二話③

 明くる日、やはりというべきか夏呼なつよびの採取依頼は残っており、依頼紙を剥ぎ取って受付へと向かう。カンカンとけたたましい呼び鐘の音でもって職員を呼ぶ。


「お、お待たせしましたぁ、夏呼の採取依頼ですね。これから採取に向かわれますか、それともすでにお持ちで納品しますか?」

 新人職員はやや熟れた動きで依頼の受付を行う。有象無象や魑魅魍魎ちみみょうりょうひしめく組合で揉まれて成長したのだろう。


「これから採取に向かう予定。はい、組合証」

「はい、問題ありませんねぇ。……こちらが控えです」

「どうもー。いってくるねー」

「お、お気をつけて~」

 冒険者の間をすり抜けるように、素楽そらは組合の外へと飛び出してゆく。


(夏呼が生えてるところは鷲啼わしなきにも近いし、この前のお礼でもしに行こうかな。なにかお菓子でも買っていこうかなー)

 翼竜から助けられた礼は先日も行っているが、あくまで言葉のみ。菓子折りを持って正式にお礼をしたいと考えた。即断即決、早くから店を構えている甘味屋に寄り、菓子を包んでもらう。


(最初に縞尾に寄ったほうがいいかなー、お菓子持って森の中歩きたくないし)

 暫時、縞尾の里へと翼を羽ばたかせる。日中ということもあり里へと近づくほどに、翼人の姿が見られるようになる。


 彼らは上空から哨戒しょうかいを行い、必要であれば数人で連携し魔物を駆除している。比較的に魔物の数が多いとされる松野においては、重要な役割である。

 松野には四つ翼人の里があり、それぞれが各地で飛び回っている。


 里に降り立つと、幾人かの里人が寄ってくる。中に先日鷲獅子わしじしを率いていた翼人がいたため、慇懃いんぎんに礼を行う。


「先日はお世話になり、本当にありがとうございました。非常に感謝しております。こちらはその御礼です。皆でお召し上がりください」

「いやいや、そんなに気にしなくても良かったのに。でも、ご厚意ということであれば、ありがたく頂戴いたします」

 先日の翼竜と退治していたときとは打って変わって、落ち着いたようすの翼人は軽く頭を下げて菓子折りを受け取る。


 本日の目的、その一つを達成できたので、採取依頼へと向かおうかと挨拶をして身をひるがえそうとすれば、翼人が慌てたように口を開く。


「お待ちを!もしや、お礼のためにわざわざ里まで足を運んでいただいたので?」

「ええ、そうです。帰りがけに夏呼を採取しようかと」

 お礼の方がおまけなのだが、それでは聞こえが悪いからと、こちらを本命とすることにしたようだ。


「夏呼、ですか。好む者が多いとは聞きましたが、ご自身で採りにこられるほど好きなのですね。自分も甘辛く煮ころがしたものは好みですよ」

 夏呼とは鐘花芋かねはないもいう種類の芋だ。晩春から初夏に鐘のような花を咲かせることから、夏を呼ぶ花として夏呼とよばれる。彼のいうとおり、愛好する者がいるため農地でも栽培されているのだが、天然物を食べたかった者が依頼を出したのだろう。


「あーいえ、依頼で採取に。冒険者なんで」

「…ん?先日お会いした際は、騎士の装いをしていたと思うのですが」

「有事の際にのみ騎士としてご奉仕しております故、平時には冒険者として飛び回っているのです」

「そういう方もいるのですね…?」

 大変困惑しているが、数度頷くようにして納得したようだ。


「夏呼の群生地であれば、詳しい者が里におります。なので今しばらくの間、大婆様にお会いになりませんか?素楽殿がお越しになった、とあれば喜びますので」

 今はまだ日が頂天に登りきってはいない。案内の有無に関わらず十二分に余裕のある素楽は、言葉に甘えることにした。


 カシワの家まで案内されている最中、バサリバサリと翼人とは思えない大きな羽音を耳にする。どこから聞きつけたのか、雪丸ゆきまるが大はしゃぎでやってきたのである。


 大きな体躯からだを擦り付けるようにして、素楽の周りを歩き回りくちばしを擦り付けている。もはや、翼の付いた超大型犬といわれても疑問に思わないだろう。


「こんにちは、雪丸。今日も元気そうだね。この前は助けてくれて、ありがとう」

 くちばしを撫でれば嬉しそうに目を細めている。


「雪丸にもお礼をしないとねー。天夏祭が終わったら改めて遊びにくるよ」

 鷲獅子は賢い生き物であり、人語もある程度理解している。遊びに来る、という部分は理解できたようで、大はしゃぎである。

 その後、雪丸はカシワの家に無理矢理入ろうとして怒られていた。


―――


「…ようこそ、よく来たのう素楽。先日の話は聞いておるが…元気そうでなによりじゃ」

「お陰様で、無事にこうして顔を合わせることができました。皆様には感謝の言葉しかありません」

 顔を合わせた時は気安い態度だったため、こうした慇懃な態度が面白かったんだろう。カシワは呵呵と笑う。


「こりゃ香月かづき姫とお呼びした方が良かったかのう」

「あはは、素楽でいいですよー」

 堅苦しいのは挨拶だけで、お互いに砕けた態度で雑談に興じることにしたようだ。そもそも、縞尾のカシワと香月の素楽で会合の約束があったわけではないのだから。


「しっかし、香月姫だったとはのう。十年二十年そこら前に妖し羽あやしばねが一人、松野の街に居着いたことは知っとったんじゃが、まさか香月に召し抱えられるとは思わなんだ。おヌシの母はどこからやってきたか聞いておるか?」

「母さんは八耀はちようの出身だったかな、十歳くらいで親元から離れて旅を始めたっていってたよ。何年もかけて西大陸をぐるりと周ってから、最後にこの松野にたどり着いたんだって」


「なるほど八耀か、それならば納得もゆくのう。しかし、よくもまあ無事に松野までたどり着けたものじゃのう」

「北方は上手く回避したみたいですよ。母さんは薬師として旅をしていたこともあって、薬をタダ同然に譲った際にいくつも助言をもらったとか。困っている人がいたら親切にしたほうがいいよっていつもいってるね」


(香月の薬師、なるほどのう。昔にそこらで目撃されていたのは、なにかしら薬草を求めてのことじゃったのか)

「善い心がけじゃのう。素楽もその心忘れるでないぞ、忘れぬ限り我らも力を惜しまぬ故な」


「うん。縞尾でもなにか困ったことがあったら、遠慮なくすぐに伝えてねー。他所にはおっかない人も多いからね」

「あぁ、里の者にも伝えておこう」

 素楽とカシワの歓談は、シャクナゲや他の里人も交え、昼過ぎまで行われた。


―――


「美味しいお昼ごはん、ありがとうございました。それに夏呼の生えているところまで案内してくれるなんて」

「よいよい、むしろ雪丸が粗相しないか不安でしかないんじゃがな」

 雪丸は素楽に付いていくと駄々をこね、騒ぎ立てたのだ。夏呼の群生地までで松野までついていったら、もう二度と素楽には合わせないとカシワに釘を刺されている。


 共生生物とはいえ、街に現れたとなれば大騒ぎは確実だ。


「それじゃ護衛よろしく雪丸。ふふ、まるで騎士だねー」

 嘴に鼻をコツンと合わせれば、雪丸は姿勢をピシッと正す。そんな様子をみた縞尾の里人は、呆れたような瞳を彼に向けた。


「それでは、また」

 素楽、雪丸、案内役は夏呼の群生地を目指して翼を広げる。


 たどり着いたのは山を降りた疎らに木々の生える草地だ。素楽の知っている場所よりかは外れていたのだが、松野への距離はこちらのほうが近く、案内役の翼人が気を利かせてくれた事が伺える。


「…こっちの辺に、夏呼が生えとったと思うわ。……あったあった、あの草っぱや」

 高くない背の植物は、薄い藍色の鐘に似た花を吊り下げるように咲かせている。風に揺れるその姿は、鐘の音でも聞こえてきそうなものだ。


 礼を伝えてから、腰袋から小さなくわを組み立て根本を掘り起こす。さほど深くない地中には、栄養を溜めた塊根かいこんが埋まっており、コロコロと掘り出せる。


 穴掘りを真似して、そこらの土を掘り起こしてた雪丸は、早くに飽きたようで邪魔にならないところで居眠りをしている。


 用意しておいた麻袋に詰め込んで腰に括り付ける。後は納品をすれば依頼は終わりである。

 土で汚れた手で汗でも拭ったのだろう、素楽は額も土で汚れている。木陰で休んでいた翼人に指摘され、小恥ずかしそうな表情をしながら汚れを払っている。


「ありがとうございました。これなら日が暮れる前に帰れそうです。カシワお婆ちゃんにもよろしくお伝えください」

「ああ、わかったわ。大婆様もいっとったが、いつでも遊びきてな」

「ええ、また伺います。それじゃ雪丸もまたね。近いうち、だいたい二十日くらい先に遊びにいくから、その時は遊ぼうね」

 それは本当に近いのか、といったように頭を傾けた雪丸であったが、遊びの予定というのは嬉しいようで、素楽に甘えるように体躯を擦り寄せた。ある程度したら満足したようで、大きく翼を広げた後に里のある方へと飛び去っていく。


「気ぃつけてな~」

「はーい」


―――


 夏呼の量が多かった影響か、ところどころで休憩を挟みながら松野の街に帰る頃には、日が山に姿を隠そうかとする時間帯だ。


(詰め過ぎちゃったかな、案外大変だったなー。予定通りの場所にいってた、帰るのがもっと遅くなってたね)

 じんわりとにじむ汗を拭い、腰に括り付けた麻袋を肩に背負い組合を目指す。予想以上の負担が腰を襲っていたようで、背負えば大分楽になたようである。


「よう、おかえり赤羽の嬢ちゃん。今日は大荷物だな」

「ただいま、夏呼が思った以上に採れてねー」

 街の門をくぐる時、馴染みの番兵が声をかける。気のいい壮年の番兵だ。


「夏呼かぁ、酒の肴に良いんだよな。かみさんに頼んで、今度煮転がしでも作って貰うかな」

「今が旬だからねー。そういえば、古六さんの商店で安かったよ」

「おお、そうか。こりゃいい情報を聞いちまったな。…ちょっとまってな」

 詰め所に引っ込んでいった番兵は、手に果物を持って出てくる。


「形の悪いヤマモモを貰ったんだが、どうにも数が多くてな。ちっとばかし持ってってくれや」

「いいの?ありがとねー」

「おう、形は悪いが味は問題ないからな!」

 甘酸っぱいヤマモモを口に放り込みながら組合へと向かう。


 夕刻の組合というのは報告に帰った冒険者が多い。


 同じく報告しようと並ぶ冒険者らと会話をしながら自分の番を待つ。素楽が見えなかったと割り込んだ冒険者を蹴飛ばし、苦言を呈すくらいは日常茶飯事だ。小突くくらいの蹴りなので、相手も特別気にしていないようだ。


「あぁ赤羽さん、おかえりさない。お仕事は順調でしたかぁ?」

 ホッとした表情を見せるのは新人職員。他の冒険者と比べれば、可愛らしい容姿に温厚な性格だ。対応する際の気構えも違うのだろう。


「うん。夏呼を沢山採ってきたよ」

 肩に担いだ荷物を受付の机に提出する。新人職員は麻袋の中から塊根を取り出し、キチンとした納品物であるか鑑定する。いくつかの夏呼とにらめっこしていた彼女は、何度か頷いた後に麻袋の中身を全て別の袋に移し替え、かさ増しされていない事を確認した。


 麻袋の下半分、いや表面だけ指定の品物で中身は別物、なんてことはそうそうないのだが、昔はあったとのことで今でも確認事項のようだ。

 中身全てが依頼者の指定物であることを確認できた職員は、素楽に向き直り笑顔を見せる。


「全て夏呼で間違いありませんねぇ。こちらが報酬金です」

 盆に乗せられているのは、大銅貨五枚と中銅貨一枚、多くはないが十分といえよう。今度は素楽が銅貨を確認し、間違いがないと銭入れに放り込む。


「問題ないね、それじゃまたねー」

「はぁい、ご苦労さまです」

 トコトコと素楽は人波をかき分けて消えてゆく。


 香月屋敷と手習い所で鈍った体を動かし、丁度いい気分転換になったのだろう。心地よい疲労感から、今日は心地よく眠れそうだと、夕餉を求めて松野の街を一人歩く。


―――


 手習い所で臨時の教師として働いて七日目。明日を終えればこの仕事も終わりという日。


「ねーねー素楽ちゃん。明日で教師のお仕事終わりでしょー?ならさ、明後日さ、素楽ちゃんち遊びいってもいい?」

「あたしんち?いいけど何もないよ?」

 なにもない事はないのだが、素楽の認識からすれば本棚を埋め尽くす本とニンジンくらいしかない家は、なにもないに分類される。


「かまわない、お菓子とか持ってくから遊ぼ」

「女子会ってやつだよー」

 女性のみのお茶会だと納得した素楽は、快諾し共同住宅の場所をあらためて教える。


「掃除したいから午後にきてねー」

「はーい」「わかった」

 そんなこんなで教師として八日間の依頼を終えた素楽は、組合に向かうと受付には組合長が鎮座しており、その前は伽藍堂がらんどうとなっている。他の受付は冒険者が並んでいるのに、だ。


「話は聞いているよ。十分に教師をしてくれたみたいでね、助かったよ。これは報酬金、教師と生徒の両方から評判が良かったみたいだから、色を付けておいたよ」

 机にはフクロウの銀貨九枚とモズの大銅貨六枚が積み上げられていく。一日に銀一大銅二、なかなかに破格の金額であろう。


「ありがとうございます組合長」

「こちらこそ、助かったよ。また何かあったら張り出すから、誰かに取られる前に見つけてね。それじゃ」

 顎を擦る彼はそっと奥へと引っ込んでいく。組合の長としての仕事があるのだろう。


 なくさないようにと報酬を銭入れに詰め込んだ素楽は、明日の準備をということで街に飛び出す。


(お茶会なら茶葉は欠かせないねー。茶器も用意しないと)

 茶会の主宰自体は初めてではなく、珍しいことでもない。しかし、香月素楽でなく、赤羽、もしくはただの素楽としての茶会は彼女の心躍るものがあるのだろう。


 どうにも仕事人間よりの気質があるため、依頼で飛び回っていることが多く。市井での知己ちきというのは同僚か競合とも呼べる冒険者か、よく利用する店の人に限られるところがある。


(茶器は屋敷に帰って借りてきちゃおうかな、百花母さんは喜んで協力してくれそうだし)

 計画をするのは楽しいもので、あちらこちらと日が暮れるまで奔走するのであった。


―――


 ここ数日で積み上げられた衣服を洗濯屋に預け、睡眠前に読み散らかした本を片付けて、軽い食事をすれば日の位置は頂天を向かえている。


 細かい時間の指定こそないものの時期に二人が来る時間帯だろう。

 余裕ができて手持ち無沙汰になった素楽は、片付けた本棚から一冊手に取り、目を通し頁を捲る。開け放たれた窓から心地よい風が流れ込み、頁を巻き込みめくりあげると同時に下階から聞き覚えのある賑やかな声が聞こえだす。窓から覗き見る必要もなさそうな賑やかさだ。


 手元の本を適当な場所に置き、体を伸ばした後に彼女らを迎える準備をする。


「素楽ちゃーん、遊びに来たよ―」

 トントンと扉を叩く音よりも先に、よく通る声が部屋に届いていた。素楽は扉を開け放ち彼女らを向かい入れると、予定よりも二人ほど多くなっていた。秋三しゅうぞう圭太けいただ。


「二人増えちゃったけど大丈夫?秋ちゃんは家出るときに見つけて、圭太くんは下にいてねー」

「問題ないよー。ごきげんよう。本日はお越しいただきありがとうございます。肩肘の張ったものではございませんので、どうぞおくつろぎください」

 淑女たる礼をし部屋へと案内すると、四人は様々な反応を見せる。


「ごきげんよう、お招きいただきありがとうございます」

「こんにちは、今日はよろしくねー」

「あ、ごきげん、よう?よろしくお願いします」

「えっと、よろしくおねがいします。お、俺がいてもいいのか?」

 夏帆かほ小恋ここいは面白そうに挨拶を返し、秋三と圭太はやや気圧されたような空気をまとっている。


「あはは、全然いいよ。それに圭太は城仕え目指しているんでしょ、ならこういったことも頑張らないとねー」

 いつもの気安い素楽に戻り、微笑みながら席に案内する。席の数が足りなかったため、別の部屋へ椅子を持ちにいく素楽を横目に、四人は興味津々といった様子で部屋を見回す。


 年頃の女の子の部屋にしては飾りっ気のない部類ではあるが、本棚にはみっちりと様々な本が詰め込まれていたり、窓際の棚には動いているようにも見える植物が安置されていたり、鷲獅子の風切羽根が飾られていたりと興味は尽きないようだ。


 椅子を用意すれば次は茶と、なかなかに慌ただしい家主である。

 淹れたての茶が並べられる頃には、小恋と夏帆が持参した菓子類を並べており、準備は万端といった様子である。


「一応、屋敷でお茶の入れ方教えてもらって来たけど、慣れてないから大目にみてねー」

 茶葉の量や抽出時間など、完璧とは言い難い出来ではあったが、高級茶葉ということもあって、口当たりは十分といえる出来であった。


「良い茶葉だね、どこの?」

「山吹の錦雲にしきぐもだよー」

 茶葉の良し悪しがわかる夏帆は、山地と銘柄を聞いて遠い目をしはじめる。市井では手に入れることすら難しい銘柄で、こんな場所でトンと出されるようなものではないからだ。

 有難がるように一口二口と、無言で茶を味わっている。


「よくわからないけど、美味しいねー。スッキリしてて飲みやすいよー」

「素人だから詳しいことはわかりませんが、香りの素晴らしい茶ですね」

「こんな茶もあるんだな」

 自信があると言い切れる腕ではなかったものの、彼らの様子を見てそっと胸をなでおろす。


 素楽を交えた五人は茶請けを食みながら、和気あいあいといった様子で茶会を過ごす。話題の中心はやはり数の多い本や飾られた鷲獅子の風切りだ。


 雪丸の話をしてみれば、彼女らは目を輝かせて話を聞き入っていた。


「そういえばさー、素楽ちゃんって天夏祭あまなつさいは予定あったりするー?よかったら一緒に見て回らないー?」

「…あー、天夏祭は無理かなー。明日から屋敷に戻っちゃうし、騎射会やなんかに参加するから、ごめんね」

 申し訳無さそうな表情で素楽は謝る。出会うのが一年早ければ、一緒に見て回れたりもしたのだが、今年は既に予定が埋まっているのだ。


「いいよいいよー。こっちもいきなりいってごめんねっ!」

「……?その、素楽先生。騎射会に参加するのは騎士だけだと、聞き及んでいるのですが…?」

「そうだよー、あたし騎士だからね。そうだ、ちょっと待ってて。たしかこの辺に…あったあった」

 ガサゴソと手紙類を詰め込んだ箱を漁り、一つの封筒を取り出す。


「これ、騎射会の観戦券なんだけど見に来ない?参加者だから送られて来たんだけど、渡す人もいなくてねー」

 香月の面々はわざわざ渡すまでもなく席を用意しているため、完全に腐っていた代物だ。枚数的にはぴったしなので、と彼女は差し出す。


 さて、観戦券を差し出された四人は、全員思考が停止して固まっている。それもそうだろう、冒険者だといっていた素楽が唐突に騎士だと打ち明けたのだから無理もない。


「その、素楽先生は冒険者と伺った気がしますが」

「冒険者兼騎士だね、十八になるまでの間は有事の時だけ騎士をするって約束でねー」

 冒険者になるのが夢で、その条件として登用試験を合格することも含めて簡単な説明をする。


 皆驚いているが、秋三に関しては驚愕というべき表情で、顎が外れるのではないかと思うほど、あんぐりと口を開けている。


「へぇー、素楽ちゃんって去年から冒険者やってるってことは、十五歳で試験受かったのー?」

「うん、父さんたちも驚いてたねー」

「まあ、驚くだろうね。素楽が頭いいのも納得」

「すごく頑張ったからねっ!」

「俺も頑張ろ!」

「頑張れ若者よー」

 秋三が持ち直すにはしばらくかかったが、楽しげな茶会は続く。


 素楽の用意した盤上遊戯で一喜一憂し、小さく顔を出したニンジンに四人が詰め寄ったりと、終始賑やかさには欠かない一日あった。


「当日は紹介状も合わせて観戦券を受付に渡してねー。余裕があったら顔を出しに行くけど、あんまり期待はしないでね」

「素楽ちゃんのこと、うんと応援するからねっ!」「楽しみにしてる」「頑張ってください、素楽先生」

 共同住宅の玄関口で三人を見送る。圭太は一階に住んでいるため、既に別れを済ませている。この数日で圭太は彼女らとも交友を深めたようだ。


「それじゃ、気をつけて帰ってねー」

 茜色の陽光が眩しい時間帯、充実した楽しい一日だったと素楽は微笑む。

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