第3話 初見の闇

 買い物を終え、牧野と一緒に並んで歩く。

 重たそうに持っている牧野の荷物を、横からさっと取ってやった。

「あら、気が利くわね……ちょっとは大人になったのかしら」

「なんでそんなに上から目線なんだよ……」

 まあ、これが俺たちの関係である。同級生だけど昔から牧野の方が少し年上っぽいのだ。女子の方が成長するのが早いと言うが、まさにそれが当てはまったわけだ。俺が友達とバカなことをしている間、牧野は大人の世界の一端を見ていたわけで……。

 料理上手なのもその時の努力の賜物なのだろう。

 手間暇をかけて作ってくれるのだ、荷物くらいは俺が持つべきだ。

「今日は楽の好物のハンバーグだからね、楽しみにしてなさい」

 ふふふん、と上機嫌な牧野。

 俺の好物だが、お前の好物でもあるし……だからなのかもな。

 こうして二人で並んで歩くというのも、久しぶ――いや、頻繁にあるな。ゴールデンウィークの最中は一度もなかっただけで、それ以前は毎日のように牧野に連れ出されていた。

 雑用と言えば俺である。

 断れない俺もそうだが……、ゴールデンウィーク中は牧野も忙しかったのだろう、だからこそ俺はゲームに熱中できていたわけだ。

 ゲーム、ね。……今でもまだ、頭の中はそれで占められている。

 あれは――本当なのか? と。

「なにぼーっとしてるの? そんなんじゃあ、車に轢かれるわよ? それであんたのバカが治るならいいんだけど」

「荒療治が過ぎる……っ」

 悪化するだろ。

 と、こんな風に、いつものような掛け合いをして、慣れ親しんだ日常に戻りたかったのに、そんな願望を打ち砕くかのように、目の前にいたのだ。

 全身、黒尽くめの……、ガスマスクで顔を覆った長身の男――。

 日常に混ざった、異物、だ。

 そいつは車道を挟み、向こう側の歩道に立っている。

 俺はそれを見つけ、ゾッとした――、怪しいのは前提だが、見えるわけがないガスマスクの下の瞳が、俺をじっと見ているような気がして……。

 隣を見れば、牧野はまだ気づいていない様子だ。——どうする? 逃げるか? いや、ただの勘違いかもしれないが……しかしあの格好はやはり怪しいだろう。

 狙いが俺でなくとも、野放しにするのはマズイ気がする。

 仮装って線は……なさそうだな。

 別に今はハロウィンってわけでも、イベントが近くでやっているわけでもない。

 個人の趣味だって言われたらなんとも言えないけれど……。

 俺は再び、視線を男へ向けた。変わらず、男はその場にいる。

 だが、さっきとは違い、その手に、持っているものがあった――。

 ナイフ。

 光を反射する、銀色の刃が、面を傾ける。

 反射した光が俺を照らし――

「ッッ!?」

 ちょうど、赤信号で止まっていた。

 相手も、すぐには追ってこれないだろう……だから逃げるならここだ!

 俺は牧野の手を掴み、駆け出す。とにかく遠くへ、人通りが多い場所へ!

「ちょっ、なにいきなり!?」

「いいから走れっ!」

「でも、買ったもの――あそこに置いていっちゃ……」

「回収は後でする! だから、今は頼むから一緒に逃げてくれっ!!」

 訳が分からないっ、という顔をする牧野には説明をした方がいいだろう、だとしても、ならばもっと遠くへ逃げなければ安心して説明なんかできやしない。

 商店街を抜け、駅前へ。ここなら人も多い。

 さっきの不気味なやつが姿を見せても、人の目が相手にとっての鎖になってくれるはず。

「げほっ、はぁ、はぁ……ッ」

 全力疾走をしたのは久しぶりだ。家でずっとゲームばかりだったから……運動不足である。

 俺の心臓が、鼓動で破裂しそうだった。

「なにっ、なんなのよ一体!? 説明してもらうからね。ここまで連れ回した理由をね!」

「わ、分かったから……はぁ、ちょっ、休憩を――」

 一緒に走っていた牧野はどうして息一つ乱れていないんだ……?

 いや、牧野が普通で、俺が衰えているだけなのだろう。

「実は、」

 そこで俺は、見てしまう。さっきの黒尽くめの男が、駅、改札口にいて――

「なに!?」

「? どこを見て」

「いいからこい!」

「え」

 俺たちは駅前から離れる。——なんだよ、なんなんだよあいつはっっ!!

 どうして俺たちを追ってくる、もしかしてストーカーか? どっちの……俺か、牧野か。

 背後を見るが、追ってくる気配はない。さっきだって、追ってくる気配はなかったが、しかし気づけば回り込まれていた。

 いつの間にそんなところに? そんな感覚だった。

 ――本当に人間なのか? と、思ってしまう。

 人間じゃない……じゃあなんだ? 地球を侵略でもしにきた宇宙人だとでも?

 はっ、そんなわけがねえ。

 だったら――あれか。

 心当たりは、一つしかない。

「もしかして、本当に二周目ってことか……?」


 一周目は、ゲームの中で。

 二周目は、現実世界で。


 ゲーム内で起こったことが、現実世界で起こる――ってことなのか?

 だとすれば……俺は記憶を探る。ゴールデンウィーク初日、叔父さんから貰ったゲームを起動し、初期設定を調整して、物語は始まったのだ。

 主人公はごく平凡な少年で、武器をなに一つ持っていない、旅をするには危険過ぎるほどに軽装な少年だった。——そうだ、思い出してきた。まず、最初に剣を探したはずだ。村で一番大きく、一番、古くから立っている巨木の下に、その剣はあったのだ。

 少年は攫われた妹を助けるために、その剣を探しに向かう。もし、本当にここがゲームの二周目だと言うのであれば、だいたいのストーリーは同じであるはず……。

 ということは、

「牧野っ、この町で、一番大きくて古い木って言ったら、やっぱりあれしかないよな!?」

「木って……あの山の巨木のこと? そりゃそうでしょ、あれはこの町のシンボルみたいなものだし」

 大きくて、ずっと昔から立っている桜の木。ゲームと連動しているのであれば、その巨木の根元に剣が埋まっているはずなのだ。それを取れば、二周目が始まる……そうだろ?

「今からその桜の木にいく! 少し急いでいくから、この手、離すなよ!?」

「ねえっ、いい加減に説明してよ! どうしてこんなに走ってばかりなの!?」

「悪い……、巻き込んじまったみたいだ。俺は、牧野を危険の渦中に引き込んじまった」

「え?」

「ここでお前を逃がしても、安全とは言えない。だから俺と一緒にきてくれ。絶対に守るから」

「そ、そう……なら、いいけど……さ」

 牧野は納得してくれたようだ。静かなのはいいが、いつもの勢いがないとそれはそれで心配になってしまう。危険というワードに反応したのかもしれない。牧野も女の子だ、説明されていないけど現在進行形で動いている危険を想像してしまうと、体は縮こまるのかもしれない。

「手、もっと強く」

「え? ……ああ、もっと、だな」

 これで安心に繋がるというのであれば、いくらでも強く握ってやろう。

 ……震えているのだ、牧野の手が。

 俺から伝わったのか、だとしたら俺が、安心させてあげないと。

「大丈夫、俺がなんとかす、」

「楽っ、前!!」

 曲がり角から闇が現れた。

 全身、真っ黒。黒尽くめの男が、飛び出してくる!

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