第4話 エイリーン・デュボワース

 デュボワース家に女子が生まれて数日後、ジャックスとフローレンは大神の神殿に娘を連れてきた。フェラン王国では子が生まれると神殿に行き、大神に子を捧げて拝礼してから大神官にその子の行く末を占ってもらう習慣があるのだ。ジャックスが娘を抱いてフローレンと共に大神に拝礼した後、大神官に娘を見せた。すると天上から声が響いた。「この子は王国を守る者。わたしの力を引き継ぎ、邪教に立ち向かうだろう。しかし、この子はその為に波乱万丈の道を歩むことになる。だが、わたしはこの子を守り導く。それから彼女と共に戦う者達をわたしが選んで遣わそう。」と。この声に神殿は大きな騒ぎとなったが、大神官が鎮め、何とか儀式を終えた。ジャックスは娘にかつてフェラン王国を大神と共に守る守護天使の一人から名を貰い、エイリーンと名付けた。エイリーンは両親の愛情を受けてすくすくと成長した。ジャックスは神の言葉を心に留め、エイリーンに聖騎士となるための訓練を始めさせる決意をした。フローレンも娘に魔法を教えた。エイリーンが6歳になるとジャックスは聖騎士の学校に入学させる。学校は寄宿舎制なので、卒業までは長期休暇以外は余程の事が無い限りは家に帰ることは出来なかったため、フローレンは娘の額の十字架が原因で虐められるのではないかと心配し、十字架を隠すためにスカーフを着けて送り出した。あまりに目立ちはしたが、父ジャックスの友人で聖騎士団の副団長を勤めるジル・ハルートの息子、マーカスがエイリーンと行動を共にしてくれたのでエイリーンは安心して学校生活をスタートさせることができた。騎士学校では剣術、体術もさることながら座学での学習もあった。王国の歴史や今の世界状況、王家に仕える役職や外国大使に会った時に備えての語学、マナーなども学ばなければならなかった。エイリーンにとっては座学は新鮮な事を学べるのが楽しく、成績優秀でもあったので、同級生達は男女関係なく彼女を頼りにした。エイリーンが騎士学校に入って5年経った時、フェラン王国とコストゥーラ教との間のいざこざが激しくなった。ある日、フェラン王国に北方から逃げてきたと言う家族がやって来たが、フェラン王国では「コストゥーラ教に入っている北方の人間は何人たりとも受け入れない」という勅命が正式に法律となっていた。この家族もかつてはコストゥーラ教信者ではあったが、実際の教団の恐ろしさに怯え、故郷を捨てて新天地でやり直す決意をしたのである。一家はコストゥーラ教からは完全に離脱したこと、布教の意志は全く無く、フェラン王国の崇める神の教えに改宗したいと強く訴えた。そこで国王はその一家に対面して言った。「そこまで言うならまずは『光の聖都』に向かい、法皇、女教皇に改宗する旨を申し出るがいい。そこでしばらく留まり、我らが崇める大神の言葉と教えを学び、コストゥーラの教えを完全に己の心から排除して法皇から改宗の儀式を受けたのなら王国に住まうことを認めよう。」と。一家は早速光の聖都に向かう道を進み始めた。ところがあと少しで聖都というところで何者かが一家を皆殺しにしてしまったのである。コストゥーラ教では「そのような一家は知らない。我々は全く関係ない。フェラン王国が我々を貶めるための言いがかりだ。」と主張し、王国は「我々は一家からコストゥーラ教の実態を聞いた。離反したかつての信者は皆不自然に命を落としているそうではないか。コストゥーラ教こそ嘘偽りを語って王国の評判を落とそうとしているのだろう。大神は例え離反した民がいても命を奪い取ろうとはしない。人々やこの世界に生きる物の命を大切にするのがあるからこその慈悲だ。」と反論したために泥沼化し、とうとうコストゥーラ教から宣戦布告が突きつけられたのである。アルバスは「言われもない罪を被せられ、我らは貶められた。この屈辱を黙って見過ごす訳にはいかない。大神なぞ目には見えないまやかしだ。そんなものを崇める国は滅んで当然。さあ、コストゥーラの勇ましき信者達よ、今こそ教団のために立ち上がって戦うのだ。」と信者達を煽る演説をし、フェラン王国に向かって進軍するのである。しかし、これに真っ向から反発したのが彼の妻と娘だった。妻のアザリア、娘のキャメロンは教団が立ち上がった時から不安を感じ、「人が神になるとは奢りも甚だしい。冷静にお考えを。」とずっと言い続けていた。更に大きな一国を相手に戦いを挑もうとする夫、父にはとうとう耐え切れず、反発したのである。しかしアルバスは妻と娘にこう言った。「お前達はわたしが国をまとめ上げ、民を救済し、今の平和を作ったことを忘れたのか?民はずっと見えない神に希望を抱いていたが、結果はどうだ。苦しむ一方で希望も何も無かった。神なぞまやかしだ。吾がこの様に行動しなければお前達も暮らしていけなかったのだぞ!それを忘れて吾に楯突くとは…。もうお前達に用はない!」と剣を抜き、妻と娘を一突きで処刑したのである。血で汚れた剣を拭くと振り返りもせず部屋を出て行った。しかし一部始終を見ていた人間が居たのは気付いていなかった…。

 泥沼化した戦闘を終わらせるために、とうとう聖騎士団にも出兵するよう命令が出された。ジャックスも聖騎士団長として、ジル・ハルートも副団長として出征する事になった。フローレンはいつも夫に護りの魔法をかけて送り出していたが、出征の日は宮廷魔術師達も忙しく立ち働いていたために見送りに間に合わず、魔法をかけ損なってしまった。この事がこの戦いに大変な影響を及ぼすことになる。出征の日、騎士学校の学生達も見送りに出た。ジャックスはエイリーンに「しっかり学び、早く立派な聖騎士になれ。お前ならこの父を必ず超えるだろう。母様を頼むぞ。」と言って娘を抱きしめた。エイリーンも「一刻も早く無事に帰って来て下さい。母様は忙しいみたいですから、代わりにこれを。」と小さな袋を父に渡した。中には無事に帰れるように願いを込めて作った青の十字架が入っている。身に付けられるようにペンダントの長めの鎖をつけた。父はにっこり笑って受け取り、首にかけると団員たちに「さあ、出発だ!大神の加護の元に邪教徒共との戦いを制するぞ!」と言って馬を走らせた。団員達も続いて行き、見送りの人々だけになると、エイリーンは寄宿舎の自室に駆けていき、シクシクと一人でひっそり泣いた。剣術の稽古の時は厳しいが、稽古が終わると優しい父親。母の手伝いで作った料理やお菓子を笑って食べてくれたり、非番の日には街に出て買い物したり…。様々な思い出が蘇ってきて寂しさと悲しさで心が押し潰されそうになっていた。しかしエイリーンは自分を奮い立たせ、涙を拭くと剣の素振りをしに練習場へと向かった。すると練習場には既に誰かがいた。「来ると思ってたぜ。」声の主はマーカスだった。二人は並んでしばらく練習し、食事の時間になると寄宿舎に戻った。二人はお互いの父親との思い出を語り合い、寂しいけど一刻も早く聖騎士になって父を助けようと誓い合った。もうすぐ騎士見習いとなるために宮廷の騎士団の元で様々な仕事や実戦訓練を学ぶ研修期間がやってくる。エイリーンはますます学校での授業に励んだ。そして見習い騎士の研修初日をむかえた…。

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