第5話 ステージ0のプロローグ

「ほらっ、楽ってばぁ!!」

 ぱちんっ、というビンタを受け、俺は意識をはっきりさせ、目を開ける。

「ま、牧野!?」

 俺がちゃんと生きていたことが嬉しかったのか、牧野が安心し切った顔になる。

 やがて表情を変えていき、潤んだ目のまま、俺に抱き着いてきた。

「うっ、お……っ!?」

「良かった、良かったぁ……っ!」

 ぎゅっと抱き着かれ、俺もぎゅっと力を返す……そこまで心配してくれたのか。

 そうだよな、だって幼馴染だもんな。

 震える牧野を感じ、ぽんぽん、と背中を叩く。子供を寝かせるように。そうでなくとも安心させるように――巻き込んでしまったのは俺なのだから。

 ちらり、牧野が握り締めるそれを見る。

 剣——、桜の木の下にあったものなのだろう。

 やっぱり、同じだ。剣の形、デザイン、全てがゲーム内のアイテムと同じ。

 ――やっぱりそうなのだ。認めたくはなかったけど、もう始まっているのだ。

 ぼろぼろと涙を流す牧野を見る。この剣を取り出す時にでも、怖い思いをしたのだろうか。それとも俺が殺されそうになっているところを見てしまって、恐怖を感じたのだろうか。

 ……これ以上、牧野に負担をかけるわけにはいかない。

 俺のやることは変わらないな。牧野が持つ剣を受け取り、俺が、立ち向かう。

「楽……?」

 牧野の頭の上にぽんと手を乗せ、安心させる。

 ここに俺がいるぞ、って。

 目の前のあの黒尽くめは、俺がなんとかするぞ――と。

 覚悟を決め、向き合った。

 黒尽くめの男――、あっちも、さっきの牧野の不意打ちでは倒れるはずもなく、既に戦闘態勢は整っているようだ。そして、ゆらゆらと動き出し、手に持つナイフを俺に向け、

「――楽ッ!」

 黒尽くめが駆け出した。俺も同時に駆け出し、持っている剣を振り上げ――

 振り下ろす前に、しかし黒尽くめが、ばたりと倒れた。


「…………え?」


 俺、なにもしてないけど……、これ、いいのか……?

 ゲームだと、この場面は初心者からすれば難関エリアだと思うのだけど。

 でも、剣で小突いても黒尽くめは動かないし……。

 放置もできないしなあ……消える気配もない……ううむ。

「あ、そうか」

 俺は持っていた剣を、倒れている黒尽くめの背中に突き刺す。

 その瞬間、黒尽くめの男が細かい光の粒となって舞っていく……空高くへ。

 えっと……倒した、でいいんだよな?

 すると、スマホが振動した。

 メッセージが送られてきたのだ。


『ステージ0 クリアおめでとうございます』


 …………、

 ははっ、そうか、クリアか……これ、まだプロローグなんだもんなあ。

「まだプロローグなんだよなあ……」

 感情を込めて呟いた。これだけ苦労してステージ0はきついだろ。

 ストーリーはまだまだあるし、当然ステージだって積み重なっているはずだ。

 それを俺は知ってしまっている……一度、ゲーム内で体験していることなのだから。

 というか、一年で終わるのか?

「うぅ、楽~~っ!!」

 ずずず、と鼻水を拭いながら、牧野が俺を離してくれない。

「はあ、今は今のことを考えるか」

 ひとまずは、怖い思いをして泣いている幼馴染を慰めないとな。

 それに、色々と説明しなければならないこともあるし。


 ―― ――


「はい、コーヒー。甘い方がいいか? 苦い方?」

「……甘い方。知ってるでしょ、甘党だって」

「でもたまに苦い方も飲んでるじゃん。気分で変わるなら聞くべきだろ」

 ん、と牧野は言い返してこなかった。

 まだ本調子とはいかないらしい。

 コーヒーに関しては了解、と返し、角砂糖を牧野に渡す。彼女はそれをコーヒーに入れ、くるくるとスプーンで回していた。俺も同じくコーヒーを淹れ、牧野の前、テーブルを挟み、座る。

 言いたいことは色々とあるだろう。でも、ひとまずは落ち着こう。

 というわけで、コーヒータイムである。

 泣いていた牧野を慰めながら歩き、落とした買い物袋を回収、その後、俺の部屋まで戻ってきたわけだ。管理人のお姉さんには誤解されたが――「なに泣かせてるの? あとでお仕置きが必要ね」と言われ、内心ではガッツポーズではあるが、それを顔には出さず。

 まあ、きっとばれているだろうが。

 寮の男は年上のお姉さんに飢えているのだ。

 ともあれ、お姉さんの誤解、と言ったが、誤解でもないのだ。

 だって泣かせたのは俺なのだから。

「大丈夫か、牧野?」

「…………」

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