二十五話
「お茶でも飲んで行きなよ」
「サンキュー。じゃあ、お邪魔するなり」
彼は即答だった。
「ふふふ」
私は前を向いて笑った。
「ん? 今、何で笑った?」
彼は、不思議そうな顔をしていた。
「ううん、何でもない」
「変わってんな、相変わらず」
彼も、笑った。
「ええ、変わってるわ」
土手を下りて、私のアパートへと移動する間も、私と彼は、ずっと手を繋いで歩いていた。特に話をする訳でもなく、お互いに無言のままだった。重苦しい雰囲気に包まれていたわけではない。何となくそういう状況になっただけだ。
ただただ、自然な沈黙に。
「もうすぐ着くよ」
アパートの近くまで来る頃には、彼の右手と私の左手は冷たくなっていた。
「今日で、二回目だ」
京子ん家。彼は、そう付け足した。
「そうだっけ?」
私が彼に、訊き返す。
太陽は完全に沈み、辺りはすっかり暗くなっている。予想通り、日没後は冷える。電柱に取り付けられた電灯が、白く眩しい光を放っている。最近になって、やっと新品のものに取り替えられたばかりだ。ついこの間までは、弱くて乏しい光だった。点いたり、消えたり。その繰り返しだった。
「ゴメン。洗濯物干したままだから、ちょっとここで待っててくれる?」
私は、1つの嘘をつく。
「分かった。・・・前回も玄関の前で待たされなかった?」
彼が、笑いながら呟く。
「あら、そうだったかしら」
この時になって、私達はお互いの手を離す。私は玄関の鍵を開けた。頑丈な扉が、私を家の中へと誘う。靴脱ぎでパンプスを脱ぐと、脚のふくらはぎに軽い疲労感を覚えた。足の指先も痛い。かなりの距離を歩いたのだから、当然だった。
スニーカーにしておけば良かったかなと考えながら廊下を歩きだした私は、しまった、と思った。今日の午前中は雨だったからだ。雨の中、洗濯物を干す人はそうは居ない。
けれどもう、後の祭りだ。彼に感づかれないよう、後は祈るしかない。
私は洗濯などしていなかった。テーブルの上に置きっ放しになっていた白い紙袋を、誰の目にも届かない場所にしまい込みたいだけなのだった。袋には、内用薬と書かれている。
袋を見つめながら私は祈る。彼に惹かれたのは、ある種の似たような心の疾患を持っていたからではない、という事を。
散らかっておりますが、どうぞ。私は洗濯物を取り込むのに相当する時間を潰した後、彼を、中へと招待した。
「相変わらず殺風景な部屋。てか、散らかるような物なんて無いじゃん」
彼が、第一声をあげる。どこか揶揄するような調子でもあった。
「これは前も思ったんだけど、京子は何にでも興味を持てるから、色んな物を置いたり飾ったりしてるんだと思ってたけどな」
私は、彼の意見には特段応対せずに、愛想笑いを浮かべて軽く受け流す。
「ハンガー、使う?」
私は訊いた。
「おう、サンキュー」
私は鏡付きのクローゼットのドアを開け、中にあるハンガーを取ろうとした。ところが、ハンガーに手を伸ばした瞬間、突如私の自由は奪われた。
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