第142話 アメリカの状況

 魔物の脅威は世界中で依然として存在している。


 アメリカでもそれは例外ではなく、魔物に占拠されている地域は大勢の犠牲を出し、そこに住んでいた人は逃げるようにして追い出される形となっているとのこと。


(どれだけの人が殺されて、グールとなり、御霊石として回収されたのやら)

 日本よりもずっと人口の多いアメリカだ。


 犠牲となった人の数が日本より少ないということはないだろう。


 そしてアメリカ軍では各地に出現した魔物を駆逐できなかったからこそ俺達に協力要請が出されたはずである。


 だというのに俺達を出迎えたブルームス上院議員とやらはホテルで歓迎パーティを開催しようとしていた。


 その行動はこの緊急事態に際して、あまりに暢気すぎるように思える。


『どうやら被害の出た地域以外では危機感が薄い人も結構いるみたい』


 その答えを別行動している叶恵が念話で寄越してくる。


『自分達がいる地域や場所は魔物が出現しておらず、一部の地域以外は平穏無事そのもの。だから魔物がどれだけ凶悪な存在かをいまいち理解できないし、各国の軍が動いているなら遠くない内に問題が片付くと根拠もなく信じているみたい人が少なくないのよ』

『実際に被害に遭わなければ自分には関係ない。あるいは関係あると実感できないってことか』


 これは別に特別なことではない。


 何故なら日本でもこういう考えの人はそれなりの数が存在しているし、なんなら現実世界よりも魔物の脅威に晒されていた異世界ですら同じような連中は結構いたくらいなのだから。


 例えるならテレビやネットでどこかの国で戦争が起きたと知っても、それで自分のいる国や場所まで戦火や影響が及ぶと考える人が多くないという感じだろうか。


 脅威や争いごとが起きても自分たちとは関係がない。


 実際に被害を受けるような経験をするまで遠い世界の出来事としか認識できないのである。


 だが残念なことに魔物はそんなこちらの状況を考慮してくれはしない。


 それどころか魔族などはそれを利用して、人々が脅威を脅威と認識するまでの間にことを進めようとするだろう。


 勿論、それをむざむざ見過ごす訳にはいかない。


『とは言え、現場で実際に魔物と対峙したことのある軍人はそんな甘い考えを持ってはいられなかったみたいね。同行しているアメリカ軍人のほとんどが、魔物に対して強い危機感を覚えているようだもの』

『こっちの同行者もそれは同じみたいだな』


 俺と叶恵はアメリカ軍の用意した軍用車に乗って、それぞれ攻略するダンジョンへと向かっている最中である。


 その中で同乗した人とはそれなりに会話をしており、そこから色々とこういった情報も仕入れているという訳だ。


(現場の人間が危機感を持っていることは良いことだ。だとすると問題は、その上の単なる情報でしか魔物のことを知らされていない連中の認識がどうなっているかってところか)


 流石に軍の上層部とかなら魔物の脅威についてきちんと理解している信じたいところではあるがどうだろうか。


「おい、もうそろそろ到着するぞ」


 そこで運転席からそんな声が投げかけられる。


 魔物の支配領域についてはアメリカ軍もおおよそ把握しているようで、その境目辺りに検問が敷かれるような形で見張りの軍人が配備されているのだ。


 つまりここから先は魔物が支配する領域であり、俺の目的であるダンジョンも存在しているということ。


「それでお前さんは本当に一人で行く気なのか?」

「ああ」

「一応上からあんたら二人は好きにさせるようにって命令が出てる。だから一人で行くって言うなら止めることはしないが、それでも危険だぞ」


 同乗しているアメリカ軍人たちはこちらを心配してくれているらしい。


 覚醒者でもある自分やその部隊が最終的には撤退せざるを得なくなった地域。そこに軍人でもない一般人がたった一人で出向こうとしているのだ。


 それを聞いて正気を疑うのも無理はない話だった。


「なあ、あんたが望むなら俺達の部隊が同行することもできるんだぞ?」

「いや、大丈夫だ。心配してくれるのは有り難いけど、この程度なら問題ないってことをすぐに証明してくるから待っててくれ」


 頑なに一人で行くことにしているのには理由がある。


 それは同行者という名の足手まといがいると最速でのダンジョン攻略が難しくなるからだ。


 そしてなによりダンジョン攻略に協力したと相手に言わせないためでもある。


(下手にダンジョン攻略に連れて行くと、アメリカ軍も攻略に参加したって口実を相手に与えることになりかねないからな)


 この後に聖樹の管理について交渉する際のためにも、少しでもそういった言いがかりを付けられる要素は排除しておくに限る。


 なにせ既にこの先にあるダンジョンとその門番についての情報がアメリカ軍から教えられているのだから。


 何でも俺達に頼る前に重火器で門番を倒すことに成功したとかで、そこでダンジョンに入るための鍵も手に入れたそうなのだ。


 更に手に入れた鍵を使用してダンジョンの中に精鋭部隊を送り込むところまで到達したというのだから、世界最強のアメリカ軍の練度の高さが窺い知れるというもの。


 もっとも残念ながらダンジョンを攻略するべく送り込んだ精鋭部隊は、半壊した状態で帰還することになったそうだが。


 やはり自由に兵器が使える外ならともかく、補給もない上に持ち込める装備も限られているダンジョンでは色々と勝手が違ったらしい。


 (それでも門番の魔物の正体も居場所も特定が済んでいる。となれば俺や叶恵なら今日中に片付けるのは難しくない)


 今の俺達にとってダンジョンに入るための鍵が見つからないのが最も困ることだ。


 だがその問題が解決しているのなら、あとは最速でダンジョンを攻略するのみ。


 だから俺は魔導銃を取り出すと心配する声を振り切り、門番が待っているであろうその場所へと一人で進み始めた。

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