第154話 変身魔法と偽装工作

 先生は勇者パーティの一員だったのだ。


 単なる足手まといがそんなパーティに居場所があるはずもなく、戦闘向きの能力ではなかったものの色々と戦う術を心得ていたのは知っている。


「だけど本当に大丈夫なのか?」


 ただそれでも先生はかなりの高齢なこともあって、心配せずにはいられなかった。


 だが先生はそれでも今回は自分が出ると言って聞かない様子だった。


「儂もこんな老人がしゃしゃり出るのはどうかと思うし、聖樹でゆっくりしていられるのならそうしていたいわい。じゃが今回ばかりはそうも言ってられなさそうでのう」


 先生が出陣すると決めた理由。


 それはこのままでは美夜が死亡したことが思わぬ形で敵に察知される可能性があるというものだった。


「どうもサファリスからの情報では、異世界からの帰還者達がそれぞれの分野で活躍している中、聖女が沈黙していることを敵に把握されたかもしれないとのことでのう」


 少なくとも俺や叶恵が幾度も戦場にやってきてダンジョン攻略に勤しんでいるのに、何故か聖女が一向に姿を現す気配がない。


 図抜けた回復能力を持つ聖女が入れば、それこそ被害に遭った怪我人などを大勢救えたはずなのに。


(それこそ急なダンジョン追加で怪我人が多発していた沖縄の時なんて、あいつの力が活躍する絶好の場だったろうしな)


 例の魔族から不意打ちで攻撃を受けたから警戒しているにしても、流石にこれだけ姿を現さないのはおかしい。


 勇者パーティの一員として戦場を潜り抜けた聖女が、一度命の危機に陥った程度で恐れをなして逃げたとも思えないからだ。


 だとしたら聖女が戦場に現れないのは何か別の理由があるのではないか。


 敵がそう考えてもおかしくはないだろう。


 そしてこのままずっと美夜の姿がなければ、その疑念が深まる可能性はどんどん高まっていく。


「そうやって敵が真相に近づく前に偽装工作をしておかねばならん。具体的には儂が魔法で変身して、美夜が生きているように見せかけることでのう」


 それは己を他者の姿へと変貌させ、それに擬態する魔法とのことだが、そんな魔法は今のところショップでは見当たらない。


 だとするとこれは先生のユニークスキルによって実行可能な特別な魔法ということになる。


「そんなものを隠し持ってたのかよ。全然知らなかったぜ」

「何を言うかと思えば。お主が無限魔力や魔力譲渡を隠していたように、儂だって一つや二つくらい隠し玉があってもおかしなことはないじゃろうて。それこそ叶恵が己の能力に関して何か隠しているようにのう」


 その言葉で先生が叶恵の隠している能力について何か知っていたことが分かって素直に驚かされる。


「安心せい。具体的な内容までは知らんし、本人がひた隠しにしていることをわざわざスキルを使ってまで調べる気もないからの」

「おいおい、ってことはそれを知るのに叡智の書を使ってないってのか」


 だとしたら自前の観察眼などだけで、そこまで辿り着いていたというのか。


 俺なんて実際にそれを見るまで、まるで気付きもしなかったというのに。


「言っておくが、この魔法については他言無用じゃぞ。下手に周りに知られると、これを使って関係各所へ潜入することが難しくなるからのう」


 その口ぶりからして、どうやらこれまでも変身して色んな場所に忍び込んで悪さをしていたようだ。


 大方それで本来なら叡智の書でしか知ることのできない機密情報とかも集めていたに違いない。


 叡智の書があるからこそ先生が妙な情報に詳しくても、それを利用しているのだとしか思わない。


 けれど実際にはクールタイムなどで叡智の書が使えない状況でも情報を集める手段を構築していたということか。


「まったく……マジで恐ろしい爺さんだな」

「カッカッカ! まだまだお前さん達も甘いということじゃ。それに儂も伊達に年齢を重ねておらんということじゃよ」


 無限魔力による魔力供給と回復魔法を組み合わせれば、美夜の治癒能力を真似ることくらいはできる。


 そうやって美夜の姿をした上でその力を振るうことで、美夜が生きているように敵に思わせるとのこと。


「それに日本近郊のダンジョンで聖樹の種が入手できるか。その点も早めに確認しておきたいからのう」


 アメリカのトレントダンジョンを攻略した際に俺は二つ。


 叶恵に至っては三つと合計で五つの聖樹の種を入手することに成功していた。


 だがこれまでの傾向から考えるとトレントダンジョン程度でこれだけの数の聖樹の種が手に入ったことは少し妙だった。


(トレントはハーピーほど知恵も回らないしオークほど戦闘能力もない。それに弱点を突けば割と倒し易い魔物だからな)


 つまり他と比較すれば攻略し易いダンジョンではあったのだ。


 普通はそんなところにこれだけの数の聖樹の種を隠しておかないだろう。


「仮に魔族が日本で儂らが活動していることを察知して、その近場から聖樹の種を避難させたとすれば分からなくもないがのう」


 日本とアメリカは太平洋を踏破しなければないことから分かる通り、決して近いとは言えない。


 つまり距離だけを考えるなら俺達が次の活動する場所としてアメリカを選ぶ可能性は低かった訳で、それを見越して敵はアメリカのダンジョンに聖樹の種を移動させていた可能性があるということだった。


「仮に中国や韓国、それにフィリピンとかの比較的日本に近い場所のダンジョンで聖樹の種が手に入り難かったのなら、その仮説の正しさがより一層証明される訳だな」

「その場合はアメリカやヨーロッパなど、あえて日本から距離がある地域のダンジョンから狙うことにするのも一つの手じゃろうて」


 そうでなくとも日本から離れたアメリカと、日本から近くの中国韓国辺りで同時にダンジョンを攻略されたとなれば、敵はそれぞれに意識を割かねばならなくなるはず。


(俺達が一点に固まっていると、敵も対処し易くなりそうだからな)


 少なくともそういった物理的な距離では、安全を確保できないと思うはずだった。


 またそうやって少しでも敵に自由にさせないようしていくような細かい点の積み重ねが、最終的に大きな差となってくるものである。


「そういう訳でお前さん達も儂のような老骨の心配をしている暇はないぞ。それこそ敵が何か対処してくる前にアメリカでなるべく多くの聖樹の種を回収してくるんじゃ」

「はいはい、分かりましたって」


 そうやって心配無用と告げてくる俺よりも用意周到な先生に、これ以上の反論などできるはずもない。


 それでも何かあれば念話ですぐに知らせるように言って、俺は叶恵が待つアメリカへと戻るのだった。

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