十三話
「あたし、何か気に触わるようなこと言った?」
「・・・」
まるで、私なんか存在していないかの如く、彼は運転に集中している。以前、彼が、俺これからは思ってること溜め込まないで京子に話すようにするわ、と声高々に宣言していたのを思い出した私は、余計にイライラを増幅させてしまった。
「黙ってたら分からないんですけど」
語気を強めて言ってみる。彼は、すぐには言い返してこなかったが、やがて込みあがってくる何かを抑えられなくなったかのように、
「結局今日も、京子に振り回されただけだったな、と思ってさ」
と、返してきた。彼の方もまた、言い方が強い。
「何よ、その言い方」
今日も、という台詞が気に入らなかった。
「折角の久しぶりのデートだってのに。こっちはお前の興味のためだけに時間使いに来たんじゃねぇんだよ」
「だったら途中でそう言えば良かったじゃない。黙ってたって、空気を悪くするだけでしょ」
空気という言葉の表現を用いたけれども、それは限りなく、場の雰囲気という意味を表わす言葉に近い。
「この間、もうあたしには何も溜めずに思ったこと言うよ、なんて調子の良いこと言ってたクセに。全然出来てないじゃない」
私が更に付け加える。
「うるせえな。そっちだってあんまし俺に会ってくれねーじゃん」
「塾で会ってるでしょ。毎週水曜日に」
「そうじゃなくて・・・」
彼が首を振っている。
「京子の中での俺の優先順位が低いってことだよ。自分のやりたいことばっか優先してて、俺のためにあんま時間割いてくれないじゃん」
「・・・」
今度は私が黙る番だった。複雑な想い。それからはお互いにずっと沈黙。私は首を左に傾け、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺める。陽が完全に沈むには、もう少しかかりそうだ。
外の世界では住宅街と草原の繰り返し。時折、高いビルが集中している土地。果てしなく続く歩道を、ジャージ姿でランニングしている男の人がいた。年齢は五十歳くらい。頭は少し薄くなっており、文字通りおじさんという表現がぴったりだった。その先には、犬の散歩をしている小さな女の子が一人。私は少し寒気を覚え、軽く両肘を抱えた。
その後のやりとりはよく覚えていない。それでも、私の家の近くまで来る頃には彼と仲直りをしていた。
「さっきはちょっとキツく言いすぎた。ゴメン」
アパートの前に車を停めてから、彼が、言う。
「ううん、あたしの方こそ」
私は静かに車のドアを開け、車から降りた。彼に笑顔を向ける。
「送ってくれてありがとう。今日は楽しかった。また、デート行こうね」
「おう」
彼も元気な笑顔を作って応じる。
「じゃあね」
そう言うと、車の中の彼に手を振った。
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