第5話 森の中の家へ

 私は小学校四年から五年生に上がるタイミングで、引っ越しをし、転校することになった。

 この家から車で一時間ほどの場所だから、いつでも帰ってこられる。

 叔母と同じく優しそうな叔父は、何度も私にそう言って、たくさんのレターセットとモンブランの万年筆をくれた。

「これは、葵ちゃんのお父さんが使ってたものなんだよ。手紙を書くときにはこの万年筆で書きなさい。大切にするんだよ」

 叔母と叔父は私が寂しくないように、たくさんのものを持たせようとした。団地から引き取った子供の頃から一緒に寝ているジョージとモンチッチのぬいぐるみ。母が使っていたカーディガン。子供の頃からの家族写真をきちんとスクラップしてアルバムにしてくれた。

 母の形見の宝石などはひとまとめにし、段ボールにまとめて、叔母の家できちんと保管してくれるという。

 最後に、叔母は、母と父がつけていた結婚指輪をひとつのネックレスに通し、私に渡した。

「大切にね。無くさないように」

 私は、同じクラスのお友達からもらった手紙と一緒に、その指輪のネックレスを小さな箱に入れて、荷物の中に詰めた。


 迎えには、あの黒塗りの車に乗っていた、若い男の人と、お手伝いのおばさんが、普通の自家用車でやってきた。

 玄関で叔母と叔父と迎えを待っていたよそ行きの服を着た私に、スーツ姿の男の人は、一礼すると、お葬式の日と同じように膝を折って私と目を合わせた。

「井上葵ちゃん。俺は久我琢磨といいます。ちゃんと話をするのは初めてだね」

 そこで初めてにこっと私に笑いかけた。この前来たときより、ずっと優しそうな感じがした。

「井上葵です。よろしくお願いします」

 叔母に教えられたまま、きちんとお辞儀をした。

 いくつくらいなんだろう? 私は、この人をおじさんと呼ぶべきか、お兄さんと呼ぶべきか、分からなかった。

「こっちはお手伝いの育代さん」

 隣にいた、この前と同じ優しそうなおばさんが挨拶をする。

「どうぞよろしく。皆さん、葵さんが来るのを家でお待ちしていますよ。さあ」

 育代さんに促されてあっという間に車の後部座席に乗せられた。車の窓を開けると、叔母と叔父は琢磨さんに深々と頭を下げていた。叔母の肩が震えている。泣いているのかも。私は途端に車から降りたくなった。か細い声で、どうぞ姪をよろしく、どうぞよろしくお願いします、と言っているのが聞こえる。

 琢磨さんも深々と頭を下げている。琢磨さんが運転席に乗り込むと、叔母は泣き顔のまま、窓越しに私の方に身を乗り出した。

「葵ちゃん」

「叔母さん」

「お願いします。久我さん、どうか、姪を、どうかよろしくお願いします」

「大丈夫です。きちんとお預かりします」

 運転席から琢磨さんが後ろを向いて、頭を下げる。

「さあさあ、またいつでも会えますよ」

 育代さんが、大げさな、という感じで笑ったが、私はもう叔母につられて涙が止まらなかった。

「葵ちゃん、しっかりね。手紙、書いてね…」

 叔母の声が遠ざかる中、車がゆっくり出発した。


「まったく、私たちを人さらいか何かと思ってるんでしょうか」

 育代さんがティッシュで、涙でぐしゃぐしゃになった私の顔を拭いてくれたが、その声はどこか呆れていて、先ほどの叔母のことを馬鹿にしている空気があった。

「人さらいでしょう。普通に」

 琢磨さんが前を向いたまま、硬い声で答えた。

 育代さんは琢磨さんの声に驚いた様子だったが、私の背中をさすりながら、

「さぁさぁ、着いたらおやつにしましょうね。何も心配することはないんですよ。このばぁばがおりますし、琢磨さんが全部いいようにしてくれますからね」

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