第10話 一周目の記憶
「あの人、冷さんならなんとかしてくれるって言っていましたよ」
「ほお、よく分かったわ。あ、少し用事ができたから――出てくるわね。楽、その子のこと、飼ってもいいけどきちんと最後までお世話をするのよ、途中で投げ出したら許さないから。じゃ、いってくるわね」
と、冷さんは情さんの元へ駆けていく……情さん、無事だといいけど……。
「さて、了承も出たし、色々と準備しなくちゃね!」
牧野が両手をぱんっ、と叩き、そう言った。一人の男を地獄へ突き落としたとは思えないほどの笑顔だった――。でもまあ、いいか。情さんの自業自得も多分にあるしな。
よしよし、とキツネの頭を撫でながら、俺は気になったことを聞く。
「名前、どうするんだ? ずっと『キツネ』って呼ぶわけにもいかないし」
「そうね……名前がないと困るし、可哀そうだものね」
うーん、と悩む牧野。名前、決めていたわけではないのか。……それとも多過ぎて迷っているとか? こういうのは最初にぽんと浮かんだものが結局のところ、しっくりくるものだ。
「こんこん鳴くから『こん』でいいじゃん」
「そのまま過ぎるでしょ! もっと捻った可愛い名前がいいの!」
「あ、そう。まあなんでもいいけど……」
それから数分後、良い名前が浮かんだのか、牧野が自信満々に発表した。
「『うどん』に決めた!」
「……うどん? ……あのうどん?」
「うん、そばとかうどんのうどん。だからこの子の名前は、『うどん』で決定ね!」
うどん……キツネ……なるほどねえ、牧野が思いつきそうなところだな。
「文句あるなら聞くけど?」
「いや、別に。うどん、いいじゃん」
言うと、牧野は「ならいいのよ」と、キツネあらため、うどんを抱き上げる。
「えへへ、うどん、うどん――気に入ってくれたかな?」
「こんっ」
「お、『いいね』って言ってくれたよ!」
「まあ、嫌がってるわけではなさそうだけどさ……」
うどん、ね。俺も覚えやすいし、良い名前だな。
「じゃあ、うどん。お前、ふわふわな毛してるよなー、手触りが良い……」
「こんっ」
と、伸ばした俺の手が、ぱしん、とはたかれた。
……うどん?
「ちょっとくらい」
ぱしんっ、と、今度は尻尾ではたかれ、
「なんではたくんだよ! 触っちゃダメなのか!?」
「こん!」
やめろ、みたいな必死さが伝わってくるけど、牧野は良くて俺はダメなのか!?
「ふふん、ダメだって。楽、嫌われちゃったわねー、ふふふ」
お前はなんでそんなに嬉しそうなの!? 牧野はうどんを抱え、その腕の中で、うどんがこんと、気持ち良さそうに鳴いていた。
隙を見て俺が触ろうとしても――ぱしん、とはたかれるだけ。
はぁ……俺、こいつと一緒に住む資格ってあるのだろうか。嫌われているのに同じ屋根の下で過ごすのって、互いにストレスになるのでは?
だが、そんなことを言っても仕方ない。こうなってしまったのは、自分が言い出したからだ。まあ、なんとかなるだろう……餌さえ与えていればうどんも文句はないだろうし。
「ひとまず買い物を……こいつの飯もそうだし、俺も腹が減った……」
「夜まで私はいるから、じゃあなにか買ってこようかな。じゃ、待っててね、二人とも。楽と、うどん、仲良くね」
え、ちょ――、と声をかける前に、牧野は出ていってしまった。
二人、いや、一人と一匹で残された部屋……ちょっときまずかった。
―― ――
俺はひとまず風呂に入る。体を温めてから出て部屋に戻ると、座布団の上で座るうどんがいた……、部屋を探索するでもなく、ずっとそこにいたのか? こういうところはしっかりとしてるんだよなあ、こいつ。それとも牧野がいないとおとなしいのか?
部屋を荒らされないのは、助かったけどさ。ちょっと心配にもなるな……。
しばらく、うどんはじっと動かなかったので、さすがに気になってくる。俺が命令したわけじゃないんだけどな……、俺がいじめているみたいで気持ち悪いので、構ってやることにした。
机の引き出しを探ってみると、あった。ゴムボールである。
それをうどんの目の前に転がしてやる。しかし、うどんは見向きもせず、玄関をじっと見ているだけだった……やっぱり、牧野がいいか。俺じゃねえ、ってことかよ。
「……なら、ずっとそうして待ってろよ」
俺はうどんの相手をすることを諦め、テレビを見ようとして――舌打ちする。
そうか、カウントダウンの画面のままか……忘れていたなんて、久しぶりだ。それだけ意識がうどんに向いていたってわけか。
スマホをいじろうとするも、通信制限のことを考えると、無駄に使いたくはない。
ちらり、うどんを見る。目の前で俺が忙しく動いても、視線は玄関に向いたままだ。
「お前、そうして見ているだけで楽しいか? 牧野が戻ってくれば、すぐに分かるものなんじゃないのか?」
当然、返事はなかった。当たり前である。相手はうどん……、キツネなのだから。
俺は伸びをして後ろに倒れる。このまま、牧野が帰ってくるまで眠ってしまおうか。そうすれば、うどんに構う必要もないし……、俺は目を瞑ろうとして、もう一度だけ、うどんを見る。
仰向けになっているので、今までとは違う景色が見えた。
うどんを見上げている感じだ。さっきまで見えなかったものが見えている……。
こいつの足……、傷、が、あるような……? 俺は気になり、うどんの足に向けて手を伸ばす――しかし気づかれ、うどんに避けられてしまった。
痛くはないのだろうか。一瞬しか見えなかったけど、深い傷にも見えた。
「お前、足、大丈夫なのか?」
……もちろん、返事も反応もない。そこまで酷いものではないのかもしれない。
「ま、痛かったらなにかアクションがあるだろ。牧野になら心を開くだろうし……はあ、眠い」
そして、俺はゆっくりと目を瞑る。
すると、思っていたよりも疲れていたらしい。
すぐに意識が落ちていった――。
―― ――
夢の中。
思い出しているのかもしれない。
ゴールデンウィークにプレイした、あのゲームのことを。
終盤に近づいてくると、難易度が上がっていく。何度もゲーム・オーバーになった記憶がある。でも、なぜかその頃の記憶は曖昧で、確実にそうだったとは言い切れないけど。
まあ終盤だし、簡単なステージでもないだろう。
だからゲーム・オーバー画面を何度も見たのは間違いではないと思う。
なら、あのイベントも……?
甦る記憶には、それがあった。
ゲームのストーリー上、しなくてもいいイベントではあったのだろう、おまけのサブストーリー的なものだった。クリアすれば、楽に進められるようなアイテムが手に入るだけで、なくてもゲームクリア自体はできるような、脇道のストーリー。
でも、俺はそれをわざわざプレイした。別に、意味なんてなかった。あとになって回収するのは面倒だったから――、なんて、そういう理由だったかもしれない。
冬の町、雪が積もる中——道中に置いてあった箱の中には、小さなキツネがいた。そのキツネに近づくと、『拾う/拾わない』の選択肢が出る。俺はそこで、『拾う』を選択した。
すると、そのキツネは俺の後ろをついてくるのだ。
その後、長い時間を一緒に過ごすことになるのだが、このキツネは、戦闘でサポートしてくれるようなこともなく、ただそこにいるだけだ。
だけどきちんとダメージは喰らうわけで……守りながら戦う必要があるのだ。
俺はなんとか、一度も死なせることがなかった。だから死んだ場合、どうなっていたかはまだ見ていない。いま思えば、俺はなんであんなにも必死に守っていたのだろうか……、貴重なアイテムの回収のため、とは言えだ、初見のゲームなら、取りこぼしてもいいと思うはずなのに。
邪魔だった、足手まといだったはずだ……、切り捨てれば良かったはずだ。
なのに、俺はずっとそのキツネを守っていた。
イベントも少ない。話しかければ「こんこんっ」と鳴くだけで。
でも、俺はそれが嬉しかったのかもしれない。
俺の後ろをついてきてくれて、微笑ましかったのだ。
こいつはいないといけない、俺は自然と、そう思っていたのかもしれない……。
でも、それは長くは続かなかった。
俺が死なせたわけではなかった――、でも、いつの間にかいなくなっていた。
何度、確認しても、拾った冬の町に戻ってみても、あのキツネはどこにもいなかった。
その時の俺は、悲しかったけど、すぐに前を見て進んだ。
後ろをついてくるあいつがいなくても、ただただ、前を見て進む――。
エンディングに向かって、後ろを振り向かないで、ただ、前へ。
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