十三話

それから俺は、と彼の語りが続く。


「『俺、こういう経験したし、カウンセラーになりたいってちょっと思うようにんなったんです』

何故かそんなことを口走っていた。


『いやいや。こういうのは安定してる人じゃないと。不安定だと共倒れになってしまうからね。案外、話を聞いているようで聞いていなかったりとか、その人の気持ちを理解できない人の方が向いてるんだよ。・・・あ、でもこれ内緒ね』


なるほどなって思った。その時は。

 でも、後でMRをやってる先輩に訊いてみたら、院長クラスの先生になると普通の人が多いけど、普通の精神科医は心に病気抱えている人結構居るよ、って言ってた。

 ・・・まあ、精神科医の話についてはもういっか。


 それから二、三回通ったかな。その病院に。おっさん先生の言う通り、薬も試してみた。ちょっとだけね。実際飲んでみるとね、不安感や緊張感が解消するというよりも、頭がぼんやりして気持ちが色褪せていく感じだったな。お袋は俺が軽い症状だって聞いて、すごく安心してたよ。

 おっさん先生は定期的に通院するよう勧めてきたけど、お袋がストップをかけて来た。薬についても。正直言って、抵抗があったんだと思うよ。息子が抗うつ剤みたいなの飲んでるって事にね。かくいう俺もあったし。


 でも、とにかくさ、精神科行ってみてやっぱ効果はあったと思うよ。それにさ、慣れというのは恐ろしいもので、次第にその不安感にも慣れてきたんだ。ああ、またこの感覚か、ってね。

 シンドい事には変わりはないんだけどさ。震えるようなことはなくなったかな。それに、不安や気分の浮き沈みの振れ幅みたいのも狭まってきた。周期も、時間単位から日単位、日単位から半月単位と変わっていったよ。そういやその頃からか。電車で、京子と一緒に帰ることが多くなったのは」



 彼が、一気に喋り切る。私は無言で彼に頷いた。微笑みかけるように。心なしか、彼の右手が少し暖かくなってきたような気がした。



「京子と付き合うようになってからも、その症状は完全に消え去ることはなかった。何か事が気になり出すと、ずっと考えちゃうんだ。他人からすればマジでどうでも良いような、些細な事でもさ。

 そういう癖はまだ残ってる。例えば、ちょっと心臓がドキドキして、胸が軽く焼けるように感じる状況が続くことがあるんだ。

 普通の人なら、二、三日放っておけば治るでしょ、って思うだけなんだよね。きっと。それで実際にその通りに過ぎ去って、何事もなく終わるんだと思う。でも俺の場合は違う。そういう風になれないんだ。考えられないんだ」

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