四話

「こんにちは」

私が挨拶をする。

「こんにちはー」

塾の教室長も私に挨拶を返してきた。

室長はカウンターのデスクに座ってパソコンを打っている。表情がいつもより明るい。何か良いことでもあったのかなと、私は心の中で少し笑った。


 カウンターの横を通り抜け、奥の講師室へと向かう。講師室といっても、ある一定のスペースをブースで区切り、そこに教材の棚やテーブル、コピー機などを設置しているだけだ。テーブルは細長いもので、講師室のスペースには一つだけしか収まらない。他には冷蔵庫や電子レンジも置かれている。


「こんにちは」

今度は室内にいる講師達に対して挨拶をする。

「おう、石川先生こんちはー」

健史先生が、他の講師陣を代弁するかのように挨拶してきた。

ところが、言い終えるとすぐに向きを変え、話を再開する。相手は、彼、だ。


講師室では健史先生と、彼が、何やら議論のようなものを展開していた。二人はテーブルで向かい

合いながら話に夢中だった。また、教材棚で問題集を見ている講師が一人。エリカだった。


「こんにちは、エリカ」

エリカに笑顔を向ける。

「やっほー」

顔をあげ、私に微笑み返す。

「ふふふ」

私は少し笑った。勿論、本心から。

「え、何で笑ってるの?」

エリカが少し訝しむように私の表情を見る。エリカも半分は笑っていた。いつものことだ。

「やっほー、って何だか可笑しくて」

私が応える。

「いいの。今日は何だかハッピーなの」

「それはそれは」

この間話していたことが、きっとうまくいったんだろうと私は推測した。

授業が終わったら事情聴取してやろうと、私は心に決めた。



 今日の私の担当は一コマだけだった。中学三年生の英語と、高校三年生の数学を担当することになっている。この塾の授業は基本、講師一に対し、生徒二、の個別指導だ。必要な教材を棚から下ろすと、私はテーブルの座り、急いで授業の準備を始めた。エリカはコピー機で問題集を数ページコピーしているようだった。

授業で、生徒に解かすためのものか、宿題で解かすものか、そのどちらかだろう。


「人間関係ってのはさ、結局は、お互いの気が合うか合わないかだと思うぜ」

議論が白熱してきたのか、健史先生の声のトーンが徐々に上がってきている。

「いや、そのスタンスは納得できない」

彼が、反論する。

「それだけで片づけてしまうのは好きじゃない」

と、さらに続ける。


「俺だって最初はそうだったけど、色々考えた末に、結局そういう結論に至るんだよね」

彼を諭すように健史先生が応じる。


「じゃあ、健史先生はウマが合わないヤツとは付き合わないってわけ?」

「就職したらそうはいかないだろうな。でも、この大学生という自由な猶予期間中は是非そうして居たいね」

「ふうん、何で?」

彼が、訊く。

「色々疲れんじゃん。気、遣ったり。沈黙したら妙に気まずいし」

健史先生が応戦。

「いかに沈黙していられるかを、親しみの尺度にしてるヤツだって居るぜ」

彼も、負けじと応戦する。


「だからさ、やっぱりそれって合わない、ってことじゃねーの? 俺だって仲良いヤツとの沈黙は全然平気だぜ。気心知れてるからな。でも、それを気まずい、と感じるヤツは合わないんじゃないの? というか、気の合うヤツってのは、いつの間にか自然と仲良くなってるもんだべ。話題なんか全然合わなくても、自然とそうなるんだよ。

コイツと仲良くしたいと思って、自分が頑張った結果、仲良くなることはあんましないな。

例え、話すための共通の話題に溢れていても、ね。ま、女の子は別だけどね」


健史先生が一気に喋りきる。心なしか最後のフレーズの部分は愉快に聞こえた。

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