関から出ていった。次に会えるのは明日の朝だ。それまでは眠るのがいいだろう……だけど、俺、さっきまで寝ていたんだけどなあ……。

 眠気はさっぱり。冴えてしまっている。

 ――うどんは、未だに玄関をじっと見つめていた。

 まさか、朝までそうしているつもりか?

 寒いだろ、そこ……。まあ、お前がいいなら、いいけどさ……。

 俺は眠気がないけど無理やり寝るため、布団に入る。

 今日は昨日よりもさらに冷える。だから何枚も掛け布団をかけて、暖かくする。

 ちらり、うどんを見ると、さっきとなにも変わっていない。

 微動だにしていなかった。

 気にするな、あいつには毛皮がある、寒くても大丈夫だろ。

 俺は体勢を変える。うどんに、背を向けるような形で。


 ―― ――


 結局、眠れてしまった。

 だが、やはり中途半端な睡眠のせいか、早めに起きてしまったようだ。

 まだ朝ではなく、深夜だ。夜中の一時……。

「……寒っ」

 でも、トイレにいきたい。けど、布団の外は寒い……出たくねえ……。

 がまんできるならしたいが、しかし、この尿意はがまんできそうになかった。

 仕方ない、覚悟をして、布団を出るか。

 全ての動きを手早く。すぐにトイレを済ませて布団に戻ってくる……よし。

 これでいこう。

「ん……?」

 気配を感じて玄関の方を覗いてみれば、なにかがいて――

「――っ、……って、うどんかよ……」

 そう言えばそうだったな……部屋にいないから忘れていた。

 さっきと変わらず玄関をじっと見つめ、牧野を待っている様子だった。

 それにしても、ずっとその体勢だな……、寒くないのか?

 飽きもせずに、よくこんなにも辛抱強くできるものだ。

 キツネって、みんなこうなのか?

「おい、こっちにこいよ。布団の中は暖かいぞ」

 しかし、うどんはこっちを見もしない。

 やはり、微動だにしなかった。

「ま、お前がいいならいいけどさ」

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