第137話 出発準備と不安要素
魔物が現れたことにより世界各地で多くの被害が出たことは言うまでもないだろう。
そしてその多くが敵によって御霊石という形で回収されたのも間違いないらしい。
何故なら日本政府が自衛隊などを使って回収したグールや御霊石の数が、どう考えても被害者の数より少な過ぎたからだ。
俺達や日本政府でも回収していないそれらがどうなったか。その解答など一つしかない。
「しかもこうしている間にも敵は世界各地で御霊石を回収しているでしょうね。日本以外の地域では聖樹が設置されていないところを見るに、魔物の脅威を押し返せている地域があるとも思えないし」
「軍事大国であるアメリカですらダンジョン攻略には成功していないみたいだからな。この分だと強力な魔物が各地に現れるのも、それほど先の事ではなさそうだ」
近代兵器を駆使して一時的に魔物を蹂躙しても、一晩で復活されるのであればどれだけ魔物を倒しても焼け石に水となってしまう。
それに敵の支配領域という一定の範囲の外に出られさえすれば、追手が撒けるのも影響しているのだろう。
中には被害の出た地域を一時的に捨てて、敵が追ってこられるギリギリのところに防衛ラインを敷くのが最善だという考えが出ているところもあるのだとか。
(新たなダンジョンが生まれないなら、それも間違いじゃないんだけどな)
ただ残念なことにそうではないことは沖縄の件で判明してしまっている。
そしてその範囲の広がり方が徐々にではなく一気にであり、ある日突然という予想できない形であることも。
つまり仮に防衛ラインを見極められたとしても、それがずっとそこで留まる保証などない訳だ。
だとすれば防衛ラインを死守しているだけではジリ貧になってしまう。
となるとやはりどうあってもこちらからダンジョンに攻め入って攻略する必要が出てくる訳だ。
「それで私と英雄様がアメリカに行く日は決まったの?」
「三日後にアメリカが用意するプライベートジェットだかで送り届けてくれることに決まったらしいぞ。だから悪いんだが、それまでにどうにかして自衛隊の強化も終わらせてくれると助かる」
先生や茜などが残るとは言え、守りの戦力がそれだけでは心許なさ過ぎるというもの。
せめてそれぞれの地方で最低限の時間稼ぎくらいはできるようになってもらいたいのが正直なところだった。
そうすれば最悪、アメリカから俺達が転移で戻ることでどうにかできるかもしれないし。
「時間的に完全とはいかないけど、ある程度までなら何とかなると思うわ。普段から鍛えているからか思っていたよりも使える人材は多かったし、なにより聖樹のダンジョンで手に入る魔石を配ればそれなりの戦力増強も可能だもの」
特典を得た人物が活躍できたのは、それによって他よりも多くのスキルを獲得することができたから。
だったら聖樹のダンジョンで入手できる魔石を使って同じような存在を増やせば、それだけ防衛能力は高まることになる訳だ。
付け加えると一鉄が用意することになっている弾数無制限の魔導銃などの新装備が各所に配られるそうだし。
「だけどそれらは英雄様の無限魔力と魔力譲渡があるからこそ可能な裏技だってことは心に留めておかないと。普通ならこんな風に魔物をバンバン生み出していたら、それこそ他の整備の維持や守りのための聖樹のエネルギーが足りなくなるに決まってるんだから」
「今は緊急時だから利用しない手はないけど、俺個人の能力を当てにしてばかりでいるのは危険ってことだな」
個人の能力に依存した運用では、その個人が何らかの原因でいなくなった時に崩壊するしかなくなるので危険ということである。
またそれ以外でも不安は存在していた。
(今後も世界各地で聖樹を設置するのは決定事項として、それら全ての聖樹の主の座を俺達で独占するのは無理だろうからな)
今のところ聖樹の主以外が聖樹に残存するエネルギーを把握する術はない。
だからこそ俺が幾ら魔力譲渡でエネルギーを補充していてもバレることはなかった。
だけど俺達以外が管理する聖樹が現れれば、その点を怪しまれることになると思う。
だって今の日本の聖樹は、どう考えても聖樹が生み出せるエネルギーだけでは賄えないほどにダンジョンなどの施設を稼働させているのだから。
普通の聖樹のエネルギー収支を見る誰かが現れれば、その異常性は一目瞭然。
そしてそのための莫大のエネルギーをいったいどこから賄ったのか、という疑問は絶対に出てきてしまうだろう。
「幸か不幸か戦力的にしばらくは私達以外がダンジョンを攻略できるとも思えないし、今までと一緒でアメリカの聖樹も私達以外を主にしなければいいんじゃない?」
「確かにそれはそうなんだが、その辺りの条件をアメリカが素直に飲んでくれると思えなくてな。聖樹の価値を考えればどうにかして自分達で管理したいと考えて当然の事だろうし」
絶対に自分達もその座に就かせろという話は出てくるだろう。
日本でだってそうだったし、アメリカという国家からしたら他の国の人間にそんな重要施設を管理させる選択肢などそうそう許容できることではないのだから。
「んー意外と最初だけはその条件でも飲むかもしれないわよ? だってアメリカ軍でもダンジョン攻略が無理だと判断したからこそ私達に協力を要請してるはず。だからそれが嫌ならダンジョンは攻略しないとでも言えば、少なくとも最初の内はあっちも頷くしかないでしょ」
「その場合は、聖樹を設置するまでは俺達のことを利用できるだけ利用しよう……って感じになるかもな。聖樹を設置させるだけさせて、後から美味しいところは奪い取れれば苦労することなく成果だけを得られる訳だし」
こちらとしても聖樹を独占したいなどを思っている訳ではない。
俺の秘密がバレないのなら、それこそ適切に聖樹の管理をしてくれる相手に主の座を任せても構わないくらいなのだ。
もっとも現状だとそれが難しいので困っている訳だが。
「とにかくここで幾ら考えても、その時になってみないとその辺りの事がどう転ぶかは私達には分からないわよ。それならそれが分かるだろう賢者様に面倒事の対策をしてもらっておいて、私達は聖樹を設置することを優先しましょう。どうせどうなるにしても聖樹を設置しない事には何も始まらないんだから」
アメリカの聖樹を誰が管理するかの話は、そもそも聖樹が設置されてから発生する類いの問題ではある。
それも重要ではあるが、何にしても聖樹が設置されなければその問題をどうするかまで辿り着くことすら出来ない。
「確かに後の事を考え過ぎて、肝心の最優先目標を疎かにすることほど愚かなことはないな」
「そうそう。それになによりも私がそういう面倒事をこれ以上は考えたくないってのもあるしね」
それは薄々察してはいたが、自分でそれを言うなよと思わなくもないのであった。
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