二十四話
「今までは、京子のことをもっと知りたくて。そして京子の方にも、俺に積極的にメッセージや電話をしてもらえるように変わってもらいたくて。俺は色々と訊いたり、話をしてきた。
京子が自分のことを語り続けない限り、俺も京子のことを理解し続けることは出来ないと思ってたから。時には詰問調のようになっちゃうこともあったけどな。喧嘩もしたし、ね。」
でもさ、と彼が、続ける。
「人ってのはすぐには変われないな、やっぱ。俺、気づいたんだ。相手のことを変えよう、変わってもらいたい。そう思うなら、先ずは自分から変わらなきゃならない、ってことに。
だから今日、俺は、思いきって京子にお話することにしました。自分を変えるための、スタートとするために」
それから彼は、少し照れくさそうにこちらを向いた。
「俺、完全に惚れちゃってるよ、京子に。どうしてかと訊かれると、それはうまく答えられないんだけどさ。
自分でも不思議なんだよ。数年間、ずっと北大の女の子のことが心から離れなかったのに。・・・実を言うと、完全に消え去った訳じゃないんだ。でも今は京子がダントツで、すごく夢中になってる。そうじゃなきゃ、ここまで京子に執着しない。
お試し感覚だけで付き合ってたとしたら、とっくに別れてる」
彼の想いが、声の波が、熱量を帯びて私の耳を伝って信号として脳内で変換され、そして私の心の中へと染み込んでいき、私という人間を揺さぶっていく。こんな感覚、味わったことがない。これは、何・・・?
けれど、その振動は次第に納まっていった。
「どうもありがとう」
私はふと我に返り、シンプルな返答を彼に贈る。それだけしか、できなかった。何故なら、彼の想いとその主張は、私の心を揺さぶる何かと、ほんの少しだけ乖離していたから。完全なる合致には、もう一歩のところで届かない。
当然と言えば当然なのだ。私が彼に何も語らないのだから。過去から現在に至るまで、を。
彼が、私と付き合っていることで、果たして満たされているか、それとも満たされていないかと問われれば、確実に後者と答えることだろう。
私という人間を語ったところで、私は自分自身を変えていくことができるの?
消えない傷を見せたところで、彼の今後にどんな貢献をもたらせるの?
気づけば、私達はかなりの距離を歩いて来たものだ。ここからであれば、土手を下りて、JR本八幡駅の方角に二十分も歩けば、私のアパートに着く。
「ちょっと寄ってく? あたしの家」
私は彼を、誘ってみた。
「え?」
彼は、びっくりしている様子だった。私の方から提案されるのが、とても新鮮だったに違いない。
「いいの?」
彼が、訊き返す。
「うん。歩き疲れたでしょ?」
私は自然なリアクションをした。
「ていうか、京子ん家ってここから近いんだ」
「歩いて二十分くらいよ」
「へえ、そっか。俺ら、かなり歩いたんだね」
「うん。歩いた歩いた」
私の左手は、今も冷たいままだった。
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