第8話 新しい生活

 その日は、目まぐるしく、次から次へといろいろなことが起こった。

 あの後、琢磨さんに自室に案内された。小さなシングルベッドと、自分の家で使っていた勉強机が置かれており、クローゼットの中には、すでに叔母の家から運ばれた洋服がきれいに整頓されて入っていた。

 あの家の大人たちが、葵のことを気遣って、前の生活で使っていたものをそのまま新しい家に移してくれたと知ったのは、ずっとあとのことだった。

 夕飯まで眠ってもいいし、休むように言われ、葵はひとりで部屋に残された。

 前の学校の友達たちからもらった寄せ書きや、教科書、担任の先生がくれた手紙なんかを読み返して、またすぐに叔母と叔父に会いたくなった。

 言われた通り、叔母からもらったれた通りレターセットと万年筆を、机の中にしまう。机の上のシートの間には、前の学校の時間割がまだ入っていた。

 明日には新しい学校に行かなくてはならない。

 それを考えると気が重かった。もともと友達もすぐにできるタイプではなかったし、何より知っている人が誰もいない場所だ。不安で身が縮こまりそうだった。

 そのとき、小さく扉をノックする音がした。

「入ってもいい?」

 可愛らしい女の声がする。慌てて返事をすると、さきほど食事の際にテーブルに座っていた人形じみた女の子が入ってきた。

 萌絵と紹介されていた女の子だ。

「こんにちは。私、葵ちゃん来るの、すごく楽しみだったんだ」

 萌絵ちゃんは、そういうと、すぐに部屋の中に入り、床の上に持ってきたお菓子を並べた。

「本当はこういうお菓子は禁止なの。でも今日は特別。育代さんがそのうちジュースを持ってきてくれる」

 萌絵ちゃんは、そういうとさながらパーティのように、お菓子を広げだした。

 葵が黙っていると、葵ちゃんは、と萌絵が続けた。

「このおうちの大事な預かりものなんだって。ママにも仲良くするように言われたの」

「預かりもの?」

 葵は訳が分からず繰り返した。

「小学校は別だけど、おうちに帰ったら遊べるからね。あとお隣の珠ちゃんと光一くんは葵ちゃんと同じ小学校だから、毎朝一緒に行けるね」

「お隣?」

「うん。来るときに赤い屋根のおうちが隣にあるの、気づかなかった?」

 葵はふるふると首を振る。

「珠ちゃんは葵ちゃんと同い年。光一君はもっと上だけど」

「周くんは? 萌絵ちゃんのお兄ちゃんだよね?」

 葵が聞き返すと、萌絵ちゃんは首を振った。

「お兄ちゃんはもう寮に入っちゃったから、全然遊んでくれない」

 ふぅん、と葵がつぶやくと、萌絵ちゃんの言っていたとおり、育代さんがジュースを持ってきてくれた。

「あらあら、すっかり仲良しですね」

「育代さん、明日葵ちゃんと学校に行くの?」いいな

「ええ、ええ。行きますよ。お隣の珠ちゃんとおんなじクラスですからね。葵ちゃんも全然心配いらないですよ」

 育代さんの発言を聞いて、萌絵ちゃんはいいなぁと大きな声を出した。

「私も転校したい!」

「奥様がお許しになりませんよ」

 育代さんが宥めるように言う。

「さぁさぁ、夕食の前までに萌絵ちゃんはピアノのレッスンを終わらせないと。また奥様に叱られますよ」

 萌絵ちゃんは、はぁい、とつぶやいて、葵に「すぐ終わるの、待ってて」と言って部屋を出ていった。

 

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