五話
「最近、人を好きになることの意味が少し分かったような気がする。それに、俺にとっての幸福の意味も」
「またそんなことを考えてたの」
カップの中にミルクを入れマドラーでかき混ぜていた私が、半分飽きれ顔を作る。
全く。
もうすぐ美味しそうなミルクティーが出来上がるというのに。
「まあ、聞いてよ」
彼が窘めるように言う。
「はいはい」
「人は自分のしたことに対し、常に何かしらの見返りを求めていると言って良い」
「・・・ふうん。ま、そうかもね」
私は出来上がったミルクティーを一口啜った。まだ少し熱かった。
「人は普通、誰かを好きになるとその人と親しくなりたい、もっと言ってしまえば付き合いたい、自分のものにしてしまいたい、って欲求が起こると思うんだ」
「そうなんでしょうね」
『普通』の人は、という言葉を私は呑みこんだ。勿論、彼の言う『普通』とは、また異なる『普通』という意味だけれども。
「でも、そういった欲求を凌駕する精神的な到達点もあるんじゃないかって考えた・・・」
彼が、勿体ぶったように間を空ける。きっと、この次に飛び出す言葉は、彼にはとても重要なフレーズであるに違いない。
「それは純粋に、好きなその人に幸せになって欲しいと思う境地。自分はその人に関われるだけでも幸せだ、って思える地点のことだと思うんだ」
案の定、彼が、力説する。
「そっか」
私はゆっくりと二度頷く。これが、この議論に対する彼の、今現在の最高峰なんだろうと私は思った。私の視界に、カフェの外で楽しそうに会話をしている男性と、小さな女の子の姿が入ってきた。きっと親子だろう。コルトンは今日も、大賑わいだ。
「これが、いわゆる無償の愛ってヤツなんだと思った」
一気に喋って口の中が乾いたのか、彼は、テーブルの上のコーヒーを一気に飲み干した。
「ところが、だ」
勢いよくコーヒーカップを置いてから続ける。
「この無償の愛ってヤツは、最初に言った、人は常に見返りを求めているという、俺のスタンスに反している」
「ふふふ」
「何笑ってんの?」
彼が、私を見て訝しむ。当然と言えば、当然だ。
「ゴメンゴメン。なんかさっきから、ところどころ畏まった言葉づかいが可笑しくて」
「・・・。ホント、そう言う京子も変わってるよな」
彼の顔も少し和らいだ。笑いが収まってくると、
「それじゃあ、俺のスタンスに反している、からの続きをお願い」
そう私は仕切り直しをして、先を促す。
「うん。だからさ、やっぱり、無償の愛なんてものはないんだよ。つまり、無償の愛とは、自分は好きな人に関われるだけでも幸せなんだ、って思えることへの見返りなんだ。精神的な豊かさみたいなもん、って言えば良いかな。その豊かさを享受することへの見返りなんだ」
「なるほどねえ」
理解するための間を少し取ってから、今度は深く一度だけ頷いた。素直に感心していた。議論の方向や実現の可能性はどうあれ、彼は、彼なりに物事をしっかり考えている。彼の魅力のうちの一つだ。
確かに、考え過ぎるのはあまり身体に良くないかも知れない。けれど、こういったことを思いつくメリットもある。
私には一生思いつけないんだろうな、きっと。私は純粋にそう思った。ミルクティーのカップを口へと運ぶと、既にぬるくなっていた。
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