第4話 目標は桜の巨木
飛び出てきた黒尽くめの男の手には、もちろんナイフ……
刃が光り、切っ先が俺を狙っている――。
体が硬直してしまい、俺はなにもできない。
刺されるという事実をただ傍観していることしかできなくて――
あー、俺、死ぬんだなあ――ナイフがゆっくりに見え、走馬燈が頭の中で駆け巡る。
小さい頃の思い出が蘇る。
牧野と一緒に……、牧野が、牧野に……、あれ? 思えば近くには牧野ばかりがいた。
牧野しか、いなかったのかもしれない。
「楽っ!!」
ぐいっと急に体が引かれ、俺が今いた場所に、ナイフが飛ぶ。
危なかった……あと少し遅れていたら、間違いなく刺されていたはずだ……。
「――あんたバカ!? なにをぼさっとして――どんくさいってレベルじゃないわよ! 今っ、殺されそうになっているのよ!? 分かってるの!?」
鼻先が触れ合いそうな至近距離で、牧野が吠える。いや、説教か。
心配してくれている……、幼馴染だし、な。
「悪い……っ、とと、」
黒尽くめが動きを見せた。相手は俺たちに、休ませる時間を与えてはくれないらしい。
でも、人間が持つような敵意があるようには思えない。まるで、そうプログラムされているような、感情がない動きにも見え――
「ゲームじゃ、剣を取ってからバトル、だったよな……やっぱり全部が全部、同じように進むってわけじゃないらしいな……」
難易度は上がっているのだろう。ただ、操作方法が変わればほとんど初見みたいなものだ。
二周目とは言っているけど、一周目となにも変わらない。
規則的な動きを繰り返している黒尽くめの隙を突いて、俺はタックルを仕掛ける。
倒れた黒尽くめ……立ち上がるまで数秒かかるだろう。今の内に牧野を!
「逃げ」
ひゅっ、とナイフが俺の頬を薄く切る。これは、俺の反射神経を褒めるべきだった。今のは、だって首を切られていたら、頸動脈であれば一発だったはずだ……、こえぇ……っ。
「楽っ!」
「牧野っ、いいから逃げろっっ!!」
桜の木、という情報は牧野に伝えている。
その真下に剣があるというのも、曖昧にだが、伝えているのだ。
だったら、あとは俺が、こいつをどうにかすればいい。主人公が剣を取らなくちゃいけないって決まりがあるわけでもない。操作キャラが一人しかいないから、必然、主人公が取ることになるだけで、操作キャラが数人いれば、全てがプレイヤー。であれば、誰が入手したっていいはずだ! もしもダメなら、俺があとでいけばいいだけの話——。
こいつを片付けた後、俺も桜の木の下に向かうのだから!
「あとはお前だ!」
俺は黒尽くめの男を蹴り上げた。
……軽い、男は呆気なく宙に浮き、重力に従って頭から地面へ落下した。
あっさりと、だった。
「はぁ……牧野は、ああ、いったか……」
つまり、この場には俺とこいつしかいないわけで。
なら、やることは決まっているか。
『………………ぎひ』
「よし、逃げるか!」
黒尽くめの男から微かな声が聞こえたところで、俺は逃げることを決意する。
あんな声を出すやつと正面から向き合いたくねえし! 気味が悪い……。
牧野が隣にいれば、ちょっとは格好良いところを見せなくちゃな、という気持ちが生まれるものだけど、いない今であればどんな醜態を晒したって関係ないのだ。
どれだけ情けなくたっていい、だって命の方が大事だ!
俺は全速力で走る! このへんの道は、まだ完全には覚えていない。実家を出て寮に入ったからな、隣町とは言えわざわざ出向かないと地理なんて分からない。土地勘が一切ない中での命懸けの鬼ごっこをしているわけで――、それでもまあ、覚えている限りでやりくりするしかない。
限定された既知のルートは逃走ルートとして元々インプットされている。
まあ、寮の仲間とバカをしていたおかげだな。あれが役に立つとは……。
分からないものだ。
細い道を入り、途中でジャンプし、塀に乗り上げる。
家と家の間を駆け抜けて――路地に出る。
「よっ、っと」
出会い頭に猫と鉢合わせてお互いにびっくりする。
黒猫はとんとんっ、と別の塀の上へ逃げてしまった。
「……いない、か」
後ろを見る。さすがに追ってきてはいないか。追っているにしても時間がかかるだろう。
今の内に、桜の木へ――。
にゃっ!?!? と猫の鳴き声が聞こえ、そして。
曲がり角を顔を見せたのは、黒尽くめの――男。
『い、ぎ…………』
「う、」
人ではない、その物体と言えるようなそれが現れた瞬間、悲鳴が出そうになったが、ひうん、と目の前を横切るなにかがあり、黒い糸が、ぱらぱら、と落ちていくのが見えた。
髪の毛だ――俺の。
ナイフで、切られた。そう気づくまでに時間がかかった。
そして、黒尽くめの男から、二回目の攻撃がくる――。
「う、ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
スイカ割りのように上から下へ縦に振り下ろされるナイフ。
俺は後ろへ避けるために後退するが――どんっ、と、壁に背中が当たった。
「しまっ、」
逃げられない、だけど、ナイフは迫ってきている――刃が、俺を見た。
く、そ……っ!
瞼を下ろし、楽しい人生だった――そう俺が諦めた瞬間だった。
『ぐげ!?』
黒尽くめの小さな悲鳴。
彼の背後にいたのは、剣を手に持つ、幼馴染の姿で――
「大丈夫!? ねえ、楽っ、起きてよ!?」
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