第7話 母屋と離れの家

 おいしいのかどうかよくわからない食事を終え、琢磨さんに家の中をひととおり案内された。食事をした大きなダイニングルーム、お手伝いさんの部屋、啓一さんと綾子さんの部屋、それぞれの子どもたちの部屋。お風呂場、お手洗い、台所。

 次から次へと現れる部屋に圧倒された。

 部屋と部屋をつなぐ廊下からは、広い庭が見渡せた。向こう側にもいくつか建物がある。ぼんやりと見ていると、

「あっちは祖父と祖母が住んでる離れ」

 と琢磨さんがいった。

「あっちは?」

「あっちは誰も使ってないな」

 葵が離れと説明された家の隣に建つ小ぶりな建物を指して聞いた。どちらの家も壁が鈍色に光っている。どこか大きな家も離れの家もその横にある家も感じが似ている。古いけどお金をかけて建てられたような家だった。

「使わないの?」

「いつか、俺が住むかな…」

 独り言のような言い方だった。

「今はここにいないの?」

 葵の発言が意外だったのか、背の高い琢磨さんがぱっと葵を振り返った。

「帰っちゃうの?」

 ここまで、葵にとって一番身近な人間は琢磨さんだった。一番葵のことをきにかけていることが本能的に伝わっていた。これからここで生活しなくてはいけない不安でいっぱいだった。

「帰るけど、今日は夜までいるよ」

 琢磨さんは、、スーツ姿のまま葵に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

「明日は? 帰るの?」

 こらえきれないように琢磨さんは笑い出した。

「明日は帰るけど、しょっちゅう来るよ。仕事もあるし」

「でも帰っちゃうんだよね?」

 葵の言葉がよほど情けなく聞こえたらしい。

「心配しなくても、育代さんでも俺でもいいから何でも相談するんだ。君はもうここの家族なんだから」

 ゆっくり、噛んで含めるように琢磨さんはいった。切れ長の目が、柔らかくなった気がした。

「あたし……、この家にもらわれたの?」

「……」

「…琢磨さんのお父さんとお母さんが、あたしのお父さんとお母さんになるの?」

 琢磨さんは何と言ったらいいのか困ってるみたいだった。

「ちょっと違うんだ。君の両親は変わらず、亡くなった両親だよ」

 ずっと我慢をしていたが、琢磨さんの口から亡くなったお父さんとお母さんの話を聞いたら、涙が出てきた。

 琢磨さんは泣きだした葵が、いよいよ手に負えなくなったみたいに困っていた。

「ごめん、ごめん。今はまだ分からないよな。そのうち分かるときが来るから」

 葵は目をごしごしこすって、泣き止もうと努力した。

「琢磨さん、旦那さまがお呼びですよ。離れでお待ちです」

 そのとき、向こう側から来た育代さんが、琢磨さんに声をかけた。

「今行きます。葵ちゃんを部屋まで連れていきますよ」

「私が代わりに行きますが」

 育代さんはそういったが、琢磨さんは私の手を取った。大きくて、大人の人の手だと思った。

「いいですよ。待たせておきましょう」

「すっかり懐かれてますね」

 育代さんは笑って、葵と琢磨さんを見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る