十二話
アパートの前に自転車を停め、一階の通路を真っ直ぐに進む。一番奥から一つ手前の部屋が私が借りている部屋だった。この部屋に住みはじめて三年が経っているが、まだどこか新築の匂いが残っている。
キーを差し、ロックを外す。いつ見ても頑丈そうなドアだな、と思う。私はドアノブを回して、
「ゴメン。洗濯物を取りこむから、ここでちょっと待ってて」
と、彼に両手を合わせる。
「どうぞ」
彼は、女子の事情を察したのか、私の申し出を受け入れてくれたようだ。
数分後、
「お邪魔しまーす」
と、彼が、靴脱ぎで靴を揃え、私の部屋への第一歩を踏み出した。
「どうぞ。散らかっておりますが」
いつにも増して彼は機嫌が良さそうだ。いや、どこか可笑しい。玄関先から横幅ニメートルのフローリングが、感触は若干柔らかいのだけれども、真っ直ぐと次なる扉へと続いている。途中、左手にキッチンと冷蔵庫。右手にはドアがあり、それを開けると向かって中央に洗面所。化粧品などをいくつか並べているけれど、その数は少ない。普通の女の子が見たらきっと驚くことだろう。
左手に洋式トイレ。ドアは引き戸となっている。右手のドアの先にお風呂。このアパートは、ユニットバスではなくセパレート式となっている。
「殺風景な部屋だな。女の子の部屋にしては」
広さ七畳半の部屋に到達した彼が、素直な感想を述べた。
「初めてだっけ? あたしの部屋に来るの」
このように訊いたのは、彼が、何回も私の部屋に来たことがあるかのような錯覚に囚われていたからだ。彼に殺風景と言われて、失礼しちゃう、なんていう気持ちはつゆにも湧かない。私の部屋にはぬいぐるみだったりアイドルの写真だったり、そんな類のものは一切ない。
「うん。やっと念願が叶った。俺、家は実家だからさ、一人暮らしの彼女の家に泊まったりするの夢だったんだよね」
彼の表情はとても明るかった。
「適当に座ってて。荷物もどこかそこらへんに置いといていいよ」
「おう。ありがとう」
「上着、ハンガーに掛ける?」
「いや、大丈夫」
「ちょっと待っててね。今、お茶入れるから」
「いいよ。おかまいなく」
彼はそう言いながらも、フローリングの上に敷かれた黒の絨毯の上に腰を落ち着かせてあぐらを組み、ベージュのテーブルの上にその両手を載せていた。その様子が何だかちょっぴり可笑しい。
「ふふふ。テレビでも観ながらくつろいでて下さいな。緑茶でいいよね?」
「はい、何でも結構で御座います」
彼の反応を見てから、私はキッチンへと向かった。七畳半の部屋は、向かって左手奥にシングルベッド。入ってすぐ右手前には鏡付きの収納扉。クローゼットのスペースは三段構成になっており、かなり便利だ。
位置的にはちょうど、トイレの裏側に当たる。部屋の中央右手にはコンパクトな勉強机があり、その隣には本棚。右手奥には三十二型の液晶テレビと、テレビ台下のレコーダー。そろそろ記憶容量の大きい最新のものに買い替えようかと思案していたところだ。そして、彼が座っているテーブルは、ベッドとテレビのちょうど中間あたりに位置していた。
「お茶入りましたよ~」
私は、お盆に載せてあった二つの湯飲み茶碗のうち、テーブルの上にその一つを置き、もう片方を手に取りベッドに腰かけた。
「サンキュ」
彼はお礼を言うと、お茶を一口啜った。私がお茶を運んで来るまで、別にテレビを観ていたわけでもなく、ただ何となくこの殺風景な部屋を眺めているようだった。
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