四話
ミホなりに色々と思うこともあったかも知れないけれど、それ以上深くは詮索してこなかった。しばらくの間、彼女は黙々と鋏を動かしていた。髪の毛を必要な分だけ指の間に摘み上げ、上から下に向かって鋏をスライドさせて剥いていく。素早くて滑らかな動きだった。鏡に映るそんなミホの動作を、なんとなくぼんやりと眺めていた。
「あたしの彼ね、たまに不安にあることがあるんだって」
「へえ」
私が急に話しかけたので、少し虚をつかれたようだ。
「不安なんて誰にだってあるわよ」
一呼吸置いてからミホが続けた。
「それがね、ちょっと変わってるの。不安になる時期があって、その時期の間は不安になる時間帯があるんだって」
「何それ? どういうこと?」
ミホは、訳の分からなそうな顔をしている。実際のところ、私自身もよく分かっていない。
「夕方から夜の九時くらいまでが不安な時間らしいよ。でも、お風呂を出るとその不安な気持ちが少し和らぐんだって。お風呂に入って肌に感じる温度が変われば、気分も変わるから、って言ってた」
「変わってるねえ」
「変わってるでしょ」
「何が不安なの? 京子の彼氏殿は」
今切っている髪の部分を切り終わってから、ミホが尋ねる。
「自分でもよく分からない、って言ってた。でも、彼曰く小さい頃からそういうことはあったらしいの。最近になって、大人になって、やっと自覚した、って」
「ふうん」
ミホの手が再び動き始める。
「小学生の頃、夏休み中に登校日ってあったの覚えてる?」
「あったね。そういえば」
ミホは一瞬、昔を懐かしむように鏡の中の私を見つめる。
「彼ね、その登校日の日に手提げ袋で学校に行くか、それともランドセルで行くかすごく不安になって、友達に電話で確認してたんだって。その友達と一緒になるように」
「あはは。変だね」
「変でしょ」
私も笑った。ところが、しばしの沈黙の後、
「大丈夫なの? その、彼」
とミホが尋ねる。半分冗談ながらも、もう半分は友達である私を心配してくれている。そんな表情だった。
「今の時期は大丈夫みたい。そろそろ就活も始まるみたいだし、何かと忙しい方が、調子が良いって言ってた」
「そっか。なら良かったね」
ハスキーなミホは、これ以上は何も言ってこなかった。
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