十一話
授業が終わると、その日も彼と、途中まで一緒に帰ることになった。駅のホームで電車がやって来るのを待つ。
「今日、夜飯でも食ってかない?」
彼が私を誘う。今日も私が塾に遅れて来たことについては、何も触れなかった。
「いいよ。行こっか」
「たまには飲もうぜ」
私が居酒屋を提案すると、彼は意外だったようで、少し虚を突かれたような顔をしていた。
JR西船橋駅に到着すると、私と彼は、適当な居酒屋を探した。駅前のロータリーには所狭しとタクシーが停まっている。ここはロータリー自体はそこそこ広いのだけれども、ロータリーに入って来る道と、出て行く道が狭い。路上駐車している車や、店の前を歩く人々が、その出入り口となる道路をより狭くしているのは間違いないのだった。
右手に見えるパチンコ店には、平日にもかかわらず多くの客が入っていた。いや、平日だからこそ多いのだろうか。私と彼はロータリーへと入って来る方の道を通り、幹線道路へと出た。その道路沿いに有名居酒屋チェーンが在り、私達はそのお店に入ることにした。
平日だけあって、こちらの方は空いていた。四人掛けのテーブル席に着くと、すぐに店員の女性がおしぼりを二つ持ってきてくれた。感じの良い、とても丁寧な渡し方だった。果たして、私にあれだけ丁寧な渡し方ができるかな、と考えたりした。
「京子、何飲む?」
彼が、メニューを眺めながら訊く。
「梅酒ロック」
私が即答すると、
「好きだねえ」
と、メニューから顔を上げた彼が、笑いだす。
「うん」
頷くと、私も少し、笑った。
この日は話に花が咲き、時間が経つのを忘れていた。話した内容はある生徒の話題だった。お互いお酒が入っていたせいもあるが、意外に盛り上がった。それから健史先生の話題が少し。彼曰く、自分と健史先生は似ているところ
が多いけれど、決して同じではない、らしい。
そうこうしているうちに、あっという間にラストオーダーの時間がやってきた。
「やばい、終電逃した」
彼が、ちょっぴりイタズラ笑いを浮かべる。
「逃しちゃったから、あたしの部屋に泊まっていきたいんでしょ」
私も、オウムのようにそっくりそのままの表情を浮かべて返す。
「うん。泊めて」
「・・・まあ、しょうがないよね」
正直言って、あまり気が進まなかったが、仕方がない。明日のゼミの準備も既に終わっているし、何も問題はないと言ってしまえば問題はない。
店を出て、二人で駐輪場へと向かう。自転車置き場から私が自転車を引いて出てくると、
「チャリンコ、俺が引こうか?」
と、彼が、申し出てくれた。
「ううん、大丈夫。荷物、籠に入れていいよ」
「いいよいいよ。京子のバッグを入れときな」
夜風が頬を伝わり、次第に酔いが冷めてくる。彼の方はまだらしく、可笑しな発言を連発して私の機嫌を取っているようだった。私達は幹線道路沿いに、約一駅分歩いた。深夜とあってか、スピードを飛ばす車両の数が多い。
大きな交差点を渡り切ったところで、彼が、危ないぜと言って歩道の外側にまわってくれた。私は内側になり、自転車を引く手を右側から左側へと持ち変えた。
「そんなに気を遣ってくれなくてもいいのに」
彼に微笑みかける。
「尽くしたいのだ」
彼は、少し照れながら、前を向いて言った。
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