三話

「でもあたしは、このままで良いの」

ミホは観念したかのように、

「わかたよ」

と言って、タブレット画面上に指を走らせた。

「ふふふ」


 ミホのいつもの感じとハスキーな声に、私はどこか安心するのだった。私の髪を切りだしてから少しが経った頃、不意にミホが

「京子の彼はロングな子が好きなの?」

と、尋ねる。

「そうみたい」

私はそのように応える。


 いつだったか。講師室で彼が、髪の長い女の子の魅力を、健史先生と熱く語り合っていたのを思い出した。尤も、どんな経緯でそんな話になったとか、詳しい内容はよく覚えていないけれども。


「ホント男は髪の長い女の子が好きだからねえ。そうか、その彼のために京子は長くしてるのか」

納得したようにミホが頷いた。

「ううん、別にそういうわけじゃないの」

「じゃあ、どうして? 京子は短くしても絶対似合いそうだけどな」

「ありがとう。何でだろうね・・・ よく分からない。うまく伝わるか分からないけれど、そういうのにあまり興味が湧かない、って言えば良いのかな」



 私以外の人間に伝えるとなると、漠然とした表現しか思いつかない。自分自身でさえ、よく分からないのだ。お化粧したり、お洒落したりすることに、あまり強い関心を抱かないということが。『普通』の女の子が関心を示すことに関心がない。どうして?どうしてそうなった・・・?



「ふうん。まあ、色々あるんだね」

ミホが慣れた手つきで鋏を流していく。あまり深くまで突っ込んで訊いてこないところが、この友人の良いところだ。

「ミホはどうなの? 同棲中の彼とは」

私が違う話題に水を向ける。

「大変だねえ。一言で言うと」

ミホは少し苦笑い。

「一緒に暮らしてるとさ、今まで知らなかった相手の一面だったり癖だったりがよおく見えてくるからね。まるで異文化交流だよ。他にもご飯作ったり洗濯したり、と色々大変だわ。お母さんの偉大さが、今になってよく分かる」

「そうなんだ」


 それはそうだろうなと、私は思った。想像だけで、理解と実感は湧かないけれど。

「でも、すごいよね。この歳でもう同棲なんて。あたしには絶対無理」

「確かに少し早いかもね。でも、うちのお母さんも結婚して私を産んだのが二十四の時だったし。どうやらそういうのも遺伝するっぽい」

今度は少し悪戯っぽい笑顔を浮かべている。


ん?と、ある事が脳裏をよぎる。

「え? もしかして! もう?」

「シッ。声デカイって。・・・それはまだよ」

一瞬、ミホが鋏を動かす手を止める。

「ゴメン」


 私は恥ずかしくなって、周囲を見渡す。誰もこちらの方に注意を向けていないようだったので、私は安心した。少しの間の後、

「京子は今の彼と、同棲とか考えてないの?」

と、正面の鏡越しにミホが訊く。ゆくゆくは、だけどさ。と付け加えた。

「考えたこともない」

鏡の中のミホに向かって答えた。

「でもさ、来年からもう働くんでしょ? 次の大きなイベントって言えば結婚くらいじゃない?」

「そうねえ。でもあたし、結婚願望とか全然ないし」

「へえ・・・。やっぱちょっぴり変わってんね、相変わらず」

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