第135話 幕間 錬金術師の仕事

 異世界でのトラウマが原因でまともに魔物と戦えない俺は、どう足掻いても直接的な戦力には換算できない。


 それこそ戦うのが苦手な大樹よりも単純な戦闘では使い物にならないことだろう。


 性分的な面で戦いに向かない大樹だが、自ら敵を攻撃せずに守りを固めるという点だけ見れば、能力的にもかなり優秀なのだから。


 そう考えると魔物と敵対しただけで体調が悪化するばかりか、ビビっているかのように全身が震えてしまう自分と比較するのも失礼なのかもしれない。


「だからと言って俺の事を扱き使い過ぎだろ、爺さんよ」


 魔導銃などのショップでのみ購入できる装備。


 これまで現実世界に存在しなかったそれらの装備などについての知識を持っている者など異世界からの帰還者以外にいる訳がない。


 そしてその中でもメンテナンスなどが出来るのは、生産職的な能力を持っていた俺だけだった。


 残念ながら叶恵や茜は戦闘に特化しているし、譲や大樹もその辺りに詳しい訳ではないので。


 唯一の例外があるとしたら、それはありとあらゆる知識を獲得できる目の前の賢者と称される人物なのだが。


 なにせ例の魔力砲とやらもこの爺さんと勇者一行の魔女が協力して設計したそうだし。


 だがこちらの文句をスルーしている様子を見るに手伝う気は更々ないようだった。


「文句を言う暇があるのなら手を動かすんじゃな。ほれ、追加の発注が来ておるぞ」

「おいおい、今ですら大変なのにまだ仕事が増えるってのかよ」

「安心せい。今後もお前さんの仕事は増え続けるし、仮に仕事がなくなりそうなっても儂がすぐに追加してやるからのう」

「それのどこに安心する要素があるんだよ……!」


 そればかりか更なる仕事を追加しようとする始末。


 前々から思っていたいのだが、この爺さんは俺にだけ厳し過ぎやしないだろうか。


 孫同然の茜はともかく、譲や叶恵と比べても扱いが違い過ぎるだろう。


 それこそ嫌われているのかと思うほどである。


 その新たな仕事だが、それは自衛隊などが使用している銃弾についてのものだった。


「またかよ。この前にも相当な数の銃弾を融通してやっただろうに」

「そう言うな。各地で魔物と戦うのにかなり消費したそうだし、これから聖樹のダンジョンで簡単に魔物を倒すことを考えれば幾らあっても困ることはないんじゃから。それにお前さんの能力なら、通常の銃弾くらい幾らでも作れるじゃろう?」

「そりゃ魔力を含まない通常の弾丸くらいなら、製造するのは難しくないけどよ」


 本来なら魔力さえあればという条件は付くのだが、その魔力も例の英雄から実質的には無限に供給されている。


 だから問題はないと目の前の爺さんは言いたい訳か。


「だけど通常の弾丸程度ならともかく、ミサイルとか兵器レベルは流石に無理だからな」

「今は銃弾が各方面に十分な数を供給できるだけで十分じゃよ。今すぐどうこうなる様子はないが、この状況が長期化するほどに、そういった装備や備品などの補充が難しくなるのは目に見えているからのう」


 世界各地で魔物が出現した影響は色々なところで出てきている。


 その一つに自衛隊などが使う銃の弾丸などの供給が難しくなってきているというものがあった。


 弾丸を製造している工場が魔物によって破壊されてしまえば、その分だけ生産能力は低下するのでそれも当然の事だろう。


 実は俺達が聖樹の主として活動するのにあたって、この爺さんは銃弾などの今後に足りなくなりそうな銃弾などを俺の能力で作って密かに供給することを副総理などと約束しているのだった。


 食料などについてもそれは同じである。


(大樹と聖樹の農園の機能が合わされば、かなりの量の食糧を確保できるだろうしな)


 そしてこれらの約束は表には出せない、所謂裏取引という奴である。


「相手方の暴露されたくない秘密を握ると同時に、こうやって替えの効かないメリットを相手に与えることで行動を誘導、あるいは制限するか。つくづく抜け目のない爺さんだぜ」

「感心するのは構わんが、今後はお前さんもこういう裏工作をやれるようになってもらわんと困るぞ。なにせ万が一の時、儂がいなくなった際には一鉄、お前が儂の後を引き継ぐんじゃからな」


 だからこそ爺さんは何をするにつれても俺の事を引き連れて行動しているのだった。


 誰よりも傍で爺さんのやっていること、やってきた事を見せる形で。


 そして俺に人一倍厳しいのもそのためとのこと。


 今の俺では爺さんからしたらまだまだ未熟で心配でしかないとのことで。


「残念ながら茜にはこういうことは向かんし、叶恵は生来の気分屋。他の面々も人の良さなどから謀略を巡らせるのに向いていない以上、お前以外に儂の後を任せられる相手はおらんのじゃ」

「まあその二人や大樹は謀略を巡らせるのは向いてないわな。けどそれこそ譲ならイケるんじゃないか? あっちでも隠れて色々とやってたみたいだし」

「バカもん。あれは勇者が表に立ち、譲が裏側に徹していたからこそ、どうにか成立していた事柄じゃ。今のように勇者がおらず、譲がその立場で動いているこの状況で裏側の仕事まで押し付けてみろ。どれだけ譲が優秀で努力したとしても無理がある。確実にどこかのタイミングで破綻するのが目に見えておるわい」


 確かに譲は邪神陣営と戦う最前線に立っているのだ。


 それも美夜を生き返らせることも目指しながら。


 そんな誰よりも重い責任を持っているのに、これ以上の重石を与えるなどしていいことではないだろう。


 特に俺などは美夜を生き返らせてほしいという勝手な希望を譲に押し付けている側面があるのだし。


「こちらでの儂らの役目は、表に立って戦う者を支援することじゃ」

「それはこっちを邪魔してくる奴らを排除することでもあるってことか。ったく、分かったよ」

「分かったのなら早く仕事を進めることじゃな。ほれ、これも追加しておいてやるぞ」


 そう言って爺さんが更に大量の仕事を寄こしてくるので、溜息を吐きながらもそれを受け取ることにする。


「……って、おい。なんだこの、魔導銃のメンテナンスが出来そうな人材の育成ってのは。通常の銃でも使える魔物に有効な弾丸の開発とか、アメリカに行く譲たちに装備を新調するとかのやれそうな内容ならともかく、こっちは流石に無理があるだろ。それこそただでさえ時間のない俺に弟子を取れとでも言う気か?」

「これまで素人の戦闘指導も行っておるのだし、その延長線上で考えればいいじゃろ。ほれ、譲の妹の友人の中とかに、スキル的にも性格的にも生産職が向いてそうな人がおったじゃろ」


 そう言われて思い返すのは桐谷小百合という人物だった。


 確かに彼女には戦闘系のスキルがなかったし、魔物と戦うことも苦手としていた。


 そしてそのような人材は彼女だけではなく、他にも何人か心当たりがあった。


「今後の事を考えて、そちら方面の人材の確保も必要じゃろう。という訳で今の生産職のトップであるお前さんが直々に鍛えてやるのが一番手っ取り早いということじゃ」 


 この感じだと誰が生産職に向いているかも把握しているのだろう。


 その上で最も効率的だから俺にやれと言ってきている訳だ。


「……ああ、くそ。やればいんだろ、やれば! このクソ爺が!」

「そうそう、それでいいんじゃよ。ああそれと聖樹の救護施設を上手く使えば、眠気や疲労も抜けるから存分に活用することじゃな」


 どうやらこの狸爺は俺に寝ずに働けと言っているらしい。


 実際そうしないと終わらせられない量の仕事を振ってきている訳で、後継者と見込まれてしまった俺は幸か不幸かこれからも徹底的にしごかれるのが決定しているようだ。

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