九話

「ぶっちゃけちゃうけどさ、アイツ相当惚れてるよ。石川先生に」


 不意を喰らい、頬をちょっぴり赤らめた。正確にいうと、そうなっているだろうと感じていた。


「いつも思うんですよね。どうしてだろう・・・こんな、あたしみたいなヤツなんかに、って」

「アイツはそんな風に思ってないよ。少なくとも」

俺の知る限りは、と健史先生は続けた。


 一呼吸の間があって、


「一方的に想いっぱなしってのも、意外と結構シンドイんだと思うんだよね。でもアイツ止めないんだよ。

『京子は自分のことあんま話さないし、もしかして浮気とかしてんじゃないか』

とか言いながら超不安な顔浮かべるクセに、最終的には、

『でも、やっぱ信じて想い続けてやらなければ駄目だ』

って言ってみせるんだぜ。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちまったよ」

と、健史先生が一気に喋った。



 心の奥底で、それはほんの少しであったけれども、私の何かが揺さぶられた気がした。それは、正常な感性と言うべきものだろう。『普通』に育まれるべき感性。

 きっと彼は、私に対して色々と不満に思うことも多いだろう。そして不安も。それでも彼は、私に愛想を尽かさないで居てくれている。彼の、誠実な態度からいつも感じていたことだ。

 けれど、改めて健史先生に言われてみて、私は微かな心の罪悪感と、そしてたしかなときめきとを感じるのだった。

 私は厭世的になっている訳じゃない。『普通』の人間だ。自分ではそう思っている。ところが、『普通』の人から見ると少し違うらしい・・・。どうしてだろう?

 あら、その理由は簡単じゃない。よく分かってるクセに。心の奥底に居るもう一人の自分が囁いた。


「君ら二人は変わってるからね。変わってる者どうし、くっついたのかも。類は友を呼ぶってのは本当だねえ」

健史先生が、ニヤけながら顔を完全にパソコンの方に戻す。

「ひどーい」


私は言ってみせる。少しは『普通』の女の子のような反応として振る舞えただろうか?



 あ、と健史先生が声をあげる。

「変わってる、で思い出したけど、アイツこないだ天国がどうとか言ってたな」

キーボードを打ちながら健史先生が呟いた。


「それ、あたしも聞きました」

先日の、映画を観る前のことだ。カフェで大変熱く力説していた彼の理論について、健史先生にかいつまんで説明した。話の途中で、そうそう、それそれ、と先生が相槌を連発する。


「究極の理想論だって言ってやった。面白い考えではあったけどね」

「ふふふ。彼、そう言われてどんなリアクションしてました?」

「不貞腐れてた」

「ですよねー」


パソコンのディスプレイを見ながら健史先生が笑っていた。

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