第6話 世界を救う同盟
コーヒーを飲み始め、しばらく沈黙が続いた。
沈黙に堪え切れなくなり、テレビを見る……が、減っていくカウントダウンの画面がそこにあるだけだ。……もしかして、ずっとこの状態? テレビ番組が見れなくなったんだけど……。
まあ、毎週見ている番組があるわけでもないし、今はネットでも見れるからいいけど。
カウントダウンは音を刻まない。
だから、沈黙がさらに強調されていく。
視線を散らすことで誤魔化しているが、やはりきつい環境だった。
「…………」
「…………」
俺も牧野も、一言も話さない。いや、話せない。それだけ、さっきの出来事の衝撃が大きかったのだ。だって、殺されかけたのだ。当人である俺は必死で、恐怖なんて感じられないほどだったが、外から見ていた牧野は違うだろう。……失う怖さを、体験している。
目の前で起こる殺人。
そんな光景、見る機会など普通はない。しかも身近な人間が、だ。
こうして落ち着いているのは大したものだ。普通ならもっと取り乱してもいいはず……。
牧野は、自分自身でこの状況を理解し、整理しようとしているのだ。
それを待っていた方がいいだろう……、一段落がつくまで。
だけど、そう長々と待ってもいられないというのが現実だ。
さっきのあれで、まだプロローグ。
今後も続いていくのだから、早めに理解してもらった方がいい。
こうしている今、突然ゲームが進行したっておかしくはないのだから。
だから、これ以上は待てなかった。
牧野には説明しなければならない。
説明しておけば、危険を回避できる可能性がぐっと上がるのだから。
「牧野、信じられないと思うけど……本当だ。冗談だと思わないでほしい。バカにして、見なかった振りをしないでほしい。これは、真剣なんだ……。このテレビのカウントは、本当だ。そして、これを止める方法も、俺は知っている。今から全部、教えるから」
そして、牧野に全てを伝える。
これは、ゲームの二周目であるということを。
クリアするためには、命を懸ける必要がある。これから、どんどんと難易度が上がっていくのだ、命がいくつあっても足りないかもしれない――それでも、やらなければ死ぬのは俺だ。
さすがに、ゲームの内容を全て覚えているわけではない。
これは牧野を不安にさせるだけだから、意図的に言わなかったが。
全てを話し終え――、俺は牧野へ言う。
命懸けであり、危険だ、だから。
「この一年は、俺に関わるな。さっきみたいなことが、今後も何度も起こるんだ。その時に、俺はお前を守れる自信がない……。それに、お前が怪我をするところだって見たくないんだ。だから、俺のことを気にしなくていいんだよ――」
子供に優しく教えるように。
それが嫌だったのか、牧野は怒っていた。
ぷるぷる、と肩を震わせ、拳を握る。
そして、振り上げた彼女の拳が、俺の脳天に、ごつんっ! と落ちる。
「っっ!? いってぇっ!?」
がたんっ、と椅子ごと倒れ、俺は立ち上がった牧野を見上げる。
さっきまでの元気のなさが嘘みたいに、いつもの調子に戻った牧野が、説教をする。
「あんっったは!! 一人で背負い過ぎなのよ! さっきだってっ、私がいなかったらあの黒尽くめの男に、やられていたじゃないの!!」
「それは――、そうだけど」
牧野がいなければ、俺は今頃、こうしてコーヒーなんか飲んでいられなかった。
牧野は命の恩人だ。でもだからこそ、巻き込みたくない。
「……言ってくれれば良かったのよ。一人で背負い込まずに相談してくれればっ、私だってなんとかしようと一緒に考えることができた!」
そんなこと――、できるわけがないだろ。
こんなことを相談できないって、分かっているくせに……。
牧野はきっと、相談すれば自分の平和な生活なんて簡単に捨てて協力してくれるはずだ。だからだ……言えば手伝ってくれる。だからこそ安易に頼ることができないんだ……。
もちろん、牧野と一緒なら、俺は絶対に挫けない、諦めない、前へ進めるだろう。
でも……、ダメだ。
「これは俺が起こしたことで、俺一人でやり遂げなくちゃいけないことなんだよ。俺一人が苦しめばいいんだ……、お前まで、こんな苦しみを味わう必要はないんだよ」
「でも、あんたが失敗すれば世界は終わるわけでしょう? それを聞かされて、あんたが頑張っているって知りながら見て見ぬ振りをして、のうのうと暮らせるわけないでしょ」
そうだ。これは俺一人の問題じゃない。全員の命が握られているのだ。
「でもっ、俺は牧野を巻き込みたくないんだよ! 危険な目に、遭わせたくないんだッッ!」
「それはこっちも同じよ。私だってね、楽をこんな危険な目に遭わせたくない。だからさ、支え合っていこうよ。二人で。世界を、救おうよ」
俺は一人でやり遂げるつもりだった。これは俺が起こしたことだから。原因だから。
俺が責任を持って面倒を見るべきことだから――。
でも、俺の幼馴染は、俺の望み通りに動いてくれることはなかった。自分を奮い立たせて固めた決意を、あっさりと溶かすように、割り込んでくる……。
「ずっと一緒だったのよ? 今更、ここでバラバラだなんて、私は嫌よ」
子供の時の関係と同じ。小さい頃もこうして、近寄ってきて、耳元で囁いてくれる。俺が悩んでいる時は、こうして声で安心させてくれる。
俺は、牧野に頼り過ぎている。
でも、今は頼っていることで、崩壊しそうだった精神を正常に保つことに成功していた。
「俺も、バラバラは嫌だな……。お前がいれば、安心できる。やってやるっ、って、気持ちになれる」
俺と牧野は、拳を合わせ、とん、とぶつけ合った。
女の子とやることではないかもしれないが、昔からしていることだ。
これが俺たちの友情の証である。
「やろう、楽。私たちの世界を、救うために」
「ああ。でも、無茶はするなよ。俺とお前、どっちかでも欠けたら意味がないんだから」
その言葉にお互い、頷き、覚悟を決める。
どんなに苦しくても、つらいことがあっても、二人なら乗り越えられる。そう信じて。
俺たちは、世界を救うために動き出した――。
―― ――
あとから気づいたことだが、メッセージが届いていた。
『稲荷牧野が仲間になりました』
――やっぱり、主人公は俺なのかあ……。
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