十二話

「お母さん、もうちょっとだよ」

 楽しそうに頭上を見上げている。握りこぶし程の鉄製のボールが、少しずつ上がって行くところだった。完全に上がりきると、球は静かにレールのうえを走り出した。

 男の子が楽しそうに頭上を転がるボールを追いかけて行く。ぐるっと大きく一周して、男の子が戻って来た。コトンと、ボールが決まった位置に落ちる。男の子は、もう一度ハンドルに手をかけようとした。


「一回やったんだから、もう良いでしょ。行くわよ」

男の子の母親は歩き始めてしまった。

「待ってよ。もう一回」

男の子が喚いている。しかし、母親が立ち止まらないことを見て、しぶしぶ母親の元へと走り去って行った。

 

 そのアウトレットには雑貨屋やブティックの他、ゲームセンターやボウリング場、カラオケボックスも入っている。二階建ての構造で、お店の外の天井は吹き抜けになっていた。


「あそこの雑貨屋さん見ても良い?」

「おう、良いよ」


 最初の内は、彼はとても上機嫌だった。色々な雑貨を見て一緒に楽しんでいたからだ。ところが、私の興味が服の方に移り始めると、彼の様子に少しずつ変化が訪れた。それでも最初の方はまだ良かった。彼も、私の服選びを楽しんでいたからだ。


「次、あそこのお店見ても良い?」

私が何軒目かのブティックに入ろうとすると、

「またあ?」

 次第に不満を漏らし始める。

「ゴメンね。・・・じゃあ、待ち合わせする? 私が見ている間、どこか他に好きなお店行ってて」

「いいよ。外のベンチで待ってる」


 彼は店の外に出て行った。この時の私は、こうした彼の態度を大して気に留めていなかった。女物のお店だけにちょっぴり恥ずかしいのかな。そんな程度にしか考えていなかったのだ。更に何軒か足を運んだ後、外のベンチに座って私を待っていた彼は、明らかにどこか様子が変だった。

 ところがこの時も私は、彼の様子の変化よりも、彼のベンチの後ろの植え込みに注意が向いていた。その植え込みは凝った造りになっていて、ウサギや小人の人形が畑を耕しているような風景を演出していた。


「ねえ見て見て、カワイイ」

「・・・」

彼は無反応だった。


 帰りの車の中でも、彼の様子はおかしなままだった。いつもと様子が違うし、どこか不機嫌そうだ。それでも私は、

「今日は楽しかったねえ。また来よう」

と愉快な調子で言ってみせる。彼は、そんな私に対して一切の反応を示すことなく、ただ黙って前を見て運転していた。

「今度来た時は、あの観覧車にも乗ってみようよ」

助手席に座る私が、右手の彼を誘う。そのアウトレットの観覧車は、夕方になると緑色の綺麗なライトアップが施される。私なりに気を遣ったつもりだったが、

「・・・」

彼は、沈黙を破らず。

 

流石に私もイライラしてきた。

「ねえ、何でさっきから黙ってるの?」

「別に」


彼は、ぶっきらぼうな様子で、ようやくそれだけを呟いた。

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