第155話 アメリカへ帰還と訓練場での手合わせ
聖樹の転送機能を使って日本からアメリカに戻った俺を出迎えたのは、アメリカの聖樹の聖霊だった。
『ご帰還をお待ちしておりました、マスター譲』
「ああ、そうか。サファリスの御神石で聖霊が解放されたから、こっちの聖樹でも聖霊が存在してるんだな」
各聖樹を管理するのが聖霊なのだから。
「あれ、だとすると存在する聖霊は聖樹ごとに別人格ってことになるのか?」
『いえ、聖霊としての私の人格は一つであり、各聖樹に配置されているのはどれも大元の聖霊から派遣された分身体のようなものです。ですから厳密には人格的な違いはありません』
ただし解放されている施設や聖樹の主によって行動方針が違う場合は、同じ聖霊同士でも何らかの差異が生じる可能性は零ではないとのこと。
それこそ全てを犠牲にしてでも敵の討伐をするように命じられた個体と、民間人の保護を最優先にという指令を受けた個体では真逆の行動を取ってもおかしくないという感じで。
『なおマスター譲の危惧している聖霊からマスター達の情報が漏れる可能性はあり得ませんので、その点はご安心ください』
分身体と言えど聖霊が提示できる情報はその聖樹で知り得た情報のみとなっている。
つまりここ以外のどこかで俺達と関係ない誰かが聖樹の主となっても、そこの聖霊から他の聖樹の主の情報が提示されることはないということらしい。
「今のところだと俺達以外でダンジョン攻略できそうな奴はいないから、余計な心配かもしれないけどな。それよりも叶恵は何をしてる?」
一鉄から預かっている武器を渡さなければならないし、何ならすぐにでも別のダンジョン攻略に取り掛かりたい。
それこそこちらの動向に気付いた敵が聖樹の種を別の場所に移動させるよりも前に。
『マスター叶恵ですが、現在は訓練場に滞在しています』
「訓練場?」
あいつがそんなところにいるなんて意外だった。
地道に訓練をするような性分でもないだろうし。
それとも今回のダンジョン攻略で手に入れた魔石を使って新しいスキルでも手に入れたのだろうか。
『どうやら一部のアメリカ軍人。特に特典を得た覚醒者がマスター叶恵の実力を知りたいと申し出たようです』
当初の叶恵は俺から言われていた通り、アメリカ政府の人間を聖樹の中に招いて居住区の案内などしていた。
そしてその護衛としてアメリカ軍人が同行していたとしてもおかしな話ではない。
ただその中には叶恵の実力を未だに信じ切れない人物が混じっていたとのこと。
「おいおい、単身であれだけのことをしたのが伝わってないってのかよ」
たった一人でアメリカ軍の精鋭が成し遂げられなかったダンジョン攻略を達成した。
しかもそれに加えてトレントごと死の森を滅ぼすおまけ付きで。
やったこと自体は俺と同じダンジョン攻略だとしても、その異様さ異質さに関して叶恵の方が断然上だろう。
それなのによく叶恵相手に喧嘩を売ろうなどと考えられるものである。
『いえ、ダンジョン攻略の際に同行していた隊員が死の森を消滅させた際の光景を撮影したようであり、その映像はアメリカ軍や政府にも共有されています。ですがあまりに非現実的過ぎる映像だったせいか、一部ではフェイク映像ではないかと疑われているようです』
「あまりに圧倒的な活躍だったせいで、逆に嘘なんじゃないかって話になったのか」
正直、これは予想外な状況である。
それでもアメリカ側の大半の人間は信じており、中でも実際にその光景を見ていた軍人は顔を青ざめさせながら、そんな無謀な事を言い出した奴を止めたとのこと。
叶恵の話ではエネルギードレインの力場を観測できる奴もいたそうだし、そいつは叶恵の実力や危険性を嫌でも理解していたに違いない。
「一応聞いておくが、穏便に済ませることはできなかったのか?」
『マスター叶恵は一々言葉で説明するのが面倒とのことで、何か言いたいことのある人物をこの機会にまとめて相手にすることにしたようです』
「……で、その結果がこれかよ」
訓練場なのでダメージはないはず。つまり怪我人も死人も出ることはない。
だというのにその場では精魂尽き果てたかのような状態で、その場に座り込んだり寝そべったりしているアメリカ軍人が多数存在していた。
そしてそんな死屍累々の如き状況の中でも、叶恵はその中心で座ってリラックスしていた。
そればかりか悠々と煙草を吹かしているではないか。
「あら、英雄様じゃない。おかえり」
まだ諦めていない奴らが周囲から必死に攻撃を仕掛けているようだが、それらを叶恵が意に介することはない。
つまり叶恵にとってそれらの攻撃は、意識する必要もないものという事に他ならなかった。
(どれもこれもエネルギードレインで無効化されてら)
スキルや魔法は存続させるためのMPを搾り取られて跡形もなく消えているし、銃弾などはエネルギードレインの力場に接触した途端にピタリとその場で止まって、そのまま地面に落下していく。
あくまで停止するだけで銃弾そのものが消えるのではないところからして、もしかしてHPやMPではなく運動エネルギーを吸収しているのだろうか。
何にしてもこの様子では、仮に何万発の銃弾を叩き込もうが、その全てが一定の距離以上は進むことも出来ずに終わることだろう。
かと言って強引に近付こうにもエネルギードレインの力場は触れた対象のHPも搾り尽くすので、接近戦をするためにはそれを潜り抜けなければならない。
そしてこの惨状を見る限りでは、残念ながらそれが出来る逸材はこの場にいないようだ。
「ったく、随分と楽しそうなことしてるな」
「別に楽しくはないわよ。まあでもスキル以外の銃弾とかに対して能力の使い方について学べたから、その点に関しては有用だったけど」
どうやら叶恵も無駄に目の前の相手をしていた訳ではなく、この機会を利用して色々と試していたらしい。
「それでこの後はどうするの?」
「とりあえず手元にある聖樹の種の分だけのダンジョンの攻略をやってしまいたい」
俺が手に入れた二つの聖樹の種は先生に預けてきたので、残りは叶恵が手に入れた三つだ。
ちなみにこれからのダンジョン攻略でも新たな聖樹の種を手に入れる可能性もあるが、その際は攻略するダンジョンが増えるだけの話である。
「了解。ならこのお遊びもここまでね」
そう言いながら無慈悲にエネルギードレインの力場を広げて、その場の俺以外の全員のHPを吸収し尽くすことで叶恵は証明してみせる。
勿論、訓練場のおかげでそれが現実のものとなることはない。
だがそれでも叶恵がその気になれば、一瞬でこの場にいる全員を皆殺しにできるという事実には変わりはなかった。
それをまざまざと見せつけられて戦意を保っていられるはずもない。
流石にこれで終わりだろう。
そう思った俺の予想を裏切る声がしたのは次の瞬間だった。
「……そう言えば、英雄様と本気でやりあったことって一度もなかったわよね」
その言葉と同時に危機感知が働いて、俺は襲ってきたエネルギードレインの力場を見えないながらも回避する。
「おい、何のつもりだ?」
「何って言葉通りの意味よ。折角、訓練場なんて便利なものがあるんだし一度くらい手合わせしてみても良いかと思って」
新手の性質の悪い冗談かと思ったが、周囲を取り囲むようにして展開されているエネルギードレインの力場がそうではないと示していた。
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