第6話 大きな家と不思議な家族

 泣きつかれたせいで、車に数時間揺られている間に眠ってしまったらしい。

「着きましたよ」

 育代さんに肩を優しく叩かれ、眠い目をこすったときは、すでに日はもう高かった。見慣れない街だった。自分が暮らしていたところより、ずっと大きく、ビルが高く、人が多く、街全体がよそよそしい感じがした。

「やっぱり遠いですねぇ。もうすぐお昼にした方がよさそうですね」

 育代さんが琢磨さんに話しかけた言葉を聞いて、自分はものすごく遠いところにきてしまったのだと、また涙が出てきた。心細く、これからどんな生活が待っているのかと思うと、さっき別れた叔母のところに戻りたくなる。

 車は駅前を抜け、どんどん閑静な住宅街に入っていた。坂が多い街だと思った。最後に急な坂を上ると、土地が開け、大きな木が生い茂った立派な門が見えてきた。

「葵ちゃん」

 前を向いたまま運転していた琢磨さんは声をかけた。

「はい」

「あそこが今日から君の家だよ」

 言いながら車はゆっくりと長く続く塀づたいに動く。

「大きい…」

「そう。住んでる人はそんなにいないけどね。お客が多い家なんだ」

 琢磨さんはゆっくりと立派な門をくぐる。ぐるっと大きく回って、車を止めた。

 私にははじめ何階建ての家なのか、どこまで建物が続いているのか分からなかった。育代さんに促されて、車を降りると、大きな玄関が開いた。目の前にはいくつか組み合わされた御影石、高い天井に、立派な柱。今まで入ったことのないような大豪邸だった。呆気に取られていると奥からシルクハットを被りうちに来た老人が、ゆったりした着物姿で出てきた。

「やぁ、葵ちゃん。待っていたよ」

 しわくちゃの顔をもっとくしゃくしゃにしている。大きな声で、髪はふさふさだけど真っ白だった。琢磨さんより背が小さいのにすごく大きく見える。

「こんにちは」

 自分の声が緊張して、広い玄関に消えていきそうだった。

「さぁさぁ、お上がんなさい。今日はみんな君を待っていたんだよ。お昼の用意をしているから、さぁこっちへ」

「葵ちゃん、一緒に行こう。奥にみんないるから」

 後ろから琢磨さんに促され、長い廊下を通り、さらに奥に進む。大きな扉が開いて、中にいた人たちが一斉に葵の方を向いた。

 大きなダイニングテーブル。ゆったり広くとった席が八席ほどあり、それぞれの前にすでに料理が並んでいた。

「葵ちゃん、あの男の子の隣に座って」

 琢磨さんが背中をそっと押しながら、目線を送った。自分よりいくつか年上の、利発そうだけど線の細い少年が硬い顔をして座っていた。その少年の隣には葵より年下そうな、お人形のような可愛らしい少女が、はにかんだ笑顔を見せていた。

 恐る恐る席に座る。両親の家でも叔母の家でも、食べたことのないような料理だった。きれいなビードロの箸置きに漆塗りの美しい箸が置いてあった。

「さぁ、これでみんな揃った。みんなを紹介するから」

 闊達な老人がお酒を飲みだしのをきっかけに、みんながおのおの箸をつけだした。葵もまわりを見ながら、目の前の料理を口に含んだが、緊張のあまり何を食べているのか全く分からなかった。

「私がこの家の当主の久我だ。もうすでに老人だがね。何度か君のおうちに行ったことがあるね。君の亡くなったおばあさん、お母さんのお母さんのことだけど、あの人のことをとてもよく覚えているよ。こうして君を見てると、昔に戻ったようだ。とてもよく似てるね」

 老人は向かい合う形のダイニングテーブルの真ん中に、ちょうど左右に並んだ人たちを見渡せる形で座っている。そのちょうど反対側に座っているのが琢磨さんだった。

 老人はそこまで一気に言い切ると、葵の顔を覗き込んでにっこり笑った。葵は自分の祖母について、他人の口から利くのは初めてだった。呆気に取られていると、老人は葵の戸惑った表情を無視して続けた。

「向こうに座ってるのが孫の琢磨だ。今は弁護士をしているが、いずれうちの家業を継ぐことになっている。一緒には住んでいないが、君の面倒を見てくれる」

 琢磨さんは表情を硬くしたまま、うつむいていた。

「それでこれがうちの家内だ。私たちは離れにいるのであまりここには来ないけどね」

 老人のすぐ右隣に着物姿で座っていたおばあさんを紹介した。一瞬目が合っただけだが、子供の頃に亡くなってしまった自分のおばあちゃんとは比較にならないほど、恐ろしく怖い印象だった。ひとことも発せず、頭を下げた葵を一目して、一切を無視した。その冷たい空気に、身が縮こまる思いだった。

「その隣が私の息子との啓一と妻の綾子だ。しばらくは君の保護者になるから何かあったら相談しなさい」

「葵ちゃん、私も綾子もなかなかこの家にいないが、何か困ったことがあったら相談しなさい」

 啓一さんは、どこか若々しく、息子琢磨さんよりずっと砕けた印象だった。その隣の綾子さんも華やかで美しい。こんな若い人が琢磨さんのお母さんとはとても信じられず、不思議な感じだった。

「こちらが息子の周と萌絵。周が葵ちゃんより3歳年上、中一なんだけど普段は寮に入ってるからここにはいないわ。萌絵は葵ちゃんより1歳年下。若葉私立小学校に通ってるわ」

 綾子さんの綺麗に塗られた爪の指で、ふたりの子供たちを紹介した。

「あとは、さきほどここに一緒に来たお手伝いの育代さんだ。もう一人、離れのほうを手伝ってくれてるトメさんもそのうち会うだろう。困ったことがあったら、何でも相談しなさい」

 これで、この家のフルメンバーだった。

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