第3話 叔母の家
両親が亡くなり、私はそのまま叔母の家に引き取られた。叔母は大学に勤める旦那さんとまだ小学校に上がる前の樹という男の子と暮らしていた。
叔母は、母によく似て優しかった。優しかったが、いつも私に申し訳なさそうだったと思う。実際よくそう言っていた。力になれなくてごめん、こんなおばさんでごめん、と何度も言っていた。
もちろんこの意味が分かるのも、ずっと後になってからだった。
叔母は小さな建売の家に住んでいた。
その小さな庭のついた家に、再び黒塗りの車が止まったのも、また同じように天気のいい日曜日だった。
その前日、うちの両親、特に母が昔から親しくしていた家の人が来ること、初めの挨拶だけは出ること、を叔母に言われていた。
あの団地の四階から見た車と、たぶん同じ車が叔母と叔父の家に止まった。出てくる人も初老のシルクハットの男性と、若い男性と同じだ。ただ、今回は、叔母よりも母よりも年配の、五十歳くらいの優しそうな地味な感じの女性が続いて下りた。
和室にある両親の仏壇に順番に焼香をして、叔父と叔母と私、初老の男性、若い男性、そして優しそうなおばさんが向かい合った。
ひととおりのお悔やみの言葉が述べられると、初老の男性が「早速、本題に入りますが」と口火を切った。
その言葉に慌てて、叔母と叔父が同時に「待ってください」と声を上げた。
何なんだ、この雰囲気は。
自分を取り巻く状況に驚いていると、若い男性が見かねたように、私に真っすぐ向き合って聞いた。
「葵ちゃんは、学校で何の授業が好きなの」
私が初めてこの人の声を聞いた瞬間だった。よく通る透明な声だった。私も含め、全員が呆気にとられていた。
全員が固唾を飲んで、私と男性の会話を聞いている。こんなに注目されているのが気恥ずかしく、蚊の鳴くような声で「国語です」と答えた。
男性は、私の答えに特に答えるわけでもなく、静かに頷いて出されたお茶を一口飲んだ。その会話に満足したのか、初老の男性は途端に機嫌がよくなったように朗らかな声を出した。
「国語かぁ。本の好きな子は勉強ができるからなぁ」
「こちらにもいい学校がたくさんありますからねぇ」
優しそうなおばさんが続けた。この人は、この家の家族ではなく、昔から使えているお手伝いさんであることが、引っ越してからすぐに分かった。
学校と聞いて、途端に私は不安な気持ちになった。いつかはしなければいけないと思っていた転校が具体的になったからだった。これまで、叔母が毎朝、毎夕、私の学校の送り迎えをしてくれていた。本当は叔母の家からは学区が違い、転校しなくてはいけなかったのに、叔母が両親を亡くしたばかりの私を気遣い、車で送り迎えをしてくれていて、それが負担になっていることも知っていた。
「転校は、嫌かな?」
再び若い男性が、私の顔を覗き込みながら言った。私は首を振った。これ以上、叔母に負担をかけるのは嫌だった。
叔母が驚いて息を飲んだ。慌てて、
「葵ちゃんはもういいから、外で遊んできなさい」
と私を家の外に出した。
私は言うとおり、家の外に出て、住宅地の道路で遊んでいた。
数分するとお客がぞろぞろと出てきた。
どこからともなく表れた黒塗りの車が横付けされるのをぼんやり見ていると、優しそうなお手伝いのおばさんが、初老の男性に「やっぱりどことなく似てますわねぇ」と声をかけた。それに初老の男性が「そうだろう。昔から美形の家系でね。三代超えてもちゃんと繋がってるね」とにこにこと笑って言った。
「大きくなるとますます似てきますわね」とお手伝いのおばさんが答えると「どうだか。でも可愛い子だね。ね、葵ちゃん」そこで初老の男性はちょうど私の横を通り過ぎようとしたタイミングで目を合わせた。
「待ってるからね」
初老の男性は、そう私に笑いかけると、すっと車の中に入っていった。その後ろに続いた若い男性は、さっきの優しい言葉なんてなかったように、無言で硬い表情のまま車に乗り込んだ。
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