三話
「石川さぁん、石川
医療受付の女性スタッフが、私の名前を呼ぶ。
私は会計を済まして薬を受け取ると、足早に薬局を出た。
医師から処方された薬の効能を読みながら、JR市川駅へと向かう。途中、腕時計の時刻を確認した。
顔を上げると、駅前の広いロータリーに無数のタクシーと数台のバスが停まっているのが見えた。
とある高校行きのバスがちょうど出発し、駅に向かう私とすれ違った。
携帯のアプリで通貨をチャージして、改札を通る。階段を昇って駅のホームに着くと、すぐに千葉駅行きの各駅停車がホームに流れ込んできた。平日の昼間ということもあり、車内は閑散としている。これが後一時間も経てば、帰宅ラッシュへと突入するのだった。乗り込んだドアと反対側の窓側に立ち、ふと高いビルを見上げた。某企業の本社ビルだった。
電車は静かに、そして時刻通りに運転していた。反対側の窓に大きなショッピングモールが映る。
それは本八幡駅と下総中山駅の間に存在していた。彼と、デートで来る場所でもある。
よく一緒に映画を観に来てるな、と思った。奥の方には住宅公園や市営の図書館もある。図書館には円柱状に伸びた三角屋根を何個か連ねている箇所があり、私にとってはどこか印象的だった。テニスコートも近くにあり、そこのテニススクールに通おうと思ったことも何度かあった。
「一緒にここのテニススクールに通ってみない?」
私が彼に尋ねた。
「テニスかあ・・・ 」
それ以上は何も喋らない。
「なに? あまり乗り気じゃないの?」
「やってみたら楽しいと思うけど、やるまでの手続きと過程が少し憂鬱で不安」
「え? 何で?」
私は改めて彼を、変わった人だな、と思う。それと同時に、面白い人だな、とも思うのだった。
「何にでも興味が持てる。そんな能力がある京子が、羨ましいよ」
「能力? 面白い言い方するのね」
彼はよく不思議な言い回しをすることがあった。
電車は西船橋駅に到着し、私はJR武蔵野線に乗り換える。降りるべき駅にはそれから十五分程で到着した。駅の前には小高いビルが複数点在している。行き交う人々の数やタクシー・バスの量は、市川駅の方が若干多かった。
そもそもロータリーの広さがこことは二倍くらい違う。それでも駅前はとても賑やかに感じられた。
私は小高いビルのうちの一つを目指す。一階の短いホールを右に折れると、すぐにエレベーターがある。このビルのエレベーターは一機だけであったが、その割にはすぐに到着する。私は箱に乗り込むと、五階のボタンを押した。途中一回も停まることなく、五階に到着した。降りるとき、やはりこのエレベーターは仕事が早い、と、いつも再認識する。
通路の向かって右手に湯沸かし室、その隣にトイレ。湯沸かし室の左隣に、私の入るべきドア。そこからさらに数メートル距離が開いた左のドアには、テナント募集中の張り紙が貼ってある。
私は、私の入るべきドアノブを回し、その中へと入った。
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