第145話 マザートレント戦
ダンジョンの中に入った俺を出迎えたのは先ほど以上の深い緑の世界だった。
(周辺一帯が完全に森林と化してやがるな)
それこそどこかのジャングルの中にでも突如として転移させられたかのようだった。
周囲全てが様々な草木で覆われており、その中には当然のことながらトレントが隠れ潜んでいるのは間違いない。
しかもそれだけではないようで、遥か遠くから砲撃音がしたのをステータスで強化された耳が拾う。
それも聞こえてきた砲撃音は一発だけではなく複数、更にバラバラの方向からしている。
それが指し示す事実は既に敵は陣形を整えて侵入者を待ち構えているということ。
(ダンジョンの入口が固定な場合、そこが一番の狙い目ってことか)
見張りか何かを立てておいて、侵入者が入り口から入ってきた瞬間に遠距離から砲撃の雨を降らせる。
先ほどのトレントシューターの数を揃えておけばそれは十分に可能だろうし、周辺の状況を掴めていないダンジョンに入ったばかりの状況では何が起きているのか把握するのも難しいのは否めない。
現にかつてダンジョン攻略に赴いた精鋭部隊が、このいきなりの砲撃の雨によってかなりの被害を受けたそうだ。
だけど既にその情報を得ている俺が同じ轍を踏む訳がなかった。
「とりあえずトレントシューターを片っ端から始末するか」
トレント亜種のであるトレントシューターがこのダンジョンのボスなのかどうかは分からない。
けれど通常のトレントよりは可能性が高いだろうし、他にボスがいてそいつと遭遇した際に横から邪魔されるのは面倒でしかない以上、始末しておくに越したことはない訳だ。
それにその場に留まっていると降り注ぐ砲弾の雨に晒されることになるので、俺は見通しの効かない森の中へと走り出す。
そうなるとどうあっても周辺の木々に擬態する形で隠れ潜んでいたトレントに近づくことになり。
そうして近くを通ろうとする俺に対してトレントが何もしないはずもなく、その枝を鋭い棘のように変化させながら突き刺そうとしてくる。
あるいは体を揺すって枝に付いている葉や木の実をこちらに降り注がせようとしてきたりもした。
当然トレントが放ってくるそれらが単なる葉などであるはずもなく、普通の人間の肉なら軽く切り裂くくらいの威力はあることだろう。
「邪魔だ!」
だが効かない。
刃物のような鋭さを持つ葉も、地面に落下すると破裂して毒々しい中身を周囲に撒き散らす木の実も、今の俺には何の効果も及ぼさない。
それどころか魔闘気を使うまでもなく、それらが俺の肉体に到達する前にその場を駆け抜けているくらいだ。
そして当然のことながら俺もやられっ放しではない。
先ほどと同じようにオークキングの大剣と魔導銃を駆使して、周囲に強烈な攻撃を放ちまくる。
どうせ周辺一帯に隠れたトレントが存在しているのだ。
適当に攻撃をしてもどれかには当たるだろうし細かく狙いをつける必要もないのである。
(これだけの数のトレントを揃えるために、さぞ時間と労力を割いただろうよ)
更に言えば亜種であるトレントシューターを各方向に用意するのも大変だったろう。
そのために消費した御霊石の数だって馬鹿にならないに違いにない。
「だったら尚更、徹底的に破壊し尽くしてやるっての」
そうやって苦労して用意したはずの大群が、俺というたった一人の手によって蹂躙されていく。
降り注ぐ砲撃は移動し続ける俺を捉えることができず外れてばかりだし、それどころか味方を誤射してばかりのようだ。
背後で降り注ぐ身の丈ほどありそうな巨大な木の実が仲間であるトレントを押し潰しているのを視界の端で捉えながら、俺は砲弾が飛んできた方向や音などでトレントシューターの居場所を推測。
その方向へと進みながらフルチャージした魔導銃をぶっ放す。
距離があるとそれが狙い通りにトレントシューターに当たるかどうかは微妙なところだが、外れたところで問題はない。
だって外れても何度だって挑戦できるのだから。
しかも接近するように移動しているので、近づけば近づくほどに成功率も高くなる。
つまり何度もやっていれば、いつかは成功するのである。
そうやって好き放題暴れまわって森林破壊の限りを尽くすことしばらく。
十数体のトレントシューターの討伐に成功したところで、遂に敵も堪忍袋の緒が切れたらしい。
「グオオ!」
咆哮を上げながらそいつが遂に姿を現す。
地面を割って突き出るような形で現れた辺り、どうやらこれまでは地中に身を潜めていたようだ。
そうして現れた他よりも巨大な樹木の形をした魔物は枝から木の実を落下させると、それらの実は地面に落下するまでに急速に成長してトレントへと姿を変える。
「他よりも巨大な肉体に加えて、即座に他のトレントを産み落とす能力。間違いなくマザートレントだな」
そしてこいつがこのダンジョンのボスに違いない。
大方、侵入者がいない時はその能力を駆使してトレントの軍勢を揃えていたのだろう。
「わざわざ姿を現すなんて仲間を殺されまくって怒かったか? それともこのまま軍勢の数を削られ続けたら不味いと焦ったか?」
敵からしたらまだトレントの数が揃っている内にどうにかして俺を叩き潰すつもりなのだろう。
だがどんな思惑があったとしても結果は変わらない。
「今の俺はマザートレント程度じゃ相手にならんよ」
マザートレントは軍勢を生み出すという特殊な能力に秀でている代わりに、単純な戦闘能力ならオークキングに及ばない。
それはどれだけ仲間のトレントを揃えたとしても変わらないのだ。
それを証明すべく俺は魔法を唱え始める。
使用するのは氷結魔法のアイスボールだ。
スキルレベルⅤで一度に作り出せる球の数は50。
それら全てをボスに叩き込んでやるのである。
だがマザートレントもそれをただ見ている訳もなく、その枝を伸ばして俺を貫こうとしてくる。
更に周辺のトレントの軍勢も俺の魔法の発動を阻害しようと動いている。
それを見て俺は確信した。
「……どうやらお前たち魔物の情報共有は完璧ではないらしいな」
その言葉と同時に転移を発動する。
これまでトレントシューターを倒すために散々ダンジョン内を暴れ回っていたのだ。
その過程で俺が転移マーカーを設置していない訳がないではないか。
そしてこの戦法は以前、ゴブリンダンジョンのゴブリンキング相手に対して行なったものと全く一緒である。
仮にその情報が敵に伝わっていたのなら、こんなあからさまに同じ戦法に対して同じような引っ掛かり方をするなんて間抜けな行動を取ることはなかっただろう。
つまりこれはダンジョンで戦いの情報が敵に漏れていないことを意味していた。
少なくともある程度までは。
(あるいはこれも迅速にダンジョンを攻略している影響なのか?)
ボスという強敵にしてダンジョンの最後の砦に対して取られる戦法など、敵側からしたら絶対に把握しておきたいもののはず。
それが隠せていることの意味はかなり大きい。
何故ならそれは今後のダンジョンでもこの戦法が有用だということになるのだから。
突如としてその場から姿を消したことにより、俺に殺到していたトレント達の攻撃は全て不発となる。
そしてその間に俺の魔法は完成して、
「これで終わりだな」
五十発にもなる氷結の球の群れがマザートレントの背後からその身に襲い掛かった。
魔法が当たった箇所は瞬く間に凍り付き、あっという間にその巨木は氷漬けになっていく。
更にその状態のマザートレントに対して、俺は魔闘気を発動した状態でオークキングの大剣を振るって念入りに止めを刺しておいた。
凍り付いた上に粉々に砕け散ったとなれば、いくらしぶとい魔物でもどうしよもない。
「さて、あとはいつも通りか」
魔法陣も展開しているし、例のアナウンスが頭の中に流れたのでマザートレントがボスに間違いない。
だから俺はハーピーダンジョンの時と同じように奉納をしながら、残された周囲のトレントを一掃していった。
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